4-数字の話

「夏の月の……32日?」

 ユキがそんなセリフを言って首をひねったのは、新聞に書かれた日付を見たからだ。

 この異世界、コンロがあったりシャワーがあったり、長さの単位がメートルやセンチメートルだったりと、やけに現代チックな文化となっている。その一方で、電気よりも魔素がエネルギーとして一般的だったり長距離の移動に馬車を使ったりとファンタジー要素も所々に見られる。

 今回ユキが気になったのは日付だ。当然ながら夏の月だの32日だのという表現は現実世界には存在しない……しないよね?32日。

「店長、日付ってどうなってるんですか?1年って何日でしたっけ?」

 分からない時は何でも聞いてみる。異世界に転生した人が1番にやらなければならないのは、その世界の常識を学ぶことだとユキは思っている。知識がなければ異世界ではやっていけないのだ。まあ、他の転生者など見たことがないので誰とも比べようがないのだが。

「ユキ、お前ってお金の数え方とか日数の読み方とかは知らねーのに、お金とか日付って概念は知ってるんだよな。なんつーか、お前の知識って偏り過ぎてね?」

「いろいろあったんです」

「まあいいか。日付についてだったな」


 サラマンダー先生のお勉強教室によると、そもそもこの世界は四季によって月の色が変わると言うのだ。春は緑、夏は青、秋は赤、冬は白。そして、季節と月の色の変わるタイミングが丁度90日であるらしい。それに合わせてこの世界は90日を1ヶ月とし、季節が1巡したら1年、つまり360日で1年となる。

 都合とタイミングが良いのでそれぞれの1ヶ月を春の月、夏の月、秋の月、冬の月と呼ぶ。

 ちなみに、現実世界における曜日にあたる呼び名は存在しないが、10日ごとに1週間としている。1日から10日を第1週間、11日から20日を第2週間と呼ぶ。

 1週間を数字で区切っているため、現実世界のように「毎週水曜日は定休日」などといった記号的な言い方はせず、「毎週3と7のつく日は定休日」といった言い方をする。なお、この言い方をする時、10の位の数字は含まない。3のつく日が休みだからといって、30日から39日が連休になったりはしないのだ。

 さらに、1週間が10日あるので大抵の仕事は最低でも週に2日は休みとなるらしい。


「っつー訳だ。結構喋っちまったが、お前は胸と違って脳ミソはしっかり詰まってるから大丈夫だろ」

「何で脈絡もなく胸の話したんですかセクハラマンダー?」

 無理矢理にでもセクハラをねじ込んで来るあたり、キャラクターとしての個性でも出したいのだろうかとユキは勘ぐる。結果として出した個性が下ネタ、セクハラ親父キャラというのもなんだか悲しくなってくるが。そもそもドラゴンが定食屋の店長をやっている時点で個性としては十分なのではないだろうか。

「店長は目立ってる方だと思いますよ?」

「お、おう? 何の話だ?」

 違ったらしい。別に個性とか関係なかった。ただのエロ親父だった。

「おふわよふほざいはーふ」

 そんな話をしていると、ジエルが欠伸をしながら店に来た。

「おはようございます。ジエルさん知ってました? 今日って32日なんですって!」

「いやそんな初めて知った知識を誰かに聞かせたくてたまらない子供みたいなこと言われても……って32日? ユキ今32日って言った?」

「え? ええ、言いましたけど」

 ユキの言葉を聞いて、さっきまっでの人前で大きく欠伸をしていたようなアホ面から一転、ジエルは目を閉じ、腕を組んで考え込む。

「……店長」

「ん?」

「すみませんが、明日はどうしてもはずせない用事があって店には午後からじゃないと来れません」

 そして、真剣な表情でそう言うと、ジエルはサラマンダーに頭を下げた。

「そうか、分かった。気をつけろよ」

 ジエルの突然の遅刻します宣言に対して、サラマンダーはやけにあっさりと了承するのだった。

「店長、言ったアタシが言うのもなんだけど、詳しい理由とか言わなくていいの?」

「外せない用事があるんだろ? 大事な用事ならそっちを優先しな。お前は嘘ついてサボるような奴じゃないって分かってるからよ」

 少し不安そうにこちらを見つめるジエルにそう言うと、サラマンダーはニカッと歯を見せて笑う。

「て、店長……!」

「お前は嘘つくと目が泳いだり挙動不審だったりして露骨に分かりやすいからな。正直者で助かってるよ」

「アタシの感動を返せェ!」

 2人の漫才のような会話を聞きながら、ユキは黙々と新聞を読む。

 この異世界にはテレビが存在しないため、テレビ欄は存在せず、現実世界の新聞で本来テレビ欄が載っているであろう場所には店で売っているいろんな商品の広告として使われていた。

「夏の月の暑さ本格到来! 自宅で涼しく過ごせる便利アイテム特集! ねえ」

 冷気を出す石や体の内側から冷やす腕輪など、なにやら怪しげな品から扇風機やクーラーのような現代的なモノまで様々な商品がそれっぽい売り文句と共に紹介されている。新聞というより通販雑誌でも読んでいるような感覚だった。

「まあ落ち着けって、イライラしてんの? 身長足りてる?」

「イライラと身長関係ないでしょ⁉ いいのよアタシは小さな守ってあげたくなる系ヒロインだから!」

「いや、それはねーわ。どっちかっつーとお前は周りがボケだらけの中で唯一ツッコミに徹する苦労人系ヒロインだ」

「あぁん⁉」

 2人の会話が妙な方向に激化していくが、ユキには止める術がない。というか止める気がない。我関せずで新聞を読んでいる。

「諦めろ! お前に守ってあげたくなる系ヒロインは100年早いわ! ヨボヨボのおばあちゃんになって出直して来い!」

「本当に100年待たせる気⁉ 流石にそこまで生きられる自信ないわよ!」

「てーんちょー! 私が来ましたよォ!」

 突然店内に甘ったるい声が響く。ギャアギャア言い合っていたジエルとサラマンダーの2人も、新聞の広告とにらめっこしていたユキも声のした方向を向けば、店の入り口でヒルマが立っていた。

「……あれェ? 何かタイミングが悪かったかしらァ?」

 空気が変わったことには間違いない。


 そんなことがあったのが昨日のこと。

 夏の月の33日。今日も今日とて店の開店準備を終わらせたユキは、開店時間になるまで新聞を読む。店の奥ではサラマンダーとヒルマが何やら話しているが、その内容までは聞こえてこない。

 最近のユキの朝は店の掃除と新聞を読むことから始まる。

 異世界に来る前は新聞なんてほとんど読まず、読んでいたものといえば漫画かライトノベルくらいしかなかったユキだったが、今となってはこちらの世界の常識を知るためにも読まなければならない。というのは建前で、実際には暇つぶしの意味合いが多い。読んでいるのも連載小説のコーナーと商品の広告がほとんどだ。

「勢いよく扉を開けて結婚式場に乗り込んだグロームは叫んだ。『花嫁は攫って行く!』……うーむ、続きが気になる」

 途中からなので全体のストーリーは全く分かっていなのだが、なんとなくクライマックスのような雰囲気を感じ、よく分からないままにユキは物語の中に引き込まれていた。

「……たまには真面目な記事も読んでみよう」

 気まぐれにそう思ってユキは新聞のページをめくる。

「今年もやって来た! アイ・ドールとケジャキヤ大歌唱イベント。サカラカ商売ギルド、数か月ぶりに黒字へ。ハクマ国王、孤児院訪問。……あれ?この記事……」

 真面目に読むと言いながらタイトルばかりを読んで、記事の内容にはノータッチなユキだったが、ふとページをめくる手を止める。

「あれから10年、スペンシー家の悲劇」

 新聞のページの端の方に小さく載っている記事だったが、そのタイトルがユキにはなんだか引っかかった。

「スペンシー家……スペンシー?」

「おう、ユキ。そんなにまじまじと新聞見てるなんて珍しいじゃねえか。なんか欲しい商品でもあったか?」

 悩むユキに、サラマンダーが声をかける。

「いや別に……って、私いつも商品の広告ばかり見てる訳じゃないですからね? ちょっと気になる記事がありまして」

「気になる記事ィ?」

 ヒルマがユキの横から新聞を覗きこむ。

「この『スペンシー家の悲劇』ってヤツなんですけど……」

「スペンシー……ああ、そういうことか」

 ユキの言葉に、サラマンダーは納得したように頷く。


「スペンシーってジエルのファミリーネームと同じだろ。ジエル・スペンシー」

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