第33話

 その後、ソウタは小休止に入った兵たちに直接、何があったらよいか、改善すべきところは無いかを聞き取り、練兵場を後にした。だがニライに真っ直ぐ戻らず、途中ズマサに立ち寄る。


「随分とにぎやかになったな」


 ズマサでのレースの開催は週に数日に限られ、映画の上映も同様。だが、斬新なものが見れると評判になっていて、国内はもちろん国外からも人々が訪れるようになっていた。


 向かうのはできたばかりの庁舎。ここでズマサの町長に会って話を聞く。


「この町が大まかに仕上がって二ヶ月ですが、連日大勢が出入りするようになっております」


 再建できたばかりであり、定住する住民以上に客が多いこの町の町長は多忙を極めていたが、宰相のソウタに貴重な時間を割いてくれたのだ。


「この町はかつて疫病で滅んだ土地だ。きちんと住民や“労働者”たちの検診は行っているのかな?」


「ご安心ください。検診は徹底しております」


 聞けば、ズマサに来た元締めは驚くほど理解が良く“従業員”が国外から到着すると、すぐに全員に検診を受けさせたという。


 そしてリンが同席しているので言葉を選びながらだが、商売の際にも事前に洗浄と道具の着用を徹底していると説明してくれた。


 その方針に従えない客には高額な請求を行って、それが飲めないなら叩き出しているという。


(こういう事に理解ある業者が見つかって本当に良かった……)


 実は一ヶ月前、ソウタはメリーベルの紹介でセキトにて、ある女主人に会っていた。


 ソウタの身元が公になっては事なので、この時はメガネ型のサングラスの着用はもちろん、カラースプレーで髪の色を、そして得意の演技で声色まで変えてからの接触だった。


「紹介するよ旦那。アタシの友達さ」


「キドー・サナだよ。良しなに」


 黒く長い髪に黒い瞳の妖艶な美女。肌に白い化粧をしているが、顔立ちから東洋人に似ている。


 サナは需要に応じて港から港に拠点を変える、表向きは酒場、そして同時に売春宿を経営する女主人だった。


 メリーベルとは彼女が海賊稼業に入って以来の友人で、彼女は酒場の上得意であり部下たちもよく“宿”を利用していたという。


「赤いスペード団は上客だから、話を聞いてカ・ナン行きを考えていたところなんだよ」


 メリーベルがわざわざ自分に引き合わせた相手である。会わせたい理由があるに違いないと考えていたところ、彼女が身に着けていたある物に気が付いた。


 それはブレスレット、いや腕時計。それも金属製のデジタル式腕時計だった。


 電池が切れているので画面に時刻は表示されていないが、デジタル時計に間違いは無い。


「そのブレスレット、一体どこで?」


「親の形見だよ」


「?!」


 メリーベルはソウタに出会い、そして日本を訪問して思うところがあったので、サナを引き合わせたのだろう。


「貴方の親の話を知っている限り聞かせてくれないか?」


「どこまで本当か知らないけどね……」


 サナを育てたのはカナコという女とマサトという男。だが二人はサナの両親ではなく、実母の名はキミエだという。


「何でも仲間たちと遊びで船出したら、嵐に出くわしてこっちに流れ着いちまったんだと。他に十人ぐらい居たらしいけど、親たち以外はあっけなく全滅したんだとさ」


 どうやら漂着した先で早々と怪物たちと風土病に襲われて、殆どの者は早々と命を落としてしまい、かろうじて生き延びたのは、この三人だけだった。


 町に逃げ延びた三人だったが、マサトが計算に長けていたことから商家に目を掛けられて雇われ、カナコとキミエを食べさせていたという。


 こうして異世界でも生きていく目処が立ったと思われたのだが、今度は町ごと領主たちの戦に巻き込まれてしまった。町は戦火に包まれ、略奪と暴行の嵐が吹き荒れたのだ。


 カナコは用事で町の外に出ていたので何とか無事に逃げおおせたが、マサトは勤めていた店と片足を失い、キミエは逃げ切れずに兵たちに捕らえられて暴行を受けて正気を失い、あげく子供を身籠もらされてしまったというのだ。


 命からがら他の町に落ち延びた三人。だが今度は前のようにはいかなかった。


 片足を失ったマサトは職を見つけることができなかったのだ。そのため今度はカナコが路上で身体を売ることで、かろうじて生活する足がかりを得たという。


 その後、カナコは店に雇われ、合わせてマサトを番頭として雇わせることができた。


 こうして次の町でも生活する目処を立てることができたのだが、約一年後にキミエは娘を出産して命を落としてしまった。


 残されたカナコとマサトはキミエが産んだ娘を捨てず、サナと名付けて育てたという。


「マサトはあの商売やってたにしちゃあ随分優しい男で、失敗やらかしても一度も殴られた事はなかったね。カナコ師匠はその分厳しかったけど、まあ実の娘でもないのに食わせてくれたからね……」


 サナは幼い頃からマサトから主に算数の知識を教えられ、カナコからはこの世界で生き抜くための強かさと、色々な技術を仕込まれた。そしてサナの“体が整う”と、カナコの指示で客を取らされたという。


「自分で稼げるようになったら、食わせた分は稼いで払えって前々から言われていたからね。覚悟はできてたよ」


 こうしてカナコに言われるままサナは遊女になった。


 とはいえ最初の客は地元の富豪で、金払いは実に良かったという。以降もカナコはサナに相手させる客を吟味して、怪しげな客を相手させることは無かった。


 そして遊女になると同時にカナエはサナに性に関する知識を叩き込んだという。それはオギノ式などの、地球で開発された方法に間違いなかった。


「マサトだけじゃなくカナコ師匠も師匠なりに私に英才教育ってやつを仕込んでくれたんだよ。お陰で私は他の大勢みたいに惨めに使い捨てられずに済んだんだから」


 こうしてサナはカナコとマサトの店の新しい稼ぎ頭となったが、そのまま順調には行かなかった。


「五年ぐらいした真冬にマサトが流行り病で死んじまったんだよ。随分手は尽くしたんだけどね」


 マサトが倒れると、カナコはそれまでの貯蓄を使い切るほど手を尽くしたというが、その甲斐なく落命してしまったのだ。


「私も大泣きしたけど、カナコ師匠はぶっ壊れちまったんだ。限界超えちまったんだろうね」


 カナコとマサトは肉体関係はあったようだが、日頃はそれらしい気配は無く、正式に結婚することも無かった。さらに仕事上でも対等もしくはカナコが主導していた事もあって、サナの目には互いに対等なパートナーの関係に見えていた。


 だがカナコにとってマサトは苦しみながらも共に生き抜いて残った最後の同胞で、口にも態度にも表さなかったが、唯一縋った希望だったのだろう。


 そのマサトが死んだ事で、とうとうカナコの心は砕けてしまったのだ。


「葬式終わっても仕事放り出して大泣きするか酒飲んでるかでね、そしたら一月も経たないうちに師匠も衰弱して死んじまったのさ。だからマサトと同じ棺桶に入れてやったよ。で、それから少しゴタゴタしたけど、私が跡を継いだってわけだよ」


 こうしてサナは二人の後を継いで女主人となった。


 サナの店はカナコの方針を継いで、雇ったり買い取った女性たちの体調や周期を管理して、できるだけ病気や妊娠を避けて長く稼げるように運営しているというので、遊女たちからの評判は良かったという。


 そしてメリーベルと知り合ったのもこの頃だった。生き抜くのもやっとな厳しい世界を女が身一つで渡っていくという似た境遇に置かれていた二人は、出会ってすぐに意気投合したのだ。


「そんな訳だよ旦那。アタシが保障してやるからさ、サナの店、使ってくんねえかい?」


 ソウタは無言で頷いた。


 そういった経緯でカ・ナンに入国し、ズマサに拠点を構えたサナは、他に大した競合相手も無かったので、早々と有力者に、特に色事に関しては事実上の元締めとなった。


 そして彼女はカ・ナンの医師たちの教えを正確に理解して“従業員”たちに、より稼げるよう指導しているという。


 この事を知っているのはソウタ以外はメリーベルだけだが、ともあれ懸念していた事態は完全では無いにせよ、おおよそ避けられそうな様子だった。


「閣下、このズマサは、今までのカ・ナンとは全く違う町になりましたね」


 庁舎を出て、繁華街を馬車で足早に通過しながらリンは感想を述べる。


 この通りは派手な色と装飾が施された店が並び、出歩く人の姿も負けず劣らず派手な者ばかり。それを見たリンの声には戸惑いの色が滲んでいた。


「確かにそうだね。でも人を、特に若い男が極端に多く集まると、どうしても必要になってくるんだ……」


 清浄なカ・ナンにはあまりに異質な町の、さらに極端な場所なので、地元の者、特に女性が戸惑うのは事だろう。


 だが清いだけでは生きられない者も多く存在するのが人間なのだ。そしてその世界で生きざるを得ない人はどんな土地にも、いつの時代にも存在してる。


(あれでよかったんだろうか……)


 ソウタはサナの両親たちがどこから流れてきたのか、日本に帰った際に調査して特定していた。


 該当と思しき若者たちの集団行方不明事件が発生していたのは約30年前の事。行方不明者の中に、サナが挙げた三人の名前があったのだ。


 すでに身内も散り散りになっていて、探し当てる事はできなかったので、やむなく彼らの母校の傍にあった楠の大木の根元に、サナの親たち三人の毛髪を埋めたのだった。


 ソウタはサナに頻繁に会うメリーベルに、そこで撮影した写真を託していた。


「そうかい……。ここからお袋たちが来たんだね……」


 やはり二人とも故郷に帰るのを夢見ながら、故郷がどんな場所だったのかを時折サナにも語って聞かせていたという。


「別に向こうの世界に興味は無いけどさ、弔ってくれて感謝するよ」


 サナ本人は、日本に対して興味は無いが、望郷の念を抱いたまま客死してしまった親たちが、遺品だけでも故郷に送り届けられた事を感謝していたという。


「そんな訳でサナからは、旦那が店に来たら儲けと弔いのお礼に、何でもタダでサービスしてやるって言付けされたよ。お望みなら店を丸一晩貸し切って、酒は飲み放題、女は上物だろうと抱き放題で、何ならサナも好きにしていいんだとさ」


「……」


 男にとって全く持って垂涎の申出だが、場所が国外ならまだしも、カ・ナン国内でそれを受けるわけにはいかなかった。もし話が広まれば自分はともかく国の名誉に傷が付きかねないからだ。


 丁度、サナの店の前を通過する。酒場の方も宿の方も日中なので閉まっているが、酒場はともかく宿の方は朱色の派手な格子を据えた、この町で最も大きく立派な店構えになっていた。


「この分だと、こっちに来てしまった人はもっといるんだろうな……」


「閣下?」


「あ、ああ。独り言だよ」


 日が傾いてきたからか、逆に店の中からや、道行く人の往来が激しくなってきたようだ。この町の稼ぎ時は日が沈んでからなので自然ではあるが。


 馬車が町から出ようとした時、屈強そうな男一人と数人の女性の一行と擦れ違った。女性の一人はサナだった。馬車は外から中が見えないようになっていたが、サナは馬車の中に誰が乗っているのか知っていたのか、恭しく一礼した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る