証を求めて
第52話
ソウタは意識を取り戻すと見知らぬ天上を見上げていた。天井に蛍光灯がついているので日本の病院のベッドに寝かされているのを察した。
「検査では異常は見つかりませんでした。断定はできませんが過労が原因のようですね。点滴を打っておきますので、当分安静になさってください」
医者から診断結果を告げられた。
「どうなって……るんだ……?」
医者が席を立った後で、傍らにいたヒトミに尋ねる。
「転移門を通ったからだよ。転移門は適応した人以外は、人だけじゃなくて生き物はみんな、動物も植物も通れないんだよ。だからバイキンやウイルスも通れずに、ソウタくんの体の中から追い出されちゃったんだよ……」
「そうか……。体内からでも……強制退去か……」
「エリちゃんもあっちに行って重い病気になった時、こうやって体から病気を追い出したって言ってた」
「ヒトミは……どうだったんだ?」
「私は小学校に入る前から時々こっちに来てて、掛かってもすぐ治ってたから……」
「一度罹ってしまえば大体免疫ができてるから、もう重症化しなくなるってわけか……。渡れる者の特権だな」
とはいえ、病魔で受けたダメージがすぐに快復できるわけではない。体力と免疫力が極端に落ちているので、他の病気に掛かってしまうかもしれない。当分は大人しく休息を取って自然回復させるしかないのだ。
「とにかく休めってことだな……」
ソウタの意識はそのまま泥のように沈んでいった。
ソウタの入院そのものは一日で済んだ。高熱は病原体が体内から消滅したので、とりあえず納まった。
ついでにと、さらに精密検査も受けたが異常は見られず、過労による体調不良と診断され、完治するまで定期的に病院に診せに来るよう指導を受けた。
「過労、か。まあ、間違っちゃいないからな」
「ソウタくん、お家に帰ってゆっくり休もう……」
「そうだな……。仕事は二、三日抜けても大丈夫だろうから……」
「きちんと治るまでダメ!絶対……ダメだよ……」
「o.k.わかったわかった……」
ヒトミが運転する車に乗せられ自宅に戻る。戻るとヒトミはソウタを二階のソウタの自室でなく、一階のリビングに布団を敷いて寝かせた。二階の自室でいいというソウタをヒトミが叱る。
「そんな体じゃ、階段の上り下りできないでしょ!?だから食事もお風呂もすぐにできる一階でないとダメ!」
日本に戻ってきてやらねばならないことはまだまだ山ほどあるのだが、ヒトミはスマホもパソコンも遠ざけてしまった。
「寝っ転がってても、できることはあるんだけどな……」
「いい加減にして!きちんと治すのが先だよ!」
「o.k.わかった……」
ヒトミに何度も厳しく叱られたので観念して寝ることにした。数日休めばどうにかなるだろうと考えて。
「じゃあ、おやすみ……」
「本当に、もう無理しなくていいんだよ」
「お前たちが意地張ってやってる無理に比べりゃ楽なもんさ……」
「だからって、こんなになるまで無理することなんてないのに!」
「そういうお前だって、酷いケガして死にかけただろうが……」
「私は関係あるからだよ。でもソウタくんは関係ないじゃない!何にも、何にも!!」
「お前と……エリが居る……十分関係あるじゃないか……」
そこまで言った所でソウタの意識が飛んだ。
この日はソウタが倒れたと聞きつけたリュウジが、自宅に見舞いに来てくれた。
飲料に消化によい食品、そして果物などを差し入れ、完治するまで資金の工面もしてやると言ってくれた。
「俺はお前の後見人だったんだ。だから困った事があったら遠慮なく言ってくれ」
『はい……』
「ヒトミちゃんも、ソウタの看病をしてくれてありがとう。でも困った事があったら、俺のところに連絡してくれ」
「は、はい……」
リュウジはヒトミに、無理にソウタの口座から引き降ろさなくて良い様に、封筒に現金を入れて渡した。
「いいかソウタ、とにかく今は大人しく安静にしているんだぞ」
そう言い残して、リュウジは帰った。
「まだ……、治らない、か……」
ソウタが自宅療養に入ってから、すでに二週間が経過していた。
三日も寝ていれば快復するだろうというソウタの思惑に反して、体調はなかなか快復しなかった。
いくら寝ていても疲労はほとんど抜けず、歩き回るどころか体を起き上がらせるにも一苦労で、自力で外出など、とてもできなかった。病院では定期の検査の後に点滴を打つ事態になっていた。
医者からはきちんと休めと忠告されるが、ずっと床に臥して寝ていたソウタには全く身に覚えは無い。
「ソウタくん、何て言われたの?」
「精密検査もしてもらったけど、異常はないんだってさ。俺がきちんと休まずに、遊んでばかりいるから快復しないんだって説教されたよ……」
「そ……、そうだよね……。ソウタくんはずっときちんと寝ているのに、遊んでいるって言われるなんて、そ……、それって変だよね……。おかしいよね……」
ソウタが遊んでばかりいるから快復しないのだと医者から指摘されたと聞いて、ヒトミはうろたえていたが、体調が戻っていないソウタはその反応に気が付いていない。
「そうだよな……。本当に大人しく寝ているんだけどなぁ……」
帰宅したソウタは自力で何とかリビングに戻ると、そのまま敷かれている布団に転がり込む。
「とにかくきちんと治さないといけないからな……」
食事は机に向かえないので布団の上で。
トイレはプライドもあって尿瓶を使いたくないので、這うように向かうところを、見つけたヒトミに肩を貸される。
入浴は自分でシャワーを浴びるが、寝込んで発汗が酷いときは、ヒトミに使い捨ての濡れタオルで股間以外の全身を拭いてもらっていた。
「本当に……、ザマァないな……。ヒトミが看てくれなきゃ……孤独死確定だ」
「馬鹿なこと言わないで!死ぬなんて絶対に言っちゃダメ!」
「そうだよな……。まだ死にたくないもんな……」
実のところ一週間目は回復の兆しも見えなかったのだが、二週間目でようやく、わずかだが調子が戻り始めていたのだ。
だが調子が戻ったと思ったら、翌日に起きると、やけに消耗していてぐったりとしてしまいるのだ。
そんな次第で、ここ最近は回復と悪化を繰り返すようになっていたのだ。
「今まで無茶しすぎた報いなのはわかるけど、今週に入ってからは何か違和感があるんだよな……。どこかで吸い取られているというか、搾り取られているような……」
ヒトミは顔を赤らめ、返事せず黙って目を逸らしてしまうが、ソウタはその反応に気が付いていない。
「なあヒトミ。最近よく夢を見るんだ」
「……、ど、どんな夢なの?」
「最初は酷い悪夢なんだ。酷い光景見せられ続けるんだ。でもそれが続くと、一度圧し掛かられたと思ったら、今度は逆に心地いい温もりに包まれて気持ちよくなってまた眠りに落ちる……。色々パターンはあるけど大筋は一緒でさ」
「さ、最後に気持ちよくなるんだったら、い、いいんじゃないのかな……」
その話を聞いたヒトミがさらに動揺していたが、意識が朦朧としているソウタはその事にやはり気が付いていない。
「とにかく体調を早く戻さなきゃいけない。カ・ナンの皆が待ってるんだ……」
「……」
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