いきなり就任! プライム・ミニスター
第7話
眼下に灰色の巨大な城壁に囲まれている街が見えていた。
ヒトミに連れられて異世界への通路をくぐったソウタは、出口で馬に出くわす。
それは銀色の毛並みに緑の鬣を持つ、今まで見たことが無い品種の馬だった。
「イリオス!待っててくれてありがとう!」
イリオスと呼ばれた馬は、肩の高さが丁度ヒトミの身長158センチと同じくらいの大型種。馬術が得意なヒトミが好んでいたタイプであることは、ソウタにはすぐにわかった。
「一緒に乗っていきたいけど……。ソウタくん私より背が高いから……」
ソウタの身長は日本人の平均とほぼ同じ171センチ。二人で乗馬する場合、騎手が後ろに乗るのが普通なのだが、そうなるとヒトミはソウタの後ろでは前が見えなくなってしまうのだ。
「荷物だけ持ってくれたらいいよ。これなら俺は自転車でいい」
ソウタは持ち込んでいた26インチの折り畳み式自転車を展開した。
「じゃあ先導してくれ」
「うん!」
馬のペースに合わせた速度で道を行く。道は舗装されているわけではないが、日常的に人馬の往来に使われているようなので、マウンテンバイクで走るには全く問題はなかった。
森を抜けると緑豊かな平原が広がっていた。
「ソウタくん見える?!あそこに行くんだよ」
ヒトミが指差す先に、灰色の巨大な城壁に囲まれた都市が見えた。
ソウタは双眼鏡を取り出して都市を見る。
城壁はまるでダムの壁面のように継ぎ目がなく整えられており、石積みでもレンガ積みでもなく、コンクリートらしき素材で作られているように見受けられた。目測で二キロ四方というところだろうか。高さも約10メートルというところだろう。
「こりゃすごいな……」
「うん、私も初めて見たときはびっくりしたよ」
城門に到着すると、門番の兵が立っている。門番はヒトミの姿を見るや恭しく礼を行い、中に通された。
「せいれーつ!れいっ!!」
ヒトミはよほどの身分なのだろう。通過中に隊長と思しき人物が部下たちを整列させ、槍を立てて丁重に見送ってくれた。
「しかし、みんなこっちを見てるな」
「それはそうだよ。だって自転車なんて誰も見た事ないから、みんなビックリしてるんだよ」
言われてみればそうだった。女騎士に連れられた見慣れぬ服装の男が見た事もない車輪の機械に乗っているのだ。歩哨たちだけでなく、道すがらの人々は、皆ソウタの方を物珍しそうに見ていた。
「なあ、言葉が聞き取れるんだけど、この国は日本語が通じるのか?」
「ちょっと違うの。あの転移門は潜った時に言葉が勝手に翻訳される魔法が掛けられるんだってお父さんから聞いたの」
「そいつは便利だな」
街中に掲げられた看板の文字は、楔形文字に近い記号的なデザインだ。だから日本語とは文法も違うのであろうから、言葉が翻訳されて聞こえるという説明には納得できた。
そのまま路地を突っ切り、宮殿らしき建物にむかう。建物の周囲は幅5mほどの水堀が張り巡らされており、堀の先には高さ3mほどの壁がそびえていた。
入り口は四方にあるようだが、通常は正門のみ使われているようだ。その正門の前には木製の橋が掛けられていて、その左右に飾りつけられた槍を持つ衛兵が立っていた。ここでもヒトミの姿を見るなり、誰何もされずに衛兵たちから礼儀正しく道を通される。
宮殿の敷地に入ると、石畳の広場でヒトミが馬から下りたので、ソウタも自転車から降りる。
敷地の広さは地元の中学校の倍ぐらいだろうか。宮殿らしい建物はほぼ一階だけだが、中央部のみ二階建てで、建物が敷地の半分ほどを占めていた。
白い漆喰のような壁面に神社のような緑青の屋根。装飾は簡易で、王宮というよりは博物館に近い印象を持つ。
ほどなく、修道女のように整った身なりの中年の女性が出迎え、さらに奥に通された。
「宮殿というよりは、古い学校みたいだな」
「そ、そうだね」
モルタルを打ったような廊下を奥に向かって進む。簡素だが掃除は行き届いているようで、汚れや埃は殆ど無い。途中に立っている衛兵も白地の服だが汚れは無い。
「もうすぐ拝謁の間だよ」
戸が開くと廊下がフェルト敷になり、窓ガラスが目に入る。頭より上のほうはステンドグラスになっていて色とりどりの光が差し込んでくる。
さらに進んで重厚な年季の入った重そうな扉が開かれると、その奥が玉座のようだった。玉座の前にあった白い薄手のカーテンが開けられる。
玉座に座っていたのは見知った面影が残っている顔だった。
「エリちゃ、じゃなかった、じょ、女王陛下、ソウタくんをつれてきたよ!」
「お、本当にエリか!」
「久しぶりねソウタ!それと私を呼ぶときはちゃんと、様をつけなさい!」
「はいはい、陛下陛下」
ソウタがエリと最後委にあったのは小学校の卒業式。それからほかの地域に引っ越しになったといって顔を見ることはなかったのだが、そのエリがこの国の女王として君臨していたのだ。
燃え上がるような赤みの強いオレンジ色の髪と、大きく強い眼差しの目は相変わらず。だが、身長は頭一つ大きくなり、スタイルも小学生の時とは見違えるほど女性らしく発育していた。
その上、服装もヒトミのように浮いておらず、気品もあり、姫君、いや正しく女王としての貫禄も醸し出してはいたが、その目つきはソウタが知るあの気まぐれわがまま暴走特急のオオトリ・エリそのものだった。
「あら、あんまり驚かないんだ。いきなり違う世界に来たっていうのに」
ソウタは憮然とした顔を浮かべる。
「驚いちゃあいるが、事前にお前の名前聞かされてたからな。てっきり怪物どもが徘徊する前人未到の秘境にでも連行されるのを覚悟していたから、それよりはマシに思えたところだ」
「それはそれは心強いわね」
クスクスと笑い出しながらエリは告げた。
「実はね、この国は今、存亡の危機に瀕しているの!」
「存亡の危機」
「遠いところからでっかい国が、世界征服目指して攻めてきてるのよ」
「世界征服」
「この間は、みんなで頑張って追い返したんだけど……、これがどうも様子見だけで本隊じゃなかったってわけ」
「次に本隊が来るのか」
「そう。だからどうにかしなきゃいけないの。そんなわけでせっかく来たんだからソウタ、何とかなさい!」
「おい……」
「今ね、宰相が不在になってるから代理ってことでソウタに国政は任せるから。どうにかしたいところ見つけたら、私に報告して。私が許可したら、好きにやっていいから」
いきなりの全権委任である。
「なあ、いきなり俺が宰相に就任して好きにやっていいって、他の大臣たちとか、年長者とか有力者と調整しなくていいのか?!」
「ソウタくん、今はこの国に人がいないんだよ……」
「人が、いない?」
二人に意味を尋ねるソウタ。
「そうなのよ。二年ぐらい前の流行り病で、政治やってくれてた家臣たちは、外務大臣以外は軒並み亡くなっちゃったし、軍人も、この間の戦いでほとんど戦死しちゃったから、この国はガタガタになってるのよ。猫の助けも借りないとやってられないくらいに」
「それで心当たりがあるからって、俺を呼んだわけか」
「まぁ、アンタを呼ぼうって言い出したのは、ヒトミなんだけどね」
横を見るとヒトミが申し訳なさそうに小さくなっていた。
「そ、そうなの……。他に頼れる人が誰も思いつかなくて……」
「なるほど。本当に人が足りないって事か」
ソウタは腕を組んで目を閉じる。
「そうそう。ヒトミにはね、アンタを呼びに行くなら、普段着だったら冗談と思われるだろうから、戦の時に使った鎧着て行きなさいって指示したのは私よ」
改めて昨夜の事を思い出す。鎧の穴とヒトミの傷跡は一致していたので、ヒトミがあの鎧を着て本当に戦に臨んだのは間違いないのだ。
「……。まず状況を確認させてくれ」
拒絶はしない。宰相代理の就任は承諾した。だから状況を知りたいというわけだ。
「そりゃそうよね。というわけでこの国、カ・ナンを一通り見てきなさい!」
かくして国内視察がその場で決定された。
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