第95話
ソウタが風呂からあがったところで夕食となった。
川亀の鍋に、川鮫の卵の塩漬けや水鳥の塩釜焼き、その水鳥の玉子酒などの疲労・精力回復に効果があると言われる料理が沢山食卓に並んだ。
「ソウタくん、今日は疲れているだろうから、前からお願いしておいたんだよ」
「ありがとう」
この夜の献立はヒトミの依頼を受けてだった。特にこの数日は文字通り精を出し、身を削っただけに、一口一口が体に染み渡る。
「ご馳走様。本当に美味しかったよ」
料理人を呼んで二人で礼を言う。
「でもこれを最後の晩餐にはしたくないな」
「そうだよね」
二人で夜を過ごす場を決めていた二人は、屋敷を発つ。
「ルルちゃん、寝室の片づけお願いね」
「は、はい!」
ソウタの寝室に咲いた真紅の花はファルルのもの。その片付けを本人に任せて、二人は屋敷を出て王宮、エリの下に向かった。
「二人で過ごさなくてよかったの?」
確認するエリ。
「私たちね、今夜は日本のソウタくんの家で過ごしたいの」
「だから、転移門を使わせて欲しいんだ」
「分かったわ」
躊躇いなくその場所に通すエリ。そして通過しようとする二人に告げる。
「二人とも、いっそ戻ってこなくてもいいのよ。そのまま日本で平和に暮らしても、私は絶対に責めないわ」
「そんな事はしない。俺たちはお前を、この国を見捨てて逃げたりはしない」
「エリちゃん、一時間経ったらこっちに来て。三人一緒に寝たいの」
「わかったわ」
ソウタとヒトミは、エリの寝室に固定されていた転移門からソウタの自宅に戻ってきた。
「……、ただいま」
「……」
玄関から二階に駆け上がってソウタの自室に入ると、二人はそのままベッドに飛び込んだ。
『!!』
そのまま、言葉にならない言葉を発しながら、二人は理性をかなぐり捨てて互いを貪り始めた。何もかも、これ以上を堪えるのは限界を超えていたのだ。
およそ一時間後。エリは二人のところに向かった。
「そっとしてあげた方がいいんだろうけど……」
玄関からも二人の声が聞こえている。この夜は最後になるかもしれないとあって、二人の営みはいつもより長く続いていたようだった。
「しっかりやってるみたいね」
だがよくよく聞くと、聞こえて来たのは艶やかな喘ぎ声ではなく、明らかに怯えきった泣き声だった。
「怖いよソウタくん!私、死にたくなんかないよ!」
「俺だって嫌だ!死にたくない!死んでたまるものかよ!」
二人して死の恐怖に怯えて泣き叫ぶ声が、エリの耳にも飛び込んできた。エリもその声を聞いて涙が止め処なく溢れてしまう。
「アンタたち!もう無理しなくていいのよ!」
エリは慌ててソウタの自室の戸を開けた。
「エリちゃん!」
ヒトミはエリに抱きつき泣き続ける。エリも涙を浮かべて優しく撫でて唇を重ねる。
「ソウタ」
エリが、両手を広げてソウタを招く。ソウタはエリの胸元に飛び込むと強引に顔を埋めて泣き出した。
「うわぁぁぁぁ……」
物心付いた頃から三人は一緒だったが、ヒトミと異なり、ソウタがエリに弱音を吐いたり、弱みを晒したりしたことはあっても、泣き付いて来た事は一度も無かった。むしろエリの方がソウタに泣き付いていた事があるぐらいだった。
そんな気丈だったソウタが、死の恐怖に怯えてエリに縋ってきたのだ。
「ごめんねソウタ!ごめんね!」
ソウタは恐怖に駆られたままエリをベッドに沈めてしまう。エリはソウタを優しく抱きとめながらその恐怖を受け止めて身を任せる。そして自ら衣類を脱ぎ捨て、柔肌にソウタを直に埋めた。ヒトミもエリに縋りついて激しく身を寄せる。
『うわぁぁぁ!うわぁぁぁぁ!!』
やがて三人とも上から下までぐしゃぐしゃになりながら身を重ね、縋りあった。
「ヒトミ!」
「なに、ソウタ……」
「このまま日本に残ろう!」
「……」
ソウタの懇願に、あえてエリは無言で抱き寄せる。
「私は……、カ・ナンを見捨てる事なんてできないわ」
「!!」
自分が何をエリに口走ったかを思い知って頭を抱えてうずくまるソウタ。
「前も言ったでしょ。私はカ・ナンの人たちを見捨てるわけにはいかないの……。それよりソウタ、ヒトミ。二人の方こそ、ここに残っていいのよ。私はソウタとの子供が授かれれば、ううん、今まで散々抱いてくれた思い出があるから大丈夫」
「そんなのダメだよエリちゃん!」
ヒトミが泣いてエリに抱きつく。
「私たちは三人一緒だよ!ずっとずっと一緒だよ!」
「だからって、やっぱり二人とも、これ以上私に付き合う必要はないわよ!」
そんな二人の姿を見て、ようやくソウタは恐怖で見えなくなっていたものを再び見つけ出した。
「ああ、そうだった……。俺はヒトミとエリを守る為に、お前たちが守りたいものを守る為に、宰相を引き受けたんだ」
『!!』
抱き合って泣き合う二人にソウタは告げた。
「やっぱり、カ・ナンに戻ろう。このままここで過ごしたら、決心が鈍る」
簡単に部屋を片付けてから、エリの寝室に戻った三人。
「ソウタくん、お部屋まだ綺麗に片付けてなかったけど……」
不安がるヒトミをソウタは笑った。
「大丈夫。仕事が終わったらきちんと片付けに行こう」
「そっか、そうだよね!」
三人で愉快に笑いあう。
「ありがとうエリ。危うく本気で逃げ出すところだったから……」
ソウタはエリが来なければ、あのままヒトミと二人でこの家に篭るか、車に飛び乗って逃げ出していたかもしれなかったと告白した。
「私は逃げても責めないわよ……」
「でも三人一緒じゃなくなってしまう」
「やっぱりエリちゃんを見捨てる事なんて、できっこないよ」
「バカ……」
三人で代わる代わる唇を重ねあう。
「じゃあソウタくん、私全然足りないから」
「ああ。明日の夜までに回復できれば問題ないから、全力でいくぞ」
「うん!」
「じゃ、じゃあ私はこのまま観戦してればいいの?邪魔なら譲っていいけど……」
だがヒトミは笑顔で否定した。
「もちろんエリちゃんも一緒だよ。私の方が沢山もらうけど、エリちゃんを仲間はずれになんてしないよ。だって今日、リンさんだってお昼にソウタくんと」
それを聞いてエリがカチンと来たようだった。
「ちょっとソウタ!今日はヒトミに専念じゃなかったの?!リンに昼間から手を出すなんて何て羨ま……、けしからん事してるのよ!」
グイグイと睨んでエリが迫る。たじろぐソウタにさらにヒトミが追い討ちを掛けた。
「リンさんだけじゃないよ。ソウタくん今日はお屋敷でお手伝いしてるルルちゃんにも手を出したんだよ」
苦笑いするソウタ。エリはしばらくソウタの目を凝視すると、堪えきれずに笑い出した。
「土壇場になってやっと積極的に手を出すようになったってわけね。いいわよ、だって積極的に手を出せって言ったのは私なんだから」
ソウタの胸に額を当てるエリ。
「ヒトミ、さっきソウタん家でしっかり抱いてもらってたの?」
ヒトミは右手の指を二本立てて見せた。
「じゃあ悪いけど、今から頂くわ。ヒトミ、これが終わったら好きにしていいから」
「うん!」
こうして三人はカ・ナンで夜を共にした。布の海を泳ぎ疲れた三人は、揃って泥のように身も心も溶け合って眠った。
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