74. 恋愛談義その1


「…人に頼られるって、難しいことなのね…」


大好きな人が一人で悩んで相談してくれないのは…結構胸にくるものがある。

ママもパパも…もしかしたら今のあたしと同じだったのかもしれない。それならもっと早く話しておけばよかったなぁとは思う。

知宵ママパパも言ってたし。子供には話してほしい、頼ってほしい、って。


「…そうね。まず私たちがその例になってしまっているもの」

「…うん」


しっとりと、雨模様と同じく静かで落ち着いた雰囲気。


「あたしもあんたも…ほんと子供だったわね」


あたしはほんの少し前まで、知宵だって……ん、あれ。この子今でも子供なんじゃ…。


「…なに?不愉快なことを考えていない?それと、私は子供ではないわよ。子供だったのはあなただけ」

「…それはいいけど、色々変わったなーって」


あの頃(約1年前)が懐かしい。

両親のこと、お仕事のこと、将来のこと、悩みに悩んで自分自身に振り回されていた。運良く素敵な出会いがあって、なんとか解決できた。

変わったことは…好きな人ができて、友達と仲良くなって、周りを見られるようになって…なによりお仕事を純粋に楽しめるようになったこと。

今になって思えば、あたし、ほんと些細なことで悩んでたのね。少し人に話せばいいだけだったのに、勝手に考え込んで悩んで…こうやって振り返って笑い流せることが成長の証よ。自分で言うのもなんだけど、あたしって成長したわー。


「…あなたは、そう…ええ、確かに変わったわ」


ソファーに座る知宵が微笑む。綺麗な微笑。

…いつもこれくらい優しく笑ってたら恋人なんてすぐできそうなのに…もったいない。


「そう?」

「ええ。私に対してもだけれど…ふふ、壁がなくなったじゃない」

「…ふ、ふーん。そうなの」


…変に恥ずかしい。ちょっと照れる。


「…そう考えると、郁弥さんには感謝しないといけないのね。日結花を大人にしてくれたのだもの。きちんとお礼を言わないといけないわ」

「っ…あたしのママじゃないんだからそんなのいいわよ。あと、大人にするって言い方やめて」


色々とあたしの精神衛生上よろしくないから。


「ふむ…日結花」

「…なに?」


神妙な顔をしてあたしの名前を呼ぶ。

すごく嫌な予感がする。


「あなたの彼氏…いえ、郁弥さんのことだけれど」

「うん」


素敵な間違いね!…いえ、まだ油断できないわ。絶対変なこと言うもん、知宵だし。


「最近スキンシップは取った?」

「…それ、嫌味?」

「いえ?純粋な疑問よ?」


…スキンシップって、肌と肌を触れあわせてきゃーきゃー言うやつでしょ?あたしもきゃーきゃー言いたいわ。


「…何度も言ってるけど、そんなのできたら苦労してないって」


手を繋ぐのって…結構難しいのよ?


「それは知っているわ。あなたから何かアクションを起こすことはできていないのでしょう?そうじゃなくて、郁弥さんから何かなかったのかということよ」

「郁弥さんから?」

「ええ」


…あたしの恋人こいしてるひとからのスキンシップ?


「え、あれ?」


…つい一カ月前に撫でてもらって………。


「…うそ」


イエスガールフレンド!ノータッチ!!


「全然タッチしてもらってないじゃない!!」


イエスガールフレンド!プラスタッチ!にしてよ!!むしろイエスタッチアンドタッチでいいから!


「どうして英語にしたのかわからないけれど…そう、やはりそうだったのね」

「むぅ…」


納得して頷かれても困る。

全然納得できない。なんでスキンシップ取ってくれないのよ。もっとこう…抱きしめてくれてちゅーしてくれたり、お姫様抱っことか…えへへ。


「…一人でにやけてるところ悪いわね。一つわかったことがあるわよ」

「べ、べつににやけてないしっ」

「はいはい。それより郁弥さんのこと」

「…なに?」


あたしの恋人がなにって?


「あの人、あなたのことが好きみたいよ」

「え?なにそれ?当たり前でしょ」


真面目な顔してなに言ってるのよ。そんなのわかりきったことじゃない。今さらすぎ。


「…今の、イラッときたわね」

「だってほんとのことだし…」

「…はぁ、ええ。そうね…それで、あなたのことが好きな郁弥さんの話よ。あの人は日結花のことを意識して恋愛対象から外しているわ。これも知っていた?」

「……ん?」


…あたしを恋愛対象から外す?


「…ええと、なんか前にそんな話しなかった?」

「…した、かもしれないわね。あまり覚えていないけれど」

「なんか、そのとき意識させるようどうこうするとか話した記憶があるのよ」


なんだったかな。あたしが頑張る必要があったような気はする。


「…少し待っていなさい」

「え?うん」


座っているソファーから起き上がって、向かうのはテレビの横。

カウンターキッチンのこちら側の壁のテレビの横あたり。…わかりにくいわね。要はテレビの横よテレビの横。


「ふぅ」


ごそごそクローゼットを漁る知宵を尻目に、再度雨空を眺める。

正直なところ、郁弥さんとのボディタッチがこんなにも少ない…ううん、全然ないとは思っていなかった。デートしたりあーんしたり褒めあったりしてたから…普通にソフトタッチくらいしてる気になってた。

妄想だったわね。勘違い。


「…郁弥さんっ」


会いたいなぁ…手繋いだり腕組んだり…あぁ、写真撮ったとき腕組んだんだった。ほんとに短い時間だったけど。でも…腕組んだとか手繋いだとか、そういうのより…会って話したいなぁ。一緒に歩いて、話して、笑ってほしい…。


「日結花、何を一人で黄昏たそがれているの?ほら見なさい。持ってきたわ」

「…ん、持ってきたって……本?」


恋い焦がれて寂しくなっていたあたしを無視してやってきた独り身知宵。机の上に置いたのは一冊の本。ひっくり返せば目に入るのは『恋愛』の二文字。


「…で?これがなに?知宵の愛読書?」

「ち、違うわよ…以前、あなたに話したでしょう。さっきの話で思い出したわ。恋愛相手として意識するとかしないとか、そういった話」


変なところで動揺するのね。

ええと…恋愛相手としての意識?


「わかったようね。状況は当時と同じ。変わったのは彼がきちんとあなたを意識していること」


軽く頷いたら話が進んだ。


「…つまり、今の郁弥さんはちゃんとあたしのことを超絶可愛く愛おしい女の子として見てくれていて、その上で自分をセーブしてるってことね」

「…もしくは、あなたに手を出すと面倒ごとに巻き込まれると考えているか」


あたしのセリフに嫌な言葉を付け足す。失敬な。


「面倒ごとなんてないわよ」


面倒どころかラッキーなことばかり起きるわ。あたしのラッキーパワーを舐めないでもらいたいわね。


「そう…。日結花、もしも彼とお付き合いすることになったとして、ラジオではそのことを話す?」

「え?ふふ、そりゃ話すわよ。自慢するわ。あたしの恋人がこんなにも素敵なんだーって…」

「次に、私たちは多くのイベントを行っているわね。会場に連れてくるつもりはある?」

「えへへ、連れていくに決まってるでしょ?あたしのこと見ていてくれるだけでやる気もなにも段違いに…」

「最後に、私たちって仕事柄休みの調整が難しいでしょう?だからこそ、あなたも彼に会う時間が少ないのだし」

「……うん」


まとめると…郁弥さんのプライベートが大公開!暇なときはあたしのお仕事に付き合って!会える時間頑張って作るわよ!…ってなるのか…なるほど。


「……」

「わかった?」

「…まあ、うん」


身にしみて。…なにが怖いって、あの人が普通に全部頷いてくれそうなところが怖い。

今でさえたいていのお願いに応えてくれるのよ。それが恋人になんかなったらもう…なんでも許してくれちゃいそうね。悪くないかも。


「少し考えたんだけど、郁弥さんって常識わきまえてる人だし大丈夫なんじゃないかと思うの」

「…あの人ならあり得そうで怖いわ」


一つため息をついて目をそらした。知宵もマイスイートラブリーを思い浮かべたらしい。


「今はだめなことでも、恋人になったらおーけーしてくれそうでしょ?特にイベントは大事よ。"あおさき"のやつ絶対来てもらうんだから」


イベント色々よ色々。あの人ほんとに来てくれないんだから。まったくもう。困った人。"あおさき"については…そのうち呼ぶからあれだけど…知宵には言わないでおこうかな。その方が楽しくなりそうだし。


「…私たちのイベントはともかく、思っていたより大丈夫そうだというのは理解したわ。ただ、さっき伝えた三つ目のことはどうなの?」

「三つ目って…時間のこと?」

「ええ」


会う時間のことは…難しい。これに関しては本当に難しい。

郁弥さんは基本的に土日休み…いや、平日もあるときはあったわね。週末にお休み調整してるって聞いた。あたしは当然不定期。それなりに融通は効くけど、そう何度も峰内さんに変えてもらうのはちょっとだめだと思う。峰内さんはいいって言ってくれるけれど…あたしだってそれくらい配慮できるわ。会えている時間は…。


「…今は月に一回くらいだけど……」


月に二、三回くらいにはしたい…かも。


「頑張って増やすわ」

「…無理そうね」

「…郁弥さんにも頑張ってもらうもん」

「そ。あなたがどうしようと勝手だけれど、会って話せる時間は確保しなさい。そうしないと破局するわよ」


ぼけっとした顔でひどいことを言ってくれる。


「うん…」


知宵には軽く頷くだけで返して、視線は窓の外へ。雨がやむ気配はなく、入り込んでくる空気が冷たいのも変わらない。

この雨くらいに郁弥さんとイチャラブデートを…ううん。普通のデートでいいから、数え切れないくらいたくさんデートしたい。


「…あぁそうだ、知宵。この本のこと」

「…そういえばまだ話していなかったわね。いいわ。こっちに持って来なさい」

「…あたしがそっち行くの?」


外から本、本からソファーへと視線を動かせば、あたしを呼び寄せた知宵が再びソファーで横になっていた。


「…面倒なのだもの。動きたくないわ」

「…別にいいけどさ。こんなだらけた知宵が恋愛本読んでるなんてみんな絶対思わないわよ」


恋愛本どころか、"人生を楽に生きる100の方法"みたいな本読んでそう。


「…もういいのよ。いつか私にも素敵な巡り合わせがあると考えることにしたから」

「ふーん…そう。はいこれ」


遠い目をする知宵を軽く流して指南本を手渡した。


「さ、て…座っても…もう座ってるわね」

「ん?そりゃ…知宵の家だし?」


場所はテレビの正面、のソファーの右側。知宵がキッチン側に寝転んでいるから、あたしはその近くにしておいた。


「別にいいけれど…それで?どんな話だったかしら?」

「郁弥さんの菩薩脳ぼさつのう煩悩ぼんのうまみれにする方法」

「ふむ…会える時間が足りない話はよかったの?」

「あ、それもそれも」


どっちも大事よ。話す時間が多ければ多いほどあたしへの意識も大きくなるんだから。


「そう…なら、まずはこれを読むところから始めましょう。私が以前伝えたことを覚えている?」

「前のって、恋愛相手がどうとかってやつでしょ?」

「ええ。その具体的なアドバイス」


具体的かー。なんだったかな…押していけとか告白しろとか…そんなのしか覚えてない。


「なんか…デートしろとか言われた記憶がある」

「そう。私はデートをしろと言ったのよ。ボディタッチ含め全力で甘えていけと伝えたわ」

「…うん」

「そのアドバイスは私が読んだ本を私なりに解釈した結果のものだったのよ。抱えてる問題に対してそれぞれ解決策が書かれていて、私のは…一つはここね」


ぺらぺらページをめくって、開いたところには"究極的甘え方の教え"と書かれていた。

軽く見開き流し見した感じで目に留まったのは"抱っこしてほしい"という文面。


「…あたしも郁弥さんに抱っこしてほしいわ」

「あなた本当に自分の欲望に正直ね…」


呆れられた…というより、若干羨ましそう?


「ふふ、だって抱っこしてほしいもの」


苦しいぐらいぎゅーって抱きしめてほしいわ。最近思うのよね。抱っこしてくれたまま頭なでてイチャイチャしてくれたらいいのにって。

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