1-アイドルの形
「やあやあ、初めましてだね。ボクはコンポー、さっきマネージさんに紹介された通りの作曲家だよ。有名かどうかはさておいてね」
「初めまして、ユキです」
コンポーは気さくに挨拶をしてくる。見た目はなんだか近寄りがたいが、悪い人ではなさうだ。
作曲家、英語でコンポーザー。音楽を作る人。言葉のまんまと言えなくもない。アーティストとの違いが分かるようで分からない、そんなモヤモヤした思いを抱いている人も多いのではないだろうか。
「今回コンポーさんには、ラゴラさんのアイドル初披露曲の作曲を依頼してあるんですよ」
「おお! 本当ですか⁉」
マネージの言葉にラゴラの目がキラキラと輝く。初披露曲、つまりはデビュー曲のことだろう。
「今回はラゴラちゃんと初披露曲の相談をするためにやって来たんだ。初披露だから最初はその子の特徴を活かした曲にしたいからね。今日はそのための話し合いに来たんだ」
「なんとォ⁉ これはポックリ仰天です!」
「ビックリでしょう? 死んでどうするんですか?」
「というか、今日コンポーさんが来ることはちゃんと伝えたハズなんですが……」
この子、いろいろ大丈夫だろうか? そう思わずにはいられないユキとマネージだった。
「さて、まずはラゴラちゃんがどんな歌を歌いたいかを教えてもらおうかな?」
「はい! 私は大きな声で歌える歌がいいです!」
そんなこんなで始まったラゴラとコンポーの音楽面談。長方形の長机を挟んで片側にコンポー、反対側にラゴラ、ラゴラの隣にユキとマネージが座る。
「あの、何で私まで?」
「アイドルってこういうこともするんですよーっていうのを見てもらおうと思いまして」
なんだか段々と外堀を埋められていっている気がする。最終的に「フフフ……アイドルについてここまで知られたからにゃあ帰す訳にはいかねえなァ」なんて展開にならないことを願いたい。
「ふむ、大きな声で歌いたいのか。それなら明るめの曲にしようかな? ラゴラちゃんも元気いっぱいで明るいしね。そうだ、試しにちょっと歌ってみてくれない?」
「はい!」
コンポーの言葉に元気よく返事をして立ち上がるラゴラ。と、同時にどこから取り出したのか耳栓を装着する。ユキとマネージ。
「うん?」
2人の行動にコンポーが首を傾げた瞬間。
「ぴええええええええええええええええええええッ‼」
会議室に絶叫が響き渡った。
「どうでしょうか⁉」
自信満々に小さな胸を張って、ラゴラは期待するような目でコンポーを見つめる。
「歌えって言われて絶叫する人間をアイドルって呼んでいいんでしょうか……?」
「か、彼女はまだアイドルの卵ですから、これから成長してくれるハズです。多分」
耳栓をとりながらユキとマネージはそんな言葉を呟く。
さて、コンポーの方はどうだろう。耳栓もなし、耳を塞ぐでもない、ラゴラの全てを破壊しそうな絶叫を無防備に受けた彼の耳は果たして無事でいられるのか。
「……」
コンポーは黙ったまま体を震わせている。もしかして怒っているのだろうか。無理もない、あんな頭の痛くなるような絶叫を至近距離で聞かされたのだ。そりゃあ怒りたくもなるというものだ。
もっとも、分かっているのなら何故教えてやらなかったのかという話にもなってきてしまうが。
「あ、あのー、コンポーさん?」
「すンッばらッしイッ!」
突然そう叫びながらコンポーはパチパチパチと拍手をしながら立ち上がる。
「音楽とは音を伝えること! 聞く者の耳に音を伝えることだ! 彼女の声はよく通る! どんなに離れた者にだってこの声は伝わるだろう! 恥ずかしがることもなく、こんな大きな声を出せる彼女は音を伝える天才だ! こんな子は初めてだ!」
ベタ褒めだった。恐ろしいことにあの大声を至近距離で聞いたというのにまるで気にした様子もない。
「ありがとうございます!」
「次は君の叫びに心をこめるんだ! 君なら出来る!」
「はい師匠!」
唖然とするユキとマネージをほったらかして、2人の世界へと入り込んでいくラゴラとコンポー。
「さあ! まずは『おはようございます!』さあ一緒に!」
「おはようございまああああああああああああああああああああすッ‼」
「いいよいいよ! 次は『ありがとおうございます!』はい!」
「ありがとうございまああああああああああああああああああああすッ‼」
「感動モノだ! さあどんどんいくぞ! 次は……」
ハイテンションな2人の叫び声が広い会議室に響き渡る。
「バ……バカだ……音楽バカが2人いる……」
「ラゴラさんに限ってはただ叫びたいだけのようにも思えますが……」
そんな会議室で耳栓をしたうえで耳を塞ぎながら震えるユキとマネージ。
「コンポーさんは曲作りでアイドルと話す度にああやって感動して熱が入ってしまうのですが、ラゴラさんとの相性が良すぎたようですね……」
大声に次ぐ大声。楽しい楽しいアイドル見学の時間になるハズが、地獄のような時間へと早変わり。
やっぱりアイドルなんて絶対ならないとユキは騒音の中で心に誓うのだった。
少し休憩。散々大声を聞かされて、げんなりしながらユキは歌声前線本部の屋上で休んでいた。
「うー……まだ耳がキンキンする……頭もグラグラするし……」
頭を押さえながらユキは屋上から柵に寄りかかりながら景色を見渡す。この高さだとケジャキヤの全てが見える……訳ではないが、そこそこ良い景色ではある。
歌声前線の本部は3階建てプラス屋上という作りになっているいる。ケジャキヤはハクマ王国の中心とはいえ、東京のようにビルが立ち並んでいる訳でもない。基本的に民家は1階建てがほとんどで、2階建ても『俺の料理屋』のような店と住処が一緒になっているような建物がほとんどだ。高い建物が並んでいるということがないのだ。
外からの見た目も石造りのものが多く、現実じみていてもやっぱり所々でファンタジー色が垣間見える。
そんな現代とファンタジーが混濁した、しかしながら現代ファンタジーとはならない景色を眺めていると、
「あら? 見ない顔ね? 新入りさん?」
後ろからそんな声が聞こえてきた。
振り返ってみるとそこには暗くて青い深海のような長い髪をした女性が立っていた。髪とは逆に明るい色の服とロングスカート。探せば彼女を象徴する言葉は他にも見つかったのかもしれないが、ユキは何よりもまず「綺麗な人だ」と思った。
大人びていて気品に溢れている。オーラがあるというのはこういう人のことを言うのだろう。町を歩けば誰もが振り向く、そんな女性がユキの前に立っていた。
「えっと、ただの見学です。えっと、失礼ですが、貴方は……?」
ユキがそう問いかけると少女は意外そうな顔をする。
「あ、あれ? もしかして分からない? 結構有名になったつもりだったんだけどな……」
そう言って少女はポリポリと人差し指で頬をかく。言葉から察するに、彼女もアイドルなのだろう。それもかなり売れているアイドルだ。
「すいません、音楽には無学なものでして」
「ああ、気にしないでいいよ。どれだけ有名人でも興味がなけりゃ一般市民と何も変わらないからね。売り込みに必要なのは何よりまず興味を持ってもらうこと、という訳で自己紹介をさせてもらうわね?」
そして少女はくるりとその場で回ってみせる。行動の1つ1つが彼女の美しさを際立たせていた。
「私の名前はマリア。マリア・アブソリュート。歌声前線所属のアイドルよ。どうぞよろしくね?」
名乗りと共に彼女は微笑む。その姿はアイドルというよりも歌姫か女優とでも呼んだ方が似合っているように見える。
「ユ、ユキです。よ、よろしくお願いします」
思わず背筋が伸びる。自分とは住む場所が違うという思いを抱かせる。
「そんなに緊張しなくていいのよ? ラクにしてちょうだい?」
そう言ってマリアはユキの隣に立つ。無茶な話だ。2人で屋上からの景色を眺めるが、ユキとしてはもう景色どころではなかった。
「ところで、見学ってことは貴方はアイドル志望なの?」
「い、いえ、私はマネージさんに連れられて……」
「ああ、そうなの。彼、強引でしょう? 昔から『いいな』と思ったらすぐアイドルに誘うのよ。仕事熱心だから見学に来てくれる子は多いんだけど、見ての通り、熱意がちょっと空回りしちゃってるのよね。まあ、そんなひたむきさが彼の良い所なんだけど」
そう言ってマリアは笑う。
「もしかして、好きなんですか? マネージさんのこと」
何気ない会話のつもりでユキはそう聞いた。
「な、ななな何をっい、言ってるのかしら⁉ すすす好きだなんて、そっそんな! た、確かに隙の多そうな人だとは思うけど……!」
顔を真っ赤にして顔の前で手を振るマリア姿がそこにあった。
「ま、マリアさん?」
「い、いや別にき、嫌いじゃないけどね? 物事には順序ってモノが……」
さっきまでの神々しいイメージが吹っ飛んだ。
いろんなアイドルがいるんだなあ。
そう思いながら、ユキはマリアからケジャキヤの景色に目を移す。
「あー……もう、恥ずかしい……」
横ではマリアが頭から煙を出して項垂れていた。
なんというか、平和だった。
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