3-白き魔物

 ケジャキヤ大森林。

 テトラフォリアを見たという騎士達の報告から数時間後、準備を終えた騎士達が集まり、森の中を歩いていた。

「本当に、テトラフォリアだったんだな?」

「はい、あの姿を見間違えなどしません」

 騎士達の集団の1番前、他とは違う騎士団の制服を着た、赤い髪を後ろでまとめた優しそうな顔の男がちょび髭の副隊長に聞くと、副隊長は礼儀正しく答える。

 プライネル隊。王立騎士団の隊の1つだ。

 そして、このちょび髭の副隊長が礼儀正しく接する人間など今の状況では1人しかいない。この赤い髪の男こそプライネル隊の隊長、プライネル・レッドライトである。

「レグナート、君があの村での事件の当事者であることは知っている。君なら問題ないとは思うが、テトラフォリアに出会っても焦って1人で敵に突っ込むようなマネはしないでほしい」

「俺は大丈夫です、プライネル隊長。ですが、イーベルの方はどうでしょうか……」

 レグナートと呼ばれた副隊長は後ろを振り向く。後ろからついてくる騎士達の中に、イーベルの姿が見える。涼しげな顔をしているが、額には汗が滲んでいた。

「かなり思いつめているな、無茶しないといいが……」

 イーベルの姿を見ながらレグナートは呟く。

 レグナート・トライトリオ。

 彼は昔イーベルの村に派遣された騎士だった。元々小さな村だったので、派遣された騎士の数もそんなに多くなかった。故に魔物の大群が襲って来た時、彼は魔物と戦うよりも村人を避難させる方が優先だと判断した。その時に彼は見たのだ。魔物達を率いるテトラフォリアの姿を。

 他の騎士や村の自警団の人、逃げる時に魔物に襲われてしまった村人など決して被害が無かった訳ではないが、死人は1人も出なかった。

 だが、避難所でイーベルの妹がいないことが分かり、さらに幼いイーベルが妹を探しに村に戻ってしまい、レグナートは自分の詰めの甘さを呪った。

 その後、村の方角から出た光を見てレグナートは様子を見に村に戻ることを決めた。自警団を避難所に残し、騎士達だけで村に戻ってみたところ、倒れているイーベルと、泣きじゃくる彼の妹を見つけたのだ。

 レグナートだけは知っている。イーベルを見つけた時、眠っている彼が呟いた言葉を。

「みんな、ころす」

 彼は幼いながらにして敵に対する殺意を覚えてしまった。

 彼がテトラフォリアという存在ともう1度対峙した時、彼はどうなってしまうのか、レグナートは心配だった。今の彼の中にはテトラフォリアに対する殺意、勇者や期待の星という周囲の期待に対する義務、皆が期待する自分でいられなくなることへの恐怖など、様々な心がごちゃ混ぜになって胸の中に入っているのだ。

 もしもの時はイーベルを気絶させてでもこの戦場から逃がさなければならない。そう覚悟して、レグナートは再び前を向いた。


 数時間前にレグナートとその部下がテトラフォリアを見た広場へと近づいていく。木々の間から白い体が見えた。

「……どういうことだ?」

 少し離れた所から広場の様子を見ながらプライネルは呟いた。

 先程まで多くの魔物が集まっていた広場。だが今はテトラフォリア以外の魔物の姿が見当たらず、テトラフォリアも全く動く気配が見られない。

「誘っているのか?」

 様子を見るべきかテトラフォリアに近づくべきか、プライネルは考える。

 その時、騎士の1人が地面に落ちていた小枝を踏んでしまった。

「おっと……」

 小枝が折れてパキッと小さく弾けるような音が鳴る。普段の見回り任務だったなら特に気にしなかっただろう。だが、今は状況が違う。1つの小さな行動が状況を変えてしまうこともあるのだ。

「ギイイイイイィィィィィッ‼」

 突然、テトラフォリアが甲高い金属音のような鳴き声をあげる。それに合わせるように、森の中からから魔物達が姿を現した。

 獣、鳥、虫、森に住む様々な魔物の鳴き声が森中に響く。

「総員、戦闘態勢! 障害物の無い広場に逃げ込むんだ! 森の中の複雑な地形ではこちらに不利だ!」

 プライネルの言葉で騎士達は腰に差した剣を抜きながら、一斉に広場に向かって走る。

 すると、それを待っていたと言わんばかりにテトラフォリアの4つのハサミが開き、ハサミの中に大きな火の玉が4つ作られ、広場に来た騎士達に向かって撃ち出された。

「させるか!」

 叫び声と共に、イーベルが騎士達の前に出る。

 イーベルが手を前に向けると、騎士達とテトラフォリアを遮るように氷の壁が作られた。氷の壁に4つの火の玉がぶつかり、水蒸気と白い湯気を発しながら氷の壁と火の玉が消滅する。

「プライネル隊長、テトラフォリアは俺が相手をします」

 そう言うとイーベルは休む間もなく自分の周りに風の槍を生み出し、テトラフォリアに飛ばす。

 テトラフォリアはハサミから電気で作られた光線を撃ち出し、風の槍を撃ち抜く。

「イーベル! お前何を勝手に……!」

「待て、レグナート」

 イーベルを止めようとするレグナートの肩をプライネルが掴む。

「今はイーベルに任せるとしよう。どうやらテトラフォリアはイーベルを最初に倒すべき敵と見なしたようだ」

 プライネルの言葉通り、テトラフォリアは他の騎士達を気にも留めず、イーベルをじっと見つめていた。そして、イーベルもまたテトラフォリアを見つめ、お互いに睨み合っていた。

「しかし……」

「それに、戦うべき相手はテトラフォリアだけじゃない」

 プライネルの言葉にレグナートが周りを見ると、広場に魔物達が次々と集まってきていた。広場全体を囲むように、騎士達を逃がさぬように、魔物達は抜け道を作らぬように並ぶ。

「気をつけろ! 奴らは考えて動く! 統率された軍団だ! ただの魔物を相手にしているなんて決して思うな‼」

 プライネルの言葉と同時に騎士達は剣を片手に魔物達に向かって駆けていく。騎士と魔物がぶつかり合い、あっという間に森の広場は乱戦状態となる。

 そして、広場の中心ではイーベルとテトラフォリアが魔術を撃ちあっていた。

「これなら……どうだッ!」

 イーベルは巨大な氷塊を2つ生み出すと、両方ともテトラフォリアの頭上へと撃ち出した。2つの氷塊はテトラフォリアの頭の上でぶつかり、砕け、細かな氷の弾丸がテトラフォリアへと降り注ぐ。

「ギイイィィッ!」

 テトラフォリアは4つのハサミを上に向けると、炎を火炎放射のように撃ち出した。放たれた炎は互いに合わさって渦を巻き、傘のような形を描いて上から降る氷の弾丸の雨からテトラフォリアを守る。

「まだだ!」

 イーベルは続けて火の玉と氷塊を生み出しテトラフォリアに向かって同時に撃ち出す。火と氷の2つの塊は、テトラフォリアには当たらず、その目の前で衝突し、水蒸気を経た真っ白な湯気がテトラフォリアの視界を隠した。

 次の瞬間、湯気をかき消しながら風の槍がテトラフォリアの目の前まで迫ってくる。

「ギィッ!」

 短い鳴き声をあげながら、閉じたハサミで反射的に頭を守る。風の槍はハサミに突き刺さりながら回転し、風によって周囲に血をまき散らした。

 違った属性の魔術を連続して使うことができる。それが、4属性の魔術を勉強したイーベルの強みだった。例えるならば、全く違う複数の計算式を同時並行で暗算するようなものだ。簡単にできることではない。

「このまま叩き込む!」

 ハサミの1つは使い物にならなくなったが、まだ戦いは終わっていない。敵に時間も余裕も与えないため、イーベル自身も息つく間もなく次の魔術を撃ち出そうとする。

 だが、そんなイーベルに向かって突然狼のような魔物が跳びかかって来た。

「なッ⁉」

 頭の中で組み立てていた術式が崩れる。魔術では間に合わないと、イーベルは剣を狼の腹に向かって突き刺した。

 だが、狼はそれでも勢いを殺さずに、イーベルにしがみつく形となる。なんとかして振り落とそうとするが、狼は制服に爪を食いこませ、こちらを放そうとはしない。あまりに近すぎるため、剣を抜くこともできない。

 そんなイーベルに向かって、テトラフォリアは3つに減ったハサミを向ける。そして、3つの火の玉を狼がしがみつくイーベルに向かって撃ち出した。

「がッああああああアアアアアアァァァァァァ⁉」

 避けることもできず、防御することもできず、火の玉は狼ごとイーベルに着弾、爆発して吹っ飛ばす。

 吹っ飛んで地面に落ちたイーベルが立ち上がり、周りを見ると、近くに焼け焦げ、剣が刺さったままの狼の死体があった。狼が盾となったおかげで、少しはダメージを防げたようだ。

「くそっ仲間を使い捨てにするなんて……!」

 イーベルはテトラフォリアを睨みつける。テトラフォリアにとって、他の魔物は仲間でなくただの駒でしかないのかもしれない。

「ギイイイイイィィィィィッ!」

「くっ!」

 もう1度、ハサミから火の玉を作り出す。イーベルは身構えるが、火の玉の爆発と吹っ飛んで地面に落とされたダメージで体中が痛む。正直、今の状態で相手の攻撃を凌ぎきれるか不安が残る。

「くそっ……俺は勇者なんだ……俺の肩には村の皆の、町の皆の、国の皆の命がかかってるんだ。負ける訳には……いかない! 勇者が皆の期待を裏切る訳にはいかないんだ‼」

 叫ぶ。自分に言い聞かせるように叫ぶ。

 テトラフォリアから火の玉が撃ち出されるイーベルは自分の前に氷の壁を張って防御しようとしたが、3つの火の玉は氷の壁の前で爆発を起こす。

 氷の壁はあっという間に湯気へと変わり、間近で起こった爆風でイーベルは目を開けてられず、顔を腕で覆う。

 イーベルが目を開けた時、テトラフォリアは彼のすぐ目の前まで来ていた。テトラフォリアは巨大なハサミを振り上げる。


 られる。


 イーベルがそう思った瞬間、横から突っ込んで来た騎士が、テトラフォリアの腕の1つを素早い動きで斬り落とした。

「ギイイイイイイィィィィィィッ⁉」

 突然の出来事にテトラフォリアは悲鳴に似た叫び声をあげながら後ずさる。

「広場の外から全く新しい第三者が乱入すれば、さすがに誰も気付かないよな?」

「お前……!」

「よう、苦戦してるようだな? 勇者様?」

 ニヤリと笑いながらイーベルの近くに立つロクトの姿がそこにあった。

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