第66話

 皆が驚く中でリュウジは続ける。


「かつてカ・ナンに助力した時、僕たちは約束をしていたんだ。助力と引き換えに、日本で産み育てた二人の娘は、タツノの血を絶やさない為に、弟タイガの息子の妻にする事をね」


 その言葉に誰もが驚く。


 そしてそれは、ソウタがヒトミと結婚する際に、シシノ家の者たちに告げた内容を、リュウジは裏書した事も意味していた。それも、王家であるオオトリ家とも同じ約束を条件にしていたと付け加えて。


「しかしオオトリ家もシシノ家も、息子が生まれなかったからと、娘に家を継がせるために僕に黙って二人をカ・ナンに返してしまった。それが今まで僕が危機に瀕したカ・ナンに援助をしなかった理由だ」


『な、なんと!!』


 三人にはそれが本音ではないことは分かっていたが、数少ないかつてを知る重臣たちや、白銀の錬金術師の高名を知る者たちには、大きな衝撃であった。


「よもや先主陛下らが斯様な約束を……、それも無断で反故にされていようとは……」


「だが、その娘二人はその約束を知らずにソウタを招聘し、そしてヒトミちゃんがソウタと結ばれたのは、皆が知っての通りだ。だからその約束は一つ果たされていた訳だが……」


「私の約束が果たされていない、というわけですね」


「うん。そういう事だ」


 さらにリュウジは、ソウタがシシノ家に提示した文書と同じ紙に記された書面を提示した。


「この約束を履行して、弟の、いやタツノ家の血を確実に残して欲しい。その約束を果たしてくれれば、僕は再びカ・ナンの為に、いや前回以上に支援を行う」


『おおっ!!』


 ソウタの尽力だけでも、状況が劇的に改善された事を疑う者は誰一人いない。それをさらに上回る支援が受けられるというのだ。


「白銀の錬金術師殿が全力で支援して下さるという事は、大国一つが全面支援を行うに等しい……」


 バ・ラオムの呟きに大勢が頷く。これまでの彼の尽力だけでなく、ソウタの歴訪、それまでの活動をもってしても、カ・ナンが取り付けられた他国からの支援はクブルからの資金援助のみ。


 そんな状況でリュウジからの全面支援が受けられるとなれば、このアージェデルにおいては大国一つが全面支援を行うに等しいのだ。


 皆の視線がエリに集中した。


 エリは小さく頷くと立ち上がって返答する。


「白銀の錬金術師リュウ殿。親たちが結んだ約束の話、恥ずかしながら私は、今まで存じておりませんでした」


「白銀の錬金術師殿から支援を頂けるのでしたら、確かに大国一つに匹敵する力添えになる事は疑いはありません」


「ですが私の伴侶は、親たちの取り決めではなく、政略的なものでもなく、あくまで私の意志で決めます!」


 力強いエリの宣言に、その場の誰もが驚きの声を漏らした。


 エリは皆を一瞥すると、ソウタとヒトミのもとに歩み、声を掛けた。


「タツノ・ソウタ!シシノ・ヒトミ!」


『ハッ!』


 席を立ち、恭しくその場に膝をつき、かしづくソウタとヒトミ。


「二人とも、構わないからお立ちなさい」


 ソウタとエリは再び立ち上がった。


「ソウタ、ヒトミ。二人とも、私の望みはわかっていますね?」


『はい。そのつもりです女王陛下』


「貴方たちが私の望みを叶えてくれたら……どんなに幸せでしょうか……」


 主君の立場として命じる訳にはいかないので、エリは二人に懇願したのだ。


 ソウタに対して求婚を、ヒトミに対してソウタの二人目の妻となる事を。


 そんなエリの懇願に、二人は静かに答えた。


「第一夫人として、エリさまの願いを拒むものではありません」


 ヒトミは目に涙を浮かべて、エリの懇願を快諾した。


「エリさまの願い、私で良ければ叶えてさしあげましょう」


 ソウタは笑顔で求婚を受け入れた。


 その返事に思わず涙ぐむエリ。その目元をソウタが優しく指で拭うと、エリは崩れるようにソウタの胸元へ飛び込んだ。


 その様子を見て、ナタルは真っ先に拍手を送り、刹那遅れて、皆も続いた。


「これで私の望みは果たされた。この白金の錬金術師リュウは、魔法使いたるティア共々、このカ・ナンの為に尽力する事を誓おう」


 カ・ナンでは伝統的に重婚は認められていた。


 何よりソウタは、すでにカ・ナンの目覚しい発展に尽力し実績を出し、かつての救国の英雄の甥にして、敵ながら世界帝国の皇帝の甥でもある。


 そのソウタが女王の夫となる事そのものに、反対の声はこの場から上がらず、巷からも上がる事は無かった。


 なお、この結婚を後々問題視したのは周辺国だったが、碌に手を貸そうともしない他国の事など、カ・ナンで気にする者は皆無だった。


「しかし陛下!陛下は宰相閣下の第二夫人になられるのですか?」


 確かにカ・ナンでは重婚は認められていたが、上司が部下の、それも主君が家臣の第二夫人となる前例など無かった。それだけに、身分を考えれば、ヒトミとは離婚せずとも、序列を組み直すのが当然ではないのかというのだ。


 そんなバ・ラオムからの問いに、エリは笑顔で返事した。


「ええ。私はタツノ・ソウタの二番目の妻です。それも私自身の望みで妻となる事を、二人に承諾してもらったのです。主君である事を振りかざし、ヒトミから第一夫人である事を奪うなど許される事ではありません!」


 その言葉に、ヒトミは嬉しさで泣き崩れてしまう。


「当たり前でしょヒトミ。あなたはソウタが自分で最初に選んだ妻なのよ!」


 こうして、円満にエリからソウタへのプロポーズは完了した。


 エリがリュウジにカ・ナンに戻ると宣言した理由の一つは、日本では重婚が認められていないため、このままではエリはソウタと結婚ができないというものだったのだ。


「私とソウタの結婚式と新婚旅行は、ゴ・ズマとの戦が終わってからとします。その代わり、その時は盛大にさせてもらうから!」


 和やかな雰囲気のまま、御前会議は終了した。


 リュウジは、エリの私室に向かう。


「エリちゃん、君の部屋に隠し部屋はあるのかな?」


 示されたのは、以前、ヒトミが隠れていた場所だった。


「わかった。条件は整っているから、こことソウタの家を繋ぐ。もし、本当に危なくなったり、日本に戻りたくなった時は、ここを使いなさい」


『はい!ありがとうございます!』


 その後、エリの命令で大急ぎでエリとソウタの婚約の儀が執り行われることになった。


「確かに二百年前に遠征中の陣中で、急遽執り行われた記録はありますが、これほど急いては……」


「正式な儀式は数日後にするからいいの!とにかく白銀の錬金術師殿の前でやらなきゃ!」


 こうして簡易も簡易ながら、婚約の儀を終えると、リュウジの協力に感謝の意を示す為と、エリとソウタの婚約を祝して、その夜は急遽ではあったが、盛大な晩餐会が開かれた。


 リュウジの周囲にはかつて教えを受けた者や、彼に救われた者たちが集まり再会を喜び、高名を聞いて技師たちも話を聞こうと集まっていた。


 そして何より、懸案になっていたエリの婚約がようやく決まった事を、集まった誰もが歓喜していた。


『女王陛下万歳!!』


『カ・ナン万歳!!』


 その声は夜遅くになるまで止むことは無かった。

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