ハナ

 先程出した名酒とお菓子に群がる冒険者達から離れて、お師匠からの手紙を読みなおし、丁寧に折りたたんでアイテム袋へ。落としたら立ち直れない。

 そして、『ちょっと良い物だから、気に入ったら使っておくれ』と書かれていた私宛の贈り物を取り出す。

 ……ドキドキする。

 何が出てくるんだろう。お師匠がわざわざ『ちょっと良い物』と書いてくるなんて……私の心臓はもつんだろうか?

 

 中から出てきたのは――


「団長、それどうされたんですか?」

「シンプルな杖ですね。先端についてるのは魔石ですか? その大きさで何個ついて……杖本体の素材も見た事ないです」

「あ、そのケープとっても可愛いです。翡翠色が綺麗。団長にぴったりだと思います」


 お皿いっぱいにお菓子――お師匠お手製のケーキ――を載せて団員達が私に声をかけてくる。私も取りに行かなきゃ。すぐになくなる筈。

 

 だけど……今はそれどころじゃないっ! 

 

 あ、あの人は、たかだが水の宝珠一個に対して、何て物をお返しに……。

 杖を握り感触を確かめると微かに残っていたのは、慣れ親しみ、私が恋焦がれてきた魔力の波動。

 

 間違いない。だ。

 

 心に歓喜の嵐が巻き起こる――ヤバい。本当にヤバい。杖を胸に押し付け、強く強く抱きしめる。


「だ、団長?」

「ど、どうしたんですか?」

「だ、大丈夫ですか?」

「…………大丈夫。ありがとう。ちょっと嬉しくて」


 杖を片手に持ち、ケープを羽織り一回転。

 うん、いい感じ。

 杖の表面をなぞると――やっぱり。お師匠が何もしないなんてあり得ないものね。

 少しだけ魔力を杖に通す。

 すると、次々と古代文字が浮かび上がってきた。


「「「!?」」」

「とんでもない物を貰っちゃったなぁ。こういうの何て言うんだっけ? 兎で龍を釣る?」

「だ、団長……」

「そ、それって……」

「な、何ですか?」


 団員達の顔が青褪めている。

 古参に比べればまだまだだけど、この子達も『薔薇の庭園』に所属している身。 価値に気付いたみたいね。

 これは――


「おそらくだけど……真龍の骨を土台にして魔金で古代文字を彫ってるわ。このケープも王蚕おうかいこの翠絹製ね」

「じ、冗談ですよね?」

「し、真龍って……しかも魔金!? 魔銀より遥かに希少で、ほんの一摘みを入手しようとして、帝都の某大商人が破産したっていう、あの!?」

「だ、団長……王蚕は世界樹の中層以上にしかいないとされている魔物ですよ? そ、その糸は裁縫職人にとっては幻の……う、嘘ですよね?」


 だから困ってるのよ。

 素材自体が一級――否、超々一級品。市場に出したらとんでもない事になる。

 とてもじゃないけど……水の宝珠と釣り合ってない。少しは加減を……。

 まぁ返すつもりもないけど、絶対に。

 だってこれは


「多分うちのお師匠が使う予定だった杖なのよ。今回出た水の宝珠でもう一本が完成したから、こっちを贈ってきたんだと思う。ケープはわざわざ作ってくれたみたい」

「……団長」

「……質問しても」

「……良いですか?」

「何?」

「「「団長のお師匠様って何者なんですかっ!?」」」


 三人が身を乗り出して聞いてくる。

 ……その質問は、私にとっても難しいわね。


「さぁ? 自称は『育成者』だけど。取り合えず最高のお師匠なのは間違いないわね。『魔法士にまるで向いてない』と酷評されていたあるドワーフの女の子を……大陸第7位にした位だから」

「「「…………」」」


 それを聞いた団員達は沈黙。おもむろにケーキを食べ始めた。

 さ、私も取りに――あれはタチアナとさっきの配送屋?

 見ていると何か――封筒を手渡された。

 

 ……どうして頬を染めているのかしら?

 

 そして、耳をいじっている。


「ま、まさか!」


 音もたてずタチナアの背後に忍び寄り、そっと覗き込む。

 ……や、やっぱりぃ!


「きゃっ! ハ、ハナ、驚かさないでよ。な、何?」

「…………お師匠から贈り物貰ったでしょ?」

「え? ま、まさか……そんな筈ないじゃない。私はハルさんに会ったこともないんだから。貰う理由がないわよ」

「ふ~ん……でも『今度、遊びに来て下さい。埋め合わせは必ず』って書いてあったんでしょ?」

「……ハナ、見てたわね?」

「うん。見た」

「た、確かにそう書いてあったわ。ま、まぁ……そんな機会は中々取れないだろうけど……招かれた以上は仕方ないわよね。何処かで時間を取って――」

「……ねぇ、そのイヤリングは何?」

「あ……え、えっと……その……」

 

 タチアナの顔が真っ赤に染まる。

 ぐっ、同性なのに可愛いと思ってしまうなんて不覚。

 ……やっぱり、これは関係各位に至急伝えておかないと。色んな意味で問題だわ。ただでさえ、恋敵は多いのにっ! 

 

 まったく! あの怠け者エルミアは何をしてるのよっ!!

 

 私が頭を抱えていると目に入ってきたのは、タチアナをじっと見つめている『双襲』カール。

 

 その時だった――これは天啓?

 

 イヤリングを弄りながら言い訳を呟いているタチアナから離れ、カールの下に。

 そしてこう囁いた。


「ねぇ、協力してあげてもいいわよ?」

「な、何の事――」

「うちの副長が気になるんでしょう? なら、私と組めば多少は近づけるんじゃない?」

「…………ぐっ」


 見るからに懊悩している。

 『戦斧』が「やめとけ! これは魔女の――いや、悪魔の取引だ。勝ち目がないぞっ!」と肩を揺すっている。

 

 ……うっさいわね。この戦い、負ける訳にはいかないのよっ!

 

 なお、悩める美青年カールが頷いたのはそれからすぐ後のことだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る