第84話

 この日は昼前から久しぶりにゴ・ズマから大攻勢が仕掛けられた。


 今度のゴ・ズマの部隊は、新規に到着した個人ごとにハンドカノンを装備した精鋭部隊を主力としていた。


「陛下、此度の指揮はファルコの息子、グナージが行います」


「おう。死に急ぐなと伝えろ」


 ファルコはゲンイチらと活躍した二十四人のうちの一人で、ゲンイチと共にゴ・ズマの建国から拡大に大いに貢献した名将であった。


 そのファルコは数年前に病を得て没していたが、その息子グナージは、父に似て勇猛果敢であり、新しい戦術や兵器を取り入れることに余念が無いと評判を得ていた。


「敵にはエ・マーヌの残党が合流していると聞いている。連中が使っていた“銃”は俺たちも手にしているし、対策も分かっている!我々が突破口を開くんだ!」


 若き指揮官の熱意に感化されて、彼の指揮下の兵たちの士気は高かった。


「今回は新手のようですな」


 マガフは双眼鏡で迫ってくる敵の部隊を見ていた。


 中空の、竹に似た木材の束を押し転がして兵たちは前進してくる。


 また狙撃を避けるためか、指揮官たちの鎧兜も装飾が外され、あまり目立たないようになっていた。


「敵は射撃への対策をしっかり行うようになってきたようですね」


 ヒトミは口元を強く結んだ。


「ですが、それだけでは抜けませんぞ」


 対するカ・ナンはそれらに対して、野砲による射撃を行った。


 鉄製の砲丸によって木材の束は兵たち諸共に次々に吹き飛ばされていく。


 そして木材の束が無くなったところに浴びせられる銃撃の豪雨。


「距離を詰めて反撃しろ!こちらにも砲はあるんだ!」


 グナージの軍勢も反撃に炸裂弾を撃ちこんで来るが、防衛線の塹壕に飛び込まない限り、大した損害は出ない。


 だがそれでも果敢に前進を続ける。グナージ自身が怯まず前進しているので、部下たちも気後れせずに食いついているのだ。


「若殿!間もなく鉄の茨です!」


「手はず通りに毛布を被せろ!」


 彼らは激しい銃弾の雨の中を掻い潜って鉄条網に毛布を被せてきた。あるいは戦死した仲間の体を被せもする。こうして無力化した鉄条網を乗り越えてきたのだ。


『進入してきた連中に攻撃を集中させろ!』


『くそ、他も一斉に攻撃してきた!支援できんぞ!』


 グナージらに呼応して他も攻撃を仕掛けてきたので、カ・ナン側も攻撃を集中する事が困難になっていた。


「よし、俺に続け!!」


 地面を蛇のように這いながら防衛線を這い上がったグナージが、剣を抜いて防衛線に飛び込む。そして彼の部下たちも続々とそれに続いた。


「よし、今日こそは!」


 ゴ・ズマの司令部が沸き立つ。だがそれは甘い観測だった。


「第一線に敵が侵入!」


「直ちに第一予備隊を投入してください!」


 予備隊は他国からの義勇兵が中心だった。彼らは初戦に参加してからは、時折交代要員となるばかりで活躍に飢えていた。


「よし、やっと俺たちの出番だ!!」


 義勇兵の指揮を取るのはビ・ヨングで学んでいた大貴族の四男リョウカ。彼は身内の反対を振り切って、地元の若党たちと共に義勇軍に参加していた。彼は出自ゆえに高度な教育を受けており、さらに指揮官としての才能もあったことから、第一予備隊の指揮官に抜擢されていたのだ。


「いくぞみんな!」


『おおっ!!』


 彼らは意気高く出撃していった。


 そして第一線。当然激しい戦闘が続けられていた。


「このまま確保して味方を迎え入れろ!」


 だが守るカ・ナン側は距離を置いて積極的に排除しようとしてこない。


「もうすぐ支援攻撃が始まる!それまで待機!」


 ほどなく支援攻撃が開始された。


 第二線から迫撃砲弾が制圧された第一線に正確に撃ちこまれて炸裂。防衛線の一部に飛び込んだ者たちを肉片に変えてしまった。


 さらに周囲から火消しの部隊が到着し始め、第一線に飛び込んだ敵の更なる増加を妨害する。


「クソ!やっと踏みこんだんだぞ!増援はどうなっている?!」


 グナージは塹壕の中で剣を振り回して叫ぶが、その叫びをかき消すように周囲に迫撃砲弾が破裂し、数少ない味方がさらに減っていく。


「やっと穴が開いたのだぞ、流し込め!」


 ゴ・ズマの司令部は矢のように突撃を催促するが、これまで使われていなかった迫撃砲の砲撃が密集していた増援部隊目掛けて降り注ぎ、増援部隊は次々に吹き飛ばされていた。


「駄目です!あの砲撃が止まない事には!」


 ようやく穿たれた突破口への増援は、尻すぼみになっていた。


 さらに、破られた地点に続々とカ・ナンの援軍が殺到する。援軍は自転車やリアカーを使うため、歩兵たちはまるで全員騎乗したかのような迅速な移動が可能だったのだ。


「よし!敵を掃討するぞ!俺に続け!!」


 リョウカ率いる義勇兵らが、第一線を奪回せんと猛然と突入してきた。


「引くな!踏み止まれ!」


 グナージが叫ぶが、彼の周囲以外にもう味方は残っていなかった。


「よし、最後まで抵抗している敵は僅かだ!一気に畳み掛けるぞ!」


 しばし塹壕内で激闘が続いたが、辿り着くまでに大いに消耗していたグナージの部下たちは次々に力尽きていった。


 最後まで抗ったグナージは、リョウカと互いに素手で互いの顔が変形するまで殴り合っていたが、駆けつけたアタラによって諸共に投網で捕縛された。


 かくしてこの日の戦いは終わった。一時的に第一線の一部が奪取されてしまったものの、ほどなく奪還された上に、陣頭に立って指揮していた若き勇将は消息不明となってしまったからだ。


 そして戦場に残されたのはあまりに多数の屍。それもいつものようにその殆どはゴ・ズマの兵だった。


「陛下、攻勢を中止いたします……」


「……馬鹿者が」


 大帝は腕を組んだまま空を見上げた。

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