62. ほんの少しの告白



◇◇



最初は、ただの恩返しのつもりだったんだ。細かい話は省かせてもらうね。その辺はちょっとほら、うん…いつかにはちゃんと話すから。

ともかく、最初…今からだとちょうど1年くらい前かな。あの頃は、まだ日結花ちゃんのことを知ったばかりで普通にファンをやってたよ。どんな人なのかとかもあまり知らなかったし、声者についても詳しくは知らなかったからね。



「声者の話は会場で眠らなかったときにしたかな?全然知りませんって話した記憶があるけど…」

「ええ。最初のときよね。覚えてるわ。ふふ、あれだけ印象的だったんだもの。覚えてるに決まってるでしょ?」

「…緊張しすぎてたんです。忘れてください」



何も知らなかった状態から日結花ちゃんのお仕事、主に歌劇だったね。それに応募して、なんだかんだ通って、みんなが寝る中なぜか起きたままでいられて、そこからかな。日結花ちゃんとの接点ができたのは。

僕の方も歌劇に参加して、日結花ちゃんがどんな人なのか少しはわかってきたんだよ。



「あたしの印象は?」

「え?…普通にいい子?」

「ふーん?…それだけ?」

「うーん…可愛いなぁとか、元気な子だなぁ、とか…あとは年齢より大人っぽいなぁとは思ったね。さすがに仕事してるだけはあるって感じだったかな」

「…及第点ね」

「えっ!?なにそれ?僕今ので採点されてたの!?」

「はいはい。早く続き続き」



ええと…日結花ちゃんのことを調べていくと、僕が恩返しする余地もないくらいに順風満帆な才気あふれる人生を送っているってわかってさ。正直このまま普通に応援するだけでいいかもしれないとは思っていたんだ。

それから何事もなく過ごして、転機…とでもいうのかな。偶然か運命か。外で日結花ちゃんとばったり出会ったことが大きいね。



「運命よ」

「…神様の悪戯っていうのはああいうことを言うのかもね」

「ふふ、ロマンチックなことじゃない」



ただ一度だけなら幸運が重なったラッキーで終わったんだけど、二回目があったから…そこでまた大きいのが日結花ちゃんからお悩み相談を受けたことだよ。今は解決してる…あれ、してるよね?



「…してるに決まってるでしょ?おばかさんになっちゃった?」

「おばかって…言い方可愛い」

「可愛いってあたしなんだから当然…いえ、このやりとり前にもしたわね」

「…あはは、そんなこともあったね」



ちょっとした助言をして、日結花ちゃんの悩みはいつの間にか解決して、僕は満足したのでさようならして、とそんな流れで行こうとしたら引き止めれて…色々言われちゃってさ。そのときは、日結花ちゃんが満足するまで付き合おうって思ったんだ。思えば、あの頃から今に繋がる道はできてたのかもしれないね。

日結花ちゃんに付き従おうと決めてからはそのままの勢いで流れて、このまま友人関係が続くのかなぁとか、そんな感じのこと考えてたよ。自分のことを話すつもりはなかったし、日結花ちゃんが聞いてこないのをいいことにこのままでいよう、とかね。

それから…変わらないまま年を越えて、2月。

僕が考えを変えるきっかけになったのが日結花ちゃんの態度だったんだ…。"恋人設定も面白いかな"くらいの関係って言ったの、覚えてるかな。僕はさ、まさか日結花ちゃんがそこまでするとは…そこまで気にかけてくれてるとは思ってもみなかったんだ。こんな強引で、強気で、引く気がない勢いで来るなんて予想外で…だからこそ、考えるきっかけになった。



「じゃあこの二カ月くらいの間、ずっと考えてたってこと?」

「…うん。一応」

「…ホワイトデーのときも?」

「…うん」

「…全然わかんなかった」



前にも話したけど、今までは誰かに誘われても断ってきたんだ。やんわり断れば相手が引いてくれて、大きな問題にもならなかった。日結花ちゃんの場合もそうなるかなって思ってたんだよ。でも…いくつかのことが重なってこれまでとは違う状況になった。

一つは、僕自身の問題。最初は恩人だけだったのに、日結花ちゃんと話すのが楽しくて…いつの間にか恩人だけじゃない、友人としての感覚があったんだ。だから自分から突き放す選択ができなくて…それが一つ。

もう一つは、日結花ちゃんが変わったこと。強気に押し進める形で、今となっては"恋人(仮)"とまで言ってくれるようになったよね。納得してないけど。



「あたしは納得してるからセーフよ?」

「え…そうなのかな…いやいやいや、セーフでもなんでもないから」



とにかく…ここまで言ってくれる日結花ちゃんに対して、僕はこのままでいいのかなって思ったのが始まり。日結花ちゃんの信頼に応えるためには僕も日結花ちゃんを信頼しないといけないよね。いくら人と親しくなることが怖いからといっても、手を差し伸べてくれて、わざわざ掴んで引っ張ってくれる人から逃げられないよ…。

…そう。もう言っちゃったけど。僕は人と親しくなることが怖かったんだ。



「…仲良くなるのが怖いって、なにかあったの?」

「…そこは色々あったのでノーコメントでお願いします」

「そう…まあいいわ。続けて?」



人と仲良くなることが怖くて、これまでも色々話してきたことにさ…デートに誘われて断ったりしたってあったよね。それも全部ここから来てるんだよ。仲良くなるのが怖くて、親しくなるのが怖くて、だから近づかないようにしてたんだ。



「ふんふん…ん?でも郁弥さん。あなた京都旅行に行ったとか言ってなかった?」

「…あれね。あれは社員旅行だよ」

「…これから紛らわしいこと言うの禁止ね」

「…はい」



そうだね…京都の社員旅行が楽しかったっていうのは本当だよ。大学時代の友人だって頻繁に会うわけでもないし、いくら僕が人と仲良くなるのを怖がっても人恋しくはなるんだよ。まあだから…みんなでわいわいするのは楽しかった…うん。



「んー…同僚の人はだめなの?郁弥さんの話聞くと、大学のときの友達いるなら同僚の人も友達になれそうじゃない?」

「…どうしてだろうね。たぶんさ…毎日顔を合わせているからこそ親しくなりたくないんだと思うよ。大学の人は年に一度とかそんな程度だし、それが毎日になると…なんていうのかな。僕自身のことを知られるのが嫌なのかもしれないね…」

「…あたし、ばんばん知っちゃってるわよ?いいの?」

「あはは、日結花ちゃんは特別だよ。僕のことを知られても大丈夫。君くらい僕のこと信頼してくれた人はいないから。そんな日結花ちゃんが僕のことを知った程度で揺らいだりしないさ…え、しないよね?」

「ぷ…ちょ、ちょっと最後にその言い方はずるいわ…ふふ、しないわよ。まったく。全然揺らいだりなんてしないから最後まで話しちゃいなさい」



うん…それで、親しくなるのが怖い理由なんだけど…親しくなった人が離れていくことに耐えられなかったから…なんだよね。昔、色々あってね…そんな単純な理由があってさ。日結花ちゃんとも仲良くなり過ぎないようにしたかったんだ…まあもう手遅れなんだけど。

これは日結花ちゃんのせい…っていうのも少しはあるかな。でもほとんどは僕が悪いんだ。結局さ、僕が日結花ちゃんと話をしたかったんだよ。"恩人"とか言ってきたけど、それが全部じゃないんだ。都合のいい部分だけ切り取って伝えたのが"恩人"になるから。



「それなら、郁弥さんにとっての本当の意味はどんなものなの?」

「…"生きがい"、みたいなもので…そうだね。"免罪符めんざいふ"かな」

「"免罪符"って…罪をしても大丈夫なのよ?的な証よね?」

「いや…うん。言い方はあれだけどニュアンスは合ってるね」



"免罪符"。

日結花ちゃんは僕にとって"恩人"だから入れ込んでも大丈夫。"恩人"なら僕が一方的に想い続けても当然。だって"恩人"だから。

そんな風に考え続けて…いつの間にか"恩人"っていうことも忘れてた。ただの友人…ううん。かけがえのない友人くらいになってた。まずいと思っても今さら離れることなんてできるはずなくて、日結花ちゃんの方はどんどん攻めてくるしで…ついにはデートだよ。

日結花ちゃんがどこを目指しているかはイマイチピンとこなかったけど…どれだけ僕のことを考えてくれてるかは伝わってきたからね。そんなデートのおかげで、今こうして話せているんだ。

何が言いたいかというと…。



「僕ってこんな面倒な人間なんだよ。親しくしたいのに、親しくするのが怖くて。一歩踏み出してくれた人からも逃げて、それでいて後悔して。…そんな僕を引っ張ってくれたのが日結花ちゃんだった。ただ手を伸ばすだけじゃなくて、伸ばした手で僕を掴んでくれたから…だから僕も話そうと思えたんだ。こんな僕を離さないでいてくれた日結花ちゃんに僕のことを話したいって、話さないといけないって…思ったんだよ」

「ふむ…」

「だいたいは…こんなところだね。僕が恋人(仮)になるのを避ける理由はわかってくれたかな…」



◇◇


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