エピローグ

「それじゃ――もう行くわね」

「うん。元気でね」


 こんな日だというのにハルは何時もと変わらず穏やかな笑み。

 ……少しは寂しがりなさいよ!

 当分、会えなくなるんだから。


「――3ヶ月で教えるべきことは教えた。後は努力」

「絶対、超えてやり返してやるわ……」

「――ふふん。言うだけなら誰でも出来る」


 散々、私を虐――鍛えたエルミアが私をからかう。

 ……余りの厳しさに何度となく投げ出しそうになったのは内緒。

 だけどハルはとても優しかったし、二人から多くの事を学び、私は確実に強くなった。


「レベッカさん、これを帝都の冒険者ギルド本部へ渡して下さい。推薦状です。5以上が外部から来る時には必要なので」

「ありがと。ジゼルにも世話になったわね」

「レベッカさん!」


 ジゼルが涙を零し私に抱き着いてくる。

 この子とも随分仲良くなれた。


「レベッカさん、これお父さんと私から」

「何?」

「定食屋カーラ特製お弁当です。途中で食べて下さい」

「ありがと。大事に食べるわね。ロイドさんにもよろしく伝えておいて」

「はい!」


 カーラも見送りに来てくれた。

 ロイドさんは来れなかったみたいだけど、気にかけてくれたのが嬉しい。

 

 さぁ……行こう、帝都へ。

 

 強くなる為に。

 第1階位になる為に。

 エルミアは勿論……ハルに一日でも早く追いつく為に。

 辺境都市ギルドの依頼数では、私が望む速度でそれを成し遂げるのは不可能。

 だから、嫌だけど、本当に嫌だけど、今はここを離れよう。

 最後にハルを真っ直ぐ見る。

 帰って来るまで、絶対に忘れられないようにしなきゃ、ね。

 世界樹の杖を指差す。

 

「決めたわ」

「何をだい?」

「その杖の名前よ。私が決めていいんでしょう?」

「ああ、勿論。何て名前にするんだい?」


 私は悪戯っ子な笑みを浮かべる。

 そしてこう告げた。


「その杖の名前は――」



※※※



「『雷姫』レベッカ。黒龍討伐の功により『屠龍士』の称号を冒険者ギルドとして認定する――今から君は特階位だ。おめでとう」

「ありがとう」


 爆発的な歓声と拍手が上がった。慌てて拍手。

 担当しているレベッカさんが黒龍討伐を報告して2週間。

 冒険者ギルドはその事実を確認した後、幹部全員を参集。そして、全会一致で彼女の『屠龍士』称号と特階位を承認。

 今日、晴れてそのお披露目となったんだけど……周囲の喧騒と異なり本人は興味なさそう。


 『雷姫』の異名から分かるように、彼女は帝都でも屈指の雷魔法、特に魔法剣の使い手として名を馳せている。

 耐魔法属性が高い黒龍に対しても本人曰く「斬ったわ」とのこと……聞いた時は頭がクラクラしたっけ。

 そんな彼女の前にはお祝いの品々が次々と置かれていく。

 魔剣・宝石・土地や家屋の権利書等々――私みたいな小市民からすると、怖くなる位だけど……それだけの偉業を成したのだ、彼女は。

 同時に繋がりを持ちたい人がそれだけいるっていう事。

 何しろ、彼女は未だにソロ。何処のパーティに所属していない。

 今まで無数の誘いや、その美貌から求婚があったらしいけど……全て玉砕。

 取り付く島もなかったらしい。

 一部の高位冒険者達と組む機会が少しあったけど。

 

 ――そう言えば


「ごめんなさい! 通して……通して下さいっ! ギルドから渡す物があるんです!」


 叫びながら人混みをかき分け、レベッカさんの前に辿り着く。

 ソファに座り、けだるげな彼女は同性の私から見ても恐ろしく蠱惑的。これは男が放っておかないなぁ。

 取り合えず、お届け物を渡さないと。


「レベッカさん、これ今朝、届いた贈り物です」

「置いといて」

「え、えっと」

「……まだ何かあるの?」

「用が終わったならどいてくれ! 後がつかえてるんだ!」

「ご、ごめんなさい! これ――辺境都市からです!」


 そう言った瞬間、彼女の目が輝き出した

 抱えていた――多分、剣が入っている袋と、小箱をひったくるように受け取る。

 袋から見事な装飾が施された鞘に入った剣を取り出し、次に小箱を開けた。

 中には紙片と淡く美しい紫色のリボンが入っていた。

 彼女は紙片を読み


「レ、レベッカさん?」

「似合う?」

「ええ、と、とっても」


 美しく煌いているを結い上げ、その場で一回転。

 か、可愛い!

 周囲からもざわつき。

 彼女がその手の物を身に着けることは今までなかったからだ。

 そして、こんな姿を見せたこともない。

 ほ、本当にあのレベッカさんなの?

 私達の動揺をよそに、浮き浮きした様子で剣を鞘から引き抜く。

 ……え?


「綺麗」


 その剣は漆黒だった。

 剣身には、肉眼で捉えるのが困難な程の微細な装飾? が施されている。


「……そ、それって」 

「黒龍の牙を加工したんだって。不思議ね。ここまで黒くなかったけど」

「う、嘘」


 真龍の素材は希少でそこから作り出される武具は最高峰の性能を持つ。

 同時に加工は恐ろしく難しく、名のある職人でも時間を要する――2週間で、いや往復を考えれば精々10日でこんな剣を仕上げるなんて――あり得ない! 

 私の肩を誰かが叩いた。


「ギルド長……」

「気にしたら負けだよ?」

「は、はぁ……」

「レベッカ君、彼は――ハル殿はなんと?」


 剣をうっとりと眺めていた彼女は、惚れ惚れとする動作でそれを鞘に優しく納め、答えた。


「私、文句無しに合格だって。ようやく帰れるわ」

「か、帰るって……何処へですか?」


 私の問いに、一瞬きょとんとし、くすくす笑う。

 それを見ただけで理解。ああ、彼女は戻るんだ。



「決まってるじゃない――辺境都市へ!」

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