66. お花見3
「…ふぅ、フラッシュとかないのね」
「…うん。今明るいし、いらないと思って」
カメラまで戻って二人で写真を確認する。
「おー、いい絵が撮れたわね」
「…無性に恥ずかしいんだけど」
「ん?どこが?」
郁弥さんには腰に手を当てて立ってもらっただけでしょ?あたしは逆の手、ここでいう左腕を抱きしめてるポーズだから…普通はあたしが恥ずかしがるべきじゃない?
「全部かな…」
「あら、だから顔真っ赤なの?」
「いや…まあ、はい」
「ふふ、そっかー」
そんなに照れちゃって。あたしの好きな人は相変わらずあたし好みな反応してくれるわー。
「なら今度は好きなポーズしていいわよ?あたしも言われた通りしてあげるから」
「…撮りたいポーズね…」
目を閉じて考える姿も知的で素敵っ!かっこいい!
…あたし、ほんとどんな姿も好きよね。どれだけこの人のこと好きなのよ…。
「…うん。普通にピースかな。普通に笑って普通にピースしてるような、当たり前な写真が欲しくて…お願いしてもいい?」
どことなく恥ずかしそうな、まるで初めてお願いでもしたかのような顔で……あぁ、そっか。郁弥さん逃げてばっかりだったから普通に当たり前な写真ですら久しぶりなんだ……もう、ばか。そんな顔見せないでよ…そんな信頼しきった表情されたら…。
「…ええ、もちろんよ。とびっきりの笑顔見せてあげるっ」
全力で応えてあげたくなっちゃうでしょう?
「あはは、ありがとう」
ふんわりと、花開くような柔らかい微笑みを見せてくれた。あたしが一番大好きで安心する、なかなか見せてくれない笑顔。
「さ、撮るなら撮っちゃいましょ?ほら準備してっ」
「あ、うん。そうだね」
郁弥さんを
…口角上がりそうなの抑えるのも大変ね。人の気も知らないで幸せそうにしちゃって…まったく、そんなんだからあたしに惚れられるのよ。
「んーっ!…たくさん撮ったわねー」
くーっと背筋を伸ばして一息。桜のアーチを越えて、咲き誇る桜が彩る大きな広場での撮影会も終えた。
「お疲れ。はいっ、お茶」
今は桜の木の下でシートを敷いて休憩中。準備万端なあたしの良い人が鞄にシートを折りたたんで持ってきてくれていた。
「むぅ、郁弥さんは疲れてないの?あとありがと」
「疲れねー。どうだろう?日結花ちゃんが楽しそうにしているのが嬉しくてさ。…僕、こんなに幸せでいいのかなって」
柔く流れる風とひらひら舞う桜の花びらがもたらす雰囲気が、どこか郁弥さんの困惑混じりな笑みに重なる。
「ばか。いいに決まっているでしょ?あたしがいくらだって幸せにしてあげるって、そう言ったのもう忘れた?」
「…ううん。忘れてないよ」
首を振って返事をする。
ちゃんと覚えておいてくれているなら大丈夫。きちんと幸せにしてあげるわ。
「なら存分に幸せを味わいなさい。何に遠慮しているのか知らないけど、あなたが幸せになっちゃいけない理由なんてあるわけないんだから」
「そう、かもしれないね…」
「あなたが幸せになって、他の人に幸せを分けられるくらい幸せになって、そのぶんだけあたしに感謝してくれればいいから。あたしはそれでいいの」
幸せなんて案外些細なところに転がっているもので、ほんの小さなことが大きな幸福に繋がることだってあると思うの。
あたしも、郁弥さんと一緒に歩いて話して…ただそれだけでこんなにも幸せな気持ちになれているんだもの。幸せって、あって当然、手に入れて当たり前のものなのよ。
「あ…う、うん…ありがとう」
「ん、もう…なんで泣いてるのよ。泣き虫な人ね。ほら、涙拭いて?」
そんな大層なことを言ったつもりはないのに、恋人の頬には涙が伝って流れてしまっていた。ハンドタオルを差し出して涙を拭ってあげる。
どこか、前にも見たような記憶が…ううん。今は泣き虫な郁弥さんの話聞いてあげなくちゃ。
「…ぐす…ごめんね、ありがとう…こんな満ち足りた気持ち全然なかったから…少しだけ不安になっちゃったんだ」
「ん…なにが不安なの?話してみなさいな」
今の一言を聞いて、泣き笑いを浮かべる郁弥さんのことがまた幾分か愛おしくなった。
「…今が、さ。…これだけ幸せだと、これからがもうなんにもないんじゃないかって思うんだ…」
「…ええっと、つまり、幸せすぎて怖い、とかそういうの?」
「…うん、そんな感じ」
…ほんとにそんなこと考える人いたのね。あたしなんて幸せが足りなくてもっともっとと考えてばかりいるのに…。
「まあいいわ…それなら簡単よ。一つ、目標を決めればいいの」
「目標?」
涼やかな風に靡く髪をそのままに、悪戯っぽく可愛い笑顔をアピール。ドラマのワンシーンっぽい絵に郁弥さんも頬を染め…ずにしんみり真面目さんのまま、と。
「そ。目標。幸せの目標を作ればいいの。なかなか叶いそうにない、これ以上ないほどに幸せだと思えることを目標にすれば幸せが怖いなんてことなくなるわ」
「…でも、叶いそうにないことならもう叶っちゃったよ?」
目をそらした照れ笑いとともに、願いが叶ったとかなんとか。
「ふーん、どんな願い?」
「…言わなきゃだめかな?」
「…だ、だめ」
このあたしが、たかだかちょっとだけ子供っぽい声音と気恥ずかしい感じの表情程度に動揺させられるわけがないわ。…ないわ。
「…日結花ちゃんの手助けをすること、だったんだけど…もう叶っちゃったからさ」
「……」
言葉が出なかった。
ただそれだけが、あたしの手助けが願い事だったなんて…そんなの……どうしてそんなにもあたしを惚れ込ませようとするのよ…。
「あ、あはは。ちっちゃいことなんだけどね…なんだかんだ叶えられたみたいだし…」
恥ずかしさをごまかそうとそっぽを向いて続けた。
…手助けですって。手助けどころか、自分が人生のパートナーになる予定って知ったらどう思うのかしら。
「…ねえ郁弥さん」
「なにかな…」
「思いつかないならあたしが決めてあげる」
「え?…」
「ていうかもう決めたから」
「あ、うん」
なにを目標にするかなんて決まってる。こんなにも嬉しいことを言ってくれる人にはとびっきりの目標を授けてあげなきゃ。
「あたしのやりたいこと全てに付き合うこと!」
「…それは…」
あまりよくわかっていない顔。
ふふ、大丈夫よ。今から説明してあげるから。
「基本的には今日みたいなお花見と一緒だと捉えてもらって構わないわ。ただ、やりたいことならたっくさんあるから大変だと思ってちょうだい」
「わかった…けど、例えば?」
「ふふ、まずは恋人っぽくデートし続けるのは当然でしょ?遊園地行ったりプール行ったり旅行行ったりもしたいわね。RIMINEYグループのお店にレストランに遊園地も行きたいわ。あとは…お仕事関係でも色々やってほしいところね。ほら、"フィオーレ"のイベント来てもらうとか」
「…結構色々あるんだ」
「ええ。たくさんあると言ったでしょう?テレビで芸能人の死ぬまでにやりたい10のことをやるって話があったけれど、それの100版みたいなものよ」
「100かぁ…」
下手したら100じゃ利かないかも?…まあ、100でも200でもいいかな。どうせ全部やるんだし。
「遊びのプラン考えたり、旅行の計画立てたり、ご飯食べるところ調べたり…あたしのやりたいことを成功させるために頑張るのが郁弥さんのお仕事ね」
「…うーん」
まだ微妙な顔。
…どこに納得いっていないのかしら。
「なに?どこかだめなところあった?」
「だめじゃないんだけど…最初に何をすればいいかわからなくて…あと、旅行とか宿泊が入るのはさすがにだめだと思うよ?」
苦笑いを返してきた。あたしの良い人的に旅行はだめらしい。
なんてガードが固いっ…。
「…ママに許可を取ればいいのね?」
「え、いやいや!そうじゃなくて!普通にほら…これでも男なので…」
「…ふーん?」
…なに?この胸がきゅーとする感じ。もしかしなくてもあたしのこと意識してくれてる?
「ふふ、別に郁弥さんならいいわよ?信じてるもの」
おやすみのちゅーとかおはようのハグとかしてくれるってね!
「…はぁ、まあ、うん。そんなこと言われたら応えないわけにはいかないよ。信頼には応えるさ。でも旅行はしないから」
「なんでよ!」
「むしろ僕がどうしてって聞きたいからねっ」
むむっと二人で
…郁弥さんって綺麗な瞳してるのよね。前に知宵が言ってたけど、あたしを見るときだけ瞳の色が違うって。あたしがいつも見てるのは明るくて柔らかくて優しさにあふれた瞳だから…ずっと見ていたいくらい。
「えへへ」
「あはは」
すぐに笑みがこぼれて睨み合いは終わってしまった。
「はいはい、とにかく郁弥さんは次になにするか練っておいてっ!」
「それは、デートだと考えた方がいい?」
「ふふ、おまかせするわ」
「え…ちょっと難しくないかな?それ」
「あら、難しくないと目標にならないでしょ?」
「それもそっか」
結論として、あたしたちのデートプランは郁弥さんが練ってくれることになった。
素敵な恋人計画を期待させてもらおうじゃない。
「…あ、そうだ郁弥さん」
「はい、なんでしょう?」
「お腹空いてない?」
時間的にお腹空いててもおかしくないと思うの。朝ご飯遅くしたにしても、もう14時も半分過ぎてるのよ?あたしもそれなりに食欲が出てきたわ。
「うん、まあ少しは」
「ふふ、そう?じゃあ…はいっ、受け取って?」
「え?…おにぎり?」
そう。軽食用に持ってきたおにぎり。なんといってもあたしお手製なところがポイント。
「ええ。今朝作ってきたわ」
今どき手作りなんて流行らない、そんな言葉を聞いた記憶がある。でもね、そんなのあたしには通用しないわ。ベタ惚れ郁弥さんなら手作りに歓喜感涙好感度爆上げ間違いなしなんだから。
「ありがとう。嬉しい…すっごくデートっぽい」
「でしょ?ちゃんとデートを意識して作ったんだから、感謝してよね?」
「あはは、本当にありがとうね。…でも、それなら僕も何か用意しておけばよかったな」
後悔…とまではいかない、ちょっとだけ悔しそうな表情。
「ふふ、いらないわよ。郁弥さんはあたしと一緒にいてくれるだけ十分なんだから」
「…また…またずるいことを言ってくれるね」
ほんのり頬に朱を差して、照れりと笑みを浮かべる。
ずるいというのは、あたしよりあなたの方だと思うのだけど…。その表情はずるい。
「ほ、ほら…冷めちゃうでしょ?食べて食べて?」
「え、これもともと冷たい」
「いいの!細かいことは気にしないっ!」
「う、うん」
…ふぅ。なんとかなった。上手くごまかせたわ。
「…ん…」
「…どう?美味しい?」
冷静に考えると、自分の手作りおにぎりを食べてもらうなんて初めてかもしれない。クッキーとかお菓子は別として、おにぎりは初。ドキドキしてきた。
「美味しいよ」(ニコッキラッ☆)
笑顔が眩しいっ!きらきら星が舞ってるわ。惚れちゃいそう…ううん。惚れてとろけちゃう…。
「えへへ…ありがと」
「あはは、お礼は僕のセリフだよ。ありがとう」
ありがとう、愛してるよ…。ですって!きゃーっもう!いきなりそんなこと言わないでよばか!あたしだって愛してるわよー!!大好きぃ!
「…こほん、どういたしまして。じゃんじゃん食べてちょうだい。多めに作ってきたからっ」
「ん?…え、多めってほんとに多いね…」
おにぎりを入れたケースの中には5つのおにぎりが
一つ目を頬張る想い人が苦笑を隠さず…あれね。あたしの郁弥さんは苦笑いも素敵よね。
「そう?今全部食べなくてもいいのよ?持って帰って食べるのもいいかなって思ったんだけど…」
ちらりと保冷剤を見せつけた。
「…ありがたくいただくよ。日結花ちゃんの手料理なんて食べる機会ないからね。もらっておかないと損だ」
「ふふ、そんな別に料理くらい…」
…これは、もしかしなくてもいけるかもしれない。
「?どうかした?」
「ううん…あのね。よかったらなんだけど、お料理持ってこようか?」
…胃袋を掴めとかなんとかママが言っていたような気がする。お料理なんて全然考えてなかったけれど…今進行中の『デートで攻略大作戦』と同時に『手料理で胃袋がっちり掴んじゃおう大作戦』も始めれば…より
「…さすがに悪いよ。わざわざ作ってもらう手間をかけさせたくないからね」
「んぅ…別にいいのよ?むしろ作らせて?…あたしが作りたいの」
「う…その言い方はずるいって…わかった。わかったから。作ってくれたら全部食べるよ。だから上目遣いやめてくださいっ」
「そう?ふふ、美味しいもの作ってあげるから楽しみにしてなさい」
「…はぁ。楽しみにしてるよ」
恨みがましく見つめる程度じゃあたしには通用しない。顔赤くしてるし、照れてるところも可愛…いえ、そうじゃなくて。これで、『手料理で胃袋がっちり掴んじゃおう大作戦』が始められるわ。さっすがあたし。天才ね。
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