第89話

 ソウタが見舞いを行っていた頃、ヒトミの居る司令部にメリーベルとアタラが一緒に入ってきた。どうやら入り口前で鉢合わせして、お互い同じことを依頼しようとしていたので、一緒に入ったという。


「将軍閣下、人払いを願えないか?」


「特に野郎には聞かれたくないからね」


 ヒトミは頷く。


「すみません、三人だけにさせて下さい」


 ヒトミは部下たちを退席させた。


「あの、折り入ってというのは?」


「作戦の決行まで今日を含めてあと三日になった。だから……」


「アタシたちのお願い事を聞いて欲しいのさ。アタシは海賊だから無理やりやっちまってもいいんだけどさ、やっぱり“第一夫人”には許可貰ってないとねぇ」


「それで具体的には……」


「そりゃあ決まってるじゃないか。アタシらは……」


 二人の依頼を聞いたヒトミは、少し沈黙した後で頷いた。


「わかりました。その代わりソウタくんをお願いします」


 ヒトミは静かに頭を下げる。


「その必要など無い。頭を下げねばならないのはこちらの方なのだから」


「閣下には山ほど恩義があるから心配すんなって。アタシの命に代えてもアンタたち夫婦共々死なせはしないよ!」


 二人はそう告げると部屋を後にした。


「……」


 ヒトミは瞑目したまましばらく動かなかった。




 野戦病院の視察を終えたソウタは、その足で練兵場に赴いて拳銃の射撃練習を行っていた。乾いた発砲音が鳴り響いている。


「やっぱりあんまり当たらないな……」


 標的に向かって十発発射したが、的に当たっていたのは三発ほど。手にしている拳銃はこちらの製造ではなく地球から持ち込んだM1911。この銃はリュウジから渡されたものだった。


「この銃はお前のひい爺さんが、戦後に来た占領軍の米兵から賭けでせしめた戦利品だ。錆びないように保管されていたのを遺品整理のときに俺が納屋で見つけたんだ。今まで黙って保管してきたが、いい機会だからお前にやろう」


 その際に銃だけでなく予備のマガジンや木箱一杯の弾薬まで渡された。言うまでも無く違法所持である。


「今のお前には必要になるだろうからな」


 ソウタは数年前にリュウジに連れられて海外旅行した時に、射撃場で銃の射撃練習をやったことがあった。その時の事を思い出しながら練習していたが、やはり思うようには標的に当たらない。


「使わなきゃいけない時が迫っているけど、使わない事を祈るしかないな……」


 この銃を使うという事は、自らの身を守る事と同時に相手の命を奪う事なのだ。いざという時、自分にそれができるのだろうか?僅かに震えが出るのを感じる。


「クソっ!」


 さらに三発、的というよりも自分の不安を打ち払うために引き金を引く。銃弾は一発が完全に外れ、二発目は辛うじて的に、三発目は円のなかに命中していた。


「よう閣下!珍しく訓練かい?」


 射撃訓練場に来たメリーベルが声を掛けてきた。


「ああ。もうすぐだしな」


「なぁ閣下。アタシと一緒に飯食ってくれないかい?」


 ソウタはメリーベルから昼の予定を空けてくれないかと頼まれた。


「O.K.わかった」


 指定された場所は王都の歓楽街。戦時下という事もあって、人通りはほとんど無い。


「すまないねぇ。出撃前に一度閣下とは二人でゆっくり話がしたかったのさ」

 案内されたはサナの経営する店で、戦が始まってからというもの、今までこの店は閉められていたようだ。


「どうしてここに?」


「なあに、ここならかえって目立たないだろ?」


 メリーベルは戸をあけると、ソウタを店に通す。


 店内にはサナが居た。


「いらっしゃい。奥に用意しておいたよ」


 事前に料理人に用意してもらっていたらしく、焼きあがった暖かいピザに似た料理が置かれていた。


 二人で他愛ない話をしながら昼食を取る。一通り食べ終えたところでメリーベルが切り出した。


「アレ、もうすぐじゃないか。だからその前に閣下から頂戴したいものがあるんだよ」


「頂戴?君の頼みだ。俺がすぐ用意できるものなら何でもいいけど」


「じゃあ問題ないね。アタシが欲しいのはね、閣下の……」


 艶かしく光る彼女の口から出た言葉に、目を見開いて驚くソウタ。 


「本気なのか?!」


「当たり前だよ。後の事は考えなくていいんだからさ、遠慮する事は無いだろ?」


「……。O.K.わかった」


 しばらく考えた後、メリーベルの要求にソウタは応じた。


「話はついたんだね。なら奥の休憩室を使いな」


「あいよサナ。この礼はきちんとするよ」


「ああ。期待しないで待ってるさ」


「じゃあ閣下」


「わかってる」


 ソウタは、メリーベルと二人で奥の部屋に入っていった。サナは店から出て、葉巻を吹かし始めた。そして程なくやってきた大きな二頭の狼を連れた相手と談笑し始めた。

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