3-勇者と騎士の関係性
それは、イーベルにとっても、テトラフォリアにとっても、プライネル隊、魔物達、この場の全ての生物にとって完全にイレギュラーな存在だった。
「ロクト……」
イーベルが名前を呼ぶと、ロクトは剣を腰に差し、こちらを振り向いて手を差し伸べる。
「協力してやるよ。だけど、お前のライバルとしてじゃない。そもそも俺にお前のライバルなんて荷が重すぎるしな。その代わり……」
ロクトはテトラフォリアをじっと睨む。
「友達としてお前を助けてやる」
ロクトの言葉にイーベルは目を丸くする。
「背中を預けるなんてライバルやパートナーなんて重い関係にならなくても、人の背負ってるモン一緒に背負うなんて、友達関係で十分だもんな。まったく、なんだってこんな簡単なことに気付かなかったんだか」
「……」
「どうした? 不満か? それとも、やっぱり俺じゃあ力不足か?」
そう言ってロクトはまた笑う。
「いや、心強いよ。不満なんて、あるものか」
そしてイーベルもまた、笑うのだった。
「俺がアイツに隙を作ってやる。お前はアイツをぶっ倒せるように魔術の準備をしておけ!」
剣を握ってロクトはテトラフォリアに向かって走り出す。
魔術では迎撃に間に合わない。そう判断したのかテトラフォリアは閉じたハサミの1つをロクトに向かってナナメに振り下ろす。
「おおおおおおぉぉぉぉぉぉああああああッ‼」
叫びと共に、ロクトは上に跳んでハサミの1撃をかわすとハサミの上に着地し、そのままハサミに繋がっている腕を斬った。
「これで2本目!」
「ギイイイイイイィィィィィィイイイイイイ‼」
痛みと怒りによってテトラフォリアの鳴き声が激しくなる。
血が出ているのも気にせず、力任せに残った2本の腕の内の片方をロクトに振り下ろす。ロクトはとっさに剣を両手で構え、固いハサミを正面から受け止める。きぃんと金属と金属がぶつかる音がする。力が拮抗してロクトは鍔迫り合いのような形でその場から動けなくなる。だが、両手を使っているロクトに対して、テトラフォリアはまだ腕が1本残っている。
もう片方のハサミを閉じると、テトラフォリアはロクトの脇腹めがけて横に振るった。
きぃん……と、金属と金属がぶつかる音がした。
ロクトの脇腹に向かって振るわれたハサミは、ロクトが握った剣によって防がれていた。上からのハサミを防ぐ剣を両手から片手で握り、余った手でもう1本、剣を握って横からハサミを防いでいた。
「ギギィ⁉」
「お前、魔術に比べて肉弾戦は苦手だな?」
驚いたような鳴き声をあげるテトラフォリアを見てハサミを防ぎながらロクトは獰猛に笑う。
「人間みたいに驚きやがって、まあ、そうでないとこうやって騙した意味がないけどな!」
よく見ると、上からのハサミを防ぐロクトの剣には血がついていた。テトラフォリアの血の他に、もっと生物らしい赤い血が。
それは、イーベルが狼のような魔物に突き刺した剣だった。ロクトがテトラフォリアに向かって突っ込んだ時、手にしたのは自分の剣ではなくイーベルの剣だったのだ。そして彼は、テトラフォリアのハサミを両手でないと防げないように見せかけた。テトラフォリアに次の手を使わせるために。
「お前が人間臭くて助かったよ。しっかり策にハマってくれたな。それじゃあそろそろ決着といこうか! イーベル‼」
ロクトの叫びでテトラフォリアはハッとしたようにロクトの後ろ、少し離れた場所を見る。
巨大な炎で作られた槍を構えるイーベルの姿がそこにあった。
全てはテトラフォリアの全ての腕を防御に使わせないために。
「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおッ‼」
全身全霊を込めて、イーベルは炎の槍をテトラフォリアの頭目がけて撃ち出す。
テトラフォリアはとっさにハサミで頭を守ろうとしたが、次の瞬間、残った2つの腕はロクトによって斬り落とされていた。もはや、テトラフォリアを守る腕は1つも無い。
そして、巨大な炎の槍がテトラフォリアの頭を貫き、爆発した。
残ったのは頭部が炎の爆発で消し飛んび、断面が焼け焦げた魔物の死体だけだった。
テトラフォリアの死後、生きている魔物達は正気を取り戻したのか皆一斉に逃げ出した。それでも広場には魔物達の死体がいくつも残っている。
「1つ残らず王都に運ぶんだ! 殺して終わりにはするな! 戦いの後始末をして骨、肉、毛皮、使えるものは全て使わせてもらうことこそ、殺した者の義務だ!」
プライネルが指示を出し、魔物の死体を集めて王都に持ち帰らせる。使えるものは全て使い、最後に残った部分を墓地に埋めるのだ。
「テトラフォリア……。怒ったり驚いたり、本当に人間臭い魔物だったな」
魔物を運ぶ騎士達を見ながらロクトは呟く。
「ロクト、だったか?」
そんなロクトの所にちょび髭の副隊長、レグナートがやって来る。
「イーベルを助けてくれたこと、礼を言う」
「いえ、自分でやったことですから」
「そうか。……やはり彼は迷っていたようだ。勇者と呼ばれる自分と、テトラフォリアに対する恨みを抱えた自分に。だが、彼には君という友人ができた。これからは彼の心も少しは解放されるだろう。イーベルを、よろしく頼む」
「はい。もちろんです」
ロクトの力強い言葉を聞いて、レグナートは満足気に頷き、ロクトに背を向けて歩き出し……歩き出そうとして、「あ、そうだ」と足を止めた。
「君には感謝しているが、今回の君の行動は勝手な独断だと騎士団では処理されるだろう」
「え?」
「私の方でも君の罰が軽くなるように上に掛け合ってみるが……」
「ゼ、ゼロにはならないんですか?」
「まあ、反省文くらいは覚悟しておきたまえ」
「ええ……」
こんなのアリか。最後の最後でがっくりと肩を落とすロクトだった。
次の日。
「こんにちは。お昼を食べに来ました」
「いらっしゃい! イーベルじゃねえか、まあ座りな!」
イーベルが『俺の料理屋』の扉を開ける。なんだか前より顔つきが明るくなったような気がする。
「最近はどうだ? 元気でやってるか?」
「ええ、以前に比べて心も晴れやかですよ。あ、肉セットとムギティーお願いします」
「そうか、そりゃあ良かった! 肉セットとムギティーだな、ちょっと待っててくれよ!」
料理を待ちながらイーベルは考える。背中を預けられる友ができ、心に余裕ができたことで、今までよりも視野が広くなったような気がする。
兄として自分を心配してくれるドーベル、上司として心配してくれるプライネルとレグナート、自分の周りには自分を助けようとしてくれる人が思ったよりも多かった。
勇者であることにイーベルはもう1人で悩むことはないだろう。全ては彼のおかげだ。
「そういえばアイツは暇だろうか? 一緒にお昼でも誘えばよかったか……?」
で、件のアイツ、ロクトはというと。
「……手が痛くなってきた」
騎士団の長テーブルに向かってひたすら文字を書いていた。
「事情が事情だからって反省文は回避できたけど、なんで単語の書き取り100回?学校の補修とかじゃないんだから……」
「すまんな、トイレ掃除とか武器の手入れとかなら手伝ってやれたんだが……」
ロクトの向かい側にはドーベルが座って食事をしていた。
「いや、決めたのは自分なんで大丈夫です。……ところで先輩、それお弁当ですよね?奥さんに作ってもらったんですか?」
ドーベルの前にはピンク色の可愛らしい容器に、綺麗にまとめられた料理が入っている。意外と底が深く、男でも十分な量が食べれるだろう。
「ああ、愛妻弁当ってヤツだな」
「……先輩の家は恐妻家だって聞きましたけど」
「だ、誰だそんなこと言ったのは⁉ べべべ別にそそそんなことはないぞ⁉ 俺とアイツはそりゃあもう、あ、あ、愛し合ってるに決まってるだろ!」
「すんごいビビッてんじゃないですか」
そんな話をしながらひたすら単語を書いていると、ロクトの肩を指でちょんとつつく者がいた。振り返ってみると、ユキが小さな包みを持ってロクトの横に立っていた。
「お疲れ様です。ロクトさん」
「ユキ?」
「騎士の方達に聞いたらここにいるとのことだったので。店長が『どうせロクトのことだから勝手な独断行動とかで罰として単語の書き取りでもしてるだろうから差し入れでも持って行ってやれ』と言われまして」
「なんと」
店長は何でも知っていた。店のメニューの隠し味からお客の行動まで。
「まあ、何にせよ、解決したようで何よりです」
「そうだな、平和に終わって万々歳だ」
「代償に今罰を受けてる真っ最中だけどな」
ユキもドーベルも笑う。ロクトはとりあえず苦笑い。
「自分の代償で誰か救えるって素敵なことだと思いません?」
「代償が単語の書き取りじゃなかったらな」
平和な1日だった。
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