5-僕と私の戦闘精神

 騎士団本部では朝から一部の騎士達が慌ただしく動いていた。

「おはようございます。なんだか忙しいそうですね」

ロクトが騎士団にやってくるとドーベルが荷物をまとめていたので話しかけると、ドーベルは難しそうな顔をしていた。

「おう、ロクトか。またテトラフォリアが現れたんだ。これから騎士達を集めてその討伐に行くんだ」

「テトラフォリアって、またですか?この前も現れたばかりじゃないですか」

「そう、本来テトラフォリアは俺とイーベルの村を襲ったのをきっかけに初めて見つかった魔物だ。探しても見つかるような魔物でもなく目撃される事自体が極めて珍しいされることから全体の個体数もかなり少ないものとされている。だが、奴は魔術を操り魔物を操る。そうなれば他の魔物とも戦わなきゃいけなくなる。奴が現れれば生き物や自然のバランスが簡単に崩れる可能性だってあるんだ。種を絶滅させてでもテトラフォリアは倒さねばならん」

 ドーベルの言葉にロクトはこの前のテトラフォリア討伐を思い出す。種の違う魔物達がテトラフォリアによって集められ、1つの集団として活動する。テトラフォリアの声で統率された動きをし、騎士団達を苦しめる。1人で挑んで勝てるような相手ではない。

「ロクト、来たばかりですまないがお前も討伐に加わってくれ。なにしろ急な話でな、朝早い分、騎士達の集まりもバラバラだ。仕方がないから寄せ集めの隊を作る。指揮はストラーテ隊長とプライネル隊長がとることになっている。2人共先行して敵の様子を見てるよ」

「え」

 ロクトの顔が固まる。

「だ、大丈夫なんですか?ソレ」

「……分からん」


 ケジャキヤ大森林。以前にプライネル隊がテトラフォリアと戦ったこの場所で再びその姿が確認されたのだという。

「ギィィ……」

 件のテトラフォリアは時折小さく寂しそうな鳴き声を発しながら、頭を下げてトボトボと森の広場歩いていた。その周りに魔物の姿はない。

「……どうなっている?」

 ぐるぐると広場の中で同じ所を歩きつ続けるテトラフォリアを遠くから見つめる影が2つ。

 片方は赤い髪を後ろにまとめた優しそうな顔の男。プライネル隊隊長、プライネル・レッドライトだ。

「……これはどういうことだ?魔物を引き連れないテトラフォリアの報告なんて今まで無かったぞ?ストラーテはどう思う?」

 プライネルは隣でテトラフォリアを見つめる女性に話しかける。

 ストラーテと呼ばれたその女性は明るい水色の髪は腰まで伸ばし放題で髪型をセットする、おしゃれなどとという言葉とは遠くかけ離れた見た目をしている、じっと静かに獲物を狙う獣のような細く鋭い目に、不機嫌そうな顔つきは、プライネルと何もかもが対照的である。

 ストラーテ・クリアブルー。王立騎士団、ストラーテ隊の隊長である。

「発見された個体自体ものすごく少ないんですから考えたって仕方ないですよ。奴らの生態なんて分かってないことの方が多いんですから。プライネルもそれは分かってるでしょう?どれだけそれっぽい事言ったって私達は奴らについて何も知らないんです」

 プライネルは「それは、そうだけどさ」と頭をかく。

「それに……」

 次の瞬間、ストラーテは片手に剣を握り、木の影からテトラフォリアへと飛び出して行った。

「どうせ殺すのだからいちいち考えて悩む必要なんてないですよ」

「ま、待て!ストラーテ!まだ騎士が集まって……!」

 プライネルの静止など気にもせず、ストラーテは走る。地面を蹴る度に彼女の周りに風が巻き上がる。

「ギィ⁉」

 風の吹く音に気付き、近くに何かがいることを察したテトラフォリアは周りを見回すが、見えるのは木から木へと姿を移す黒い影だけ。トットットトトト、ヒュウ。テトラフォリアを囲むように足音や風の音が全ての方向から聞こえてくる。段々と周りを高速で走り回る黒い影の姿が複数に見えてくる。頭が混乱してくる。目に見えているものが信じられなくなっていく。

 トンッ!と音を鳴らすと同時に音も影も一斉に消える。

 テトラフォリアは気付かなかった。自身の真後ろから飛び出した者に。ヒュッと風を切る音と同時にテトラフォリアの首も斬り離された。断末魔もあげずに、その身体は崩れ落ちる。

 倒れたテトラフォリアの傍で、ストラーテは剣を一振りして刃についた汚れを払い、鞘に戻した。

「ストラーテ!何をやってるんだ⁉騎士達が集まるまではテトラフォリアは見張るだけだと言っただろう⁉」

 そんなストラーテに起こった様子のプライネルが大股に近づいて来る。

「あのままほっといたら魔物を集めるかもしれません。殺せる時に殺しておくべきです」

 対するストラーテはプライネルの言葉にどこ吹く風といった様子で相手にしない。

「君はもう少し慎重になるべきだ!何かあってからじゃ遅いんだぞ⁉」

「貴方は臆病過ぎるんです。何か起きてからじゃ遅いんですよ?」

 言葉は同じなのにその意味はまるで違う。

「隊長なら後ろで構えて騎士に指示を出す司令塔でいるべきだ!正しい連携は部下や皆の命を守ることにも繋がる!」

「隊長なら最前線に斬り込むべきでは?隊長が活躍すれば部下や騎士達の士気も高まるでしょう?」

「君は全然分かっていない!」

「そっくりそのままお返しします」

 そのままヒートアップして言い争いを始める2人。タイミングが良いのか悪いのか、しばらくすると2人の周りに騎士達が集まってくる。が、周りが見えていないのかが2人の言い争いは止まる気配がまるでない。

「あれ?もしかしてもう終わってる?」

「なんだよ俺ら来た意味ねーじゃん」

「つーか隊長達またケンカしてんの?」

 そんな風に騎士達が話していても、ストラーテとプライネルの2人の耳には入ってこない。

「……予想通りでしたね」

「そうだな……」

 そんな様子を見ながらロクトが呟くと、ドーベルは最初と同じ難しい顔で頷いた。


「……って事が今朝あったんだよ」

 昼頃、いつものように『俺の料理屋』にやって来たロクトはカウンター席であくびをしながらそう言った。朝からバタバタして少し疲れたのかもしれない。そんなロクトとは対照的に店は落ち着いている。客がいない訳ではなく、かといって忙しくなる程たくさん来てる訳でもない。

「ほぉ!そうかそうか!相変わらずケンカばっかしてんのか2人は!」

 ロクトの話を聞きながらサラマンダーは愉快そうに笑う。

「そのストラーテさんとプライネルさんって有名な方なんですか?」

 店の奥から料理を運びながら現れたユキは、ロクトの席に料理を置きながら首を傾げる。

「ああ、ウチの騎士団は1番上に騎士団長がいて、その下に5人の隊長、さらにその下に俺ら一般の騎士って構成になってるんだけど、ストラーテ隊長とプライネル隊長はどっちも隊長5人の内の1人だよ。まあ、実際には副隊長とか騎士団長直属の部下とかもう少し複雑なんだけど」

 もはやユキが質問すれば誰かが解説してくれるのが恒例行事となりつつある。騎士団長、隊長、一般兵。なんとまあ分かりやすいタテ構造だろう。大学のあまりガチじゃないタイプのサークルのようにはいかないらしい。ユキは現実では大学受験に失敗しているので大学サークルの実態など想像でしかないが。

「ストラーテ隊は個人主義みたいなところがあって、1人1人の実力を重視するんだ。対するプライネル隊は仲間との連携を重視する。方向性が真逆なうえ、どちらも自分の隊のやり方を徹底してるからケンカが多いんだ」

 簡単に言うと正反対の2人がいがみ合っているということか。

「要するに筆記試験で一気に解いて寝ちゃう奴と最後まで問題と答えの見直しをする奴は仲悪いけどどっちも100点満点とるから始末に負えないって事だな!」

「いやマーさん? その例えはかなりズレてるうえに余計に分かりずらくなるだけだから」

 そもそも筆記試験でチームプレーなんてしたらカンニングで0点になるのがオチだろう。

「つまりこうですね? 正反対な性格の2人は恋に落ちやすいという……」

「ユキ? 違うよ? 誰も恋愛小説の話とかしてないからね?」

 まだ現代で生きていた頃の記憶では、わりとそんなカンジの少女漫画が多かったような気がする。チャラチャラしていて見てて腹が立ってくるような俺様系男子と恋愛が苦手な自称至って普通の女の子みたいな。生前のミユは男であったが、高校生のあたりは少女漫画を買っていた。だが高校を卒業と同時に突然飽きて全て売ってしまった。

 くだらない話題で時間を潰していると、扉を開けて店に客が入って来る。

「いやあ、お腹減ったあ」

「ここには初めて来ますね」

 どこかで聞いたような声だ。そう思って振り向いたロクトは思わず口の中に入れた料理を吐き出しそうになった。

 赤い髪をした優しそうな顔の男。水色の髪をした鋭い目の女。噂の隊長様、プライネルとストラーテがそこにいた。

「う、噂をすれば……」

 ロクトの顔が青くなる。その様子にユキはポンと手を叩く。

「もしかしてあの2人が?」

「ああ、噂の隊長様だな」

 ユキの言葉にサラマンダーは頷く。

「隣、座ってもいいかい?」

「は、はい!どうぞ!お気になさらず!」

 隊長がすぐ近くにいる緊張か、それともさっきまで噂してた罪悪感か、プライネルに話しかけられたロクトに余裕は全く見られない。大丈夫なのだろうか。

 ロクトの隣にプライネル、さらに隣にストラーテと3人並んで座る絵が出来あがる。黄色のと赤と水色の髪が並ぶ様子を見てミユはなんとなく信号機を想像する。

「ストラーテはどれにする?」

「そうですね……このネリメシ肉肉セットにしましょうか。最近あまり家庭的なモノを食べてないですし。あとはムギティーで」

「じゃあ僕もそうしようかな。すいません、ネリメシ肉肉セットとムギティーそれぞれ2人分お願いします」

「あいよ!ちょっと待ってな!」

 注文を受けてサラマンダーは店の奥へと入って行く。

「ジエル!ネリメシ肉肉セット2つだ!」

「あーい」

 いることをうっかり忘れそうなジエルの返事が聞こえる。ちなみ、ヒルマは今日は休みだ。風邪を引いたとかどうとか。

「そういえばプライネル、もうすぐ誕生日でしたよね?何か欲しいモノとかないんですか?」

「欲しいモノ?そうだなあ、考えておくよ」

「ええ、早いうちに決めておいてくださいね?」

 料理を待つ間もプライネルとストラーテは仲睦まじく話している。

「……あれぇ?」

 思わずロクトの口から言葉が漏れた。


 全然仲悪くねーじゃん。そこにはケンカのケの字もなかった

 

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