第87話

「さて、あれの出番だな……」


「あの四輪か」


 ソウタは四輪バギーを持ち込むことに成功していた。道無き道でも突き進める上に、転倒し難いので自衛の為の武器の取り回しが楽だからと持ち込んだのだ。


「猟兵団は前衛だが、閣下と将軍の直衛は私とマーニ、ソールで行う。言ったはずだが、私はタツノ宰相の矢であり盾だ。この命、果てるまでな」


「おおっと、アタシらも忘れてくれるなよ。何たってアタシらは閣下の私兵みたいなもんだからね」


 メリーベルまで入ってきた。


「なぁに、アンタたちは何が立ちはだかろうと、絶対に無傷で大帝の前まで届けてやるよ」


「メリーベルさん……」


「海兵団はみんな、閣下に命を拾ってもらってる上に、散々良い目を見せてもらってきたからねぇ。たとえ全滅したって恩義は返すよ」


「みんな、すまない」


 そして決行日は四日後に決まった。時期的に雲が出やすく夜霧も発生しやすいため、最適だろうと判断されたからだ。


「手紙を送ってきた国の部隊に返信を。こちらが攻撃を開始したら、即座に蜂起して敵の本陣、大帝を襲撃するように、と。そうしてくれたら最悪、攻勢が失敗しても身柄は引き受けると伝えてください」


 司令部からヒトミが指示を出す。


 この夜、矢文が被征服国の部隊の最高指揮官たちの天幕、その衛兵付近に放たれた。


(よし、近日中だな)


 手紙を届けられた者が直接漏らさなくても、他の者が漏らす可能性は大いにあったので、これは賭けだった。



 同じ頃。ゴ・ズマの定例の幕僚たちの会議の席。


 基本的に大帝は定例会議出席しないため、幕僚たちだけの情報交換の場となっていた。


「不穏な噂が流れております」


「申してみよ」


「敵が大規模な反攻に打って出て、それに呼応して我が軍の被征服国の部隊も蜂起するというものです」


「出所は?」


「兵たちの噂ではありますが……」


「奴らが大規模な反攻に打って出るとは思えんな。疫病が流行っているわけでもなく、士気も衰えた様子がない。どう考えてもこのまま守りを固めていたほうが有利であろう」


「しかし敵が打って出るかはともかく、反乱については否定はできませんな」


「確かに……」


「直轄部隊でさえ士気が目に見えて衰え、狼藉が多発する有様です。まして被征服部隊は……。監察官が巡回し、都度報告を行っておりますが、連中は使い潰されてしまうと自暴自棄になっていると」


「ならばいくつか見せしめに潰してはどうか」


「待て、かえって結束して一斉蜂起に繋がりかねん。くすぶる火種に油を注いで大火を招くことになるぞ」


 カ・ナン攻略はゴ・ズマの遠征軍に暗い影を落としていたのだった。


「増援の到着は?」


「一週間後を予定しておりますが、雨で遅れる可能性も」


「最近、補給が滞りがちのようだな」


「各地で襲撃を受けており、大隧道前の峡谷地帯でも度々」


 カ・ナンの善戦の報は各地に回っており、呼応してゴ・ズマに敵対するゲリラが各地で出没し、補給隊を襲撃する事件が相次いでいたのだ。


「士気の維持向上のため、兵たちに酒を振舞うのはどうだ?」


「確かに。このままでは部下たちから、先に蜂起されかねんからな」


 士気の高揚には暖かい食事、何よりもカレーを振舞えというのが、大帝の持論であった。実際に苦労の末にこの世界でも作られたカレーは、振舞えば劇的に兵たちの士気が高揚した。


 だがカレーを作るには数多くの種類の香辛料を必要とすることから、経理部門からは黄金を食わせるのと同義と見なされており、大帝の指示が出る度に悲鳴が上がっていた。


 それならば酒の方がまだ安く済むからと、判断力と戦闘力の一時的な低下を承知で、酒を振舞うことが決められた。


「では、次の増援の到着を待って再度の攻勢。今日明日明後日は攻撃を限定させ、特に四日後の夜には酒を振舞おう」


 奇しくも、カ・ナンからの夜間強襲予定日に、ゴ・ズマでは酒宴を行う事が決定されたのだった。





 同時刻。ニライの王宮でソウタたちは夫婦三人で夕食を摂り、食後にエリはヒトミと共に入浴していた。


「ヒトミ。飲んでる薬の効果っていつごろ切れるの?」


 ヒトミは軍務に就いている都合、避妊だけでなく体調管理の為に薬を定期的に服用していた。


「うん。明後日には切れると思う……」


「じゃあもう服用しなくていいわ」


「えっ?!」


 驚くヒトミにエリが続ける。


「ヒトミが一番分かっていると思うけど、もうこの戦いは長引いたりしないわ。だったら躊躇う必要なんてこれっぽっちもないから、ソウタとの証、出撃までにしっかり作りなさい!」


「う、うん!」


「今夜は私とリンが抱いてもらうけど、ソウタは二人相手でも二、三日ダメになるほどヤワじゃないから大丈夫よ。だからヒトミは今夜はしっかり休んで体調を整えるのよ」


「……」


 ヒトミは愛馬に乗って帰路に就く。三人はそれを見送ると、エリの寝室に入っていった。


「さあソウタ、今夜もしっかり頑張ってもらうからね!」


「ソウタさま、そういう次第ですので今夜も宜しくお願いいたします……」


「O.K.わかった……」


 かくして、ソウタはこの夜も二人を相手に文字通り精を出した。時計の針はその間も決戦の日に向かって進んでゆく……。

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