第5話 ケワタガモ?


 秘書メイド長が煎れた紅茶を口にして、

「ふん、また余計なことを」

と心の中でつぶやいた。

「ブランデーは多めに」

と言っておいたはずなのだが、

「お体のため」

とかなんとか、まったく、くだらないことをする。

 仕事はできるのだが、こういうところだけはデキが悪い。


 俺はいま、第一執務室にいる。

 執務室はちょうど宇宙船の指令室のような造りになっている。

 頭上には浮島の周囲の映像がうつし出されている。

 眼下でメイド姿のオペレーターたちが各部門の執務室と連絡をとりあっている。


 操舵部からは今日の航路の予定

 農政部からは秋の収穫の予想

 建設部からは来季のインフラ整備の予算修正案

 軍務部からは新設する強襲ガンシップ隊の兵装の最終確認

 財務部からは余剰金の再分配の提案

 交易部からは新に販路を拡大するための侵攻の要請

 そして領空を防衛する各方面軍からの連絡

 緊急性の高い物から順次、俺の目の前の透明なウィンドウに送られてくる。


 俺の左右にある2つのウィンドウにはいつもの映像。

 生産ダンジョンで働く民たちの姿

 通常ダンジョンで戦う冒険者たちの姿

 

 俺が物足りない紅茶をもう一口飲んだ時だった。

 執務室に警報アラートが鳴り響いた。

 我が領空の南南西、帝国方面から艦隊が接近している。


 何という辺境伯だったかな……

 俺が記憶を探っていると、目の前にウィンドウが一つ現れ、帝国の辺境伯の詳細なデータが表示される。

 性懲りもなく、我が国が瘴気から解放した大地にちょっかいをかけてくるつもりだろう。

 資源採取用の魔方陣を打ち込みに来たのだ。

 また無駄なことを……


「帝国側は警告を無視しています」

 南方方面軍のオペレーターの声が聞こえた。

 よろしい、ならば戦争だ。


 頭上の巨大スクリーンが出撃命令を待つ南方方面軍のガンシップとつげき隊を映し出す。

 隊長以下兵士の面々が整列しこちらをまっすぐ見ている。


「さて諸君、楽しい狩の時間だ。なんでも、季節外れのケワタガモが間抜けにも南から渡ってきたとのこと。我が国には腕のいい狩人が揃っていることを、どうやら示さなければならないようだ。ピクニックにでも出かける気楽さで、一羽残らず狩りつくしてやろうではないか」


 隊長以下兵士の面々は一斉に敬礼し、

「イエス、ユア、マジェスティ!」

 大音声で応えた。






 ぬぅううううううううがぁぁぁぁぁぁぁあ、ちょもらんま!

 やばい、やばい。

 朝っぱらから壮大な白昼夢を見ていた。


 俺はいま執務室にいる。

 頭上には浮島の周囲の映像が映っているのは同じだが部屋の内装は少し寂しい。

 いや、かなり寂しい。


 嘘です。むちゃくちゃ貧相です。


 サブウィンドウは開いても見るものがないので閉じています。

 木製の安っぽいテーブルを差し向いにして、一人の小柄な少年がこっちを真っすぐ見ています。

 まじめな少年です。

 この国にたった二人しかいない国民の一人です。

 僕ちんのたった一人だけの臣下です。

 かなしくなんか、ないです。

 だって、だって、

この子が虹色の光に包まれていたときはドキドキしてたんだもん。

 この子が虹色の光に包まれていたときだけは、

興奮で胸がはりさけそうだったんだもん。



 

 うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、しゃら~っ!

 目の前の光が虹色に変わったとき、興奮と緊張と安堵で、俺の頭の中はぐるぐるになっていた。

 UR武将を引くたった1度のチャンス。

 最初で最後かもしれない重要な局面。

 七分の一の奇跡。

 まだ心臓がバクバクしている。



「さすがはタナカさん。すごい運アルよ~」

 サーニアも大はしゃぎだ。


『ここで引くか俺!』と自分を誉めているとき、

 光の中から小っちゃな貧相なオッサンが現れた。


 へ?小っちゃ!150cmくらい?

 生真面目そうな目でオッサンはこっちを見ている。

 いや、いや。UR武将だろ。孔明先生と同格の。


 見た目貧相でも、晏嬰あんえいみたいなタイプかも知れない。

 孔明先生からも尊敬され、司馬遷なんぞは御者になりたいとまで言った。

 小さな巨人

 135cmの小さな体で、大国と渡り合った名宰相

 そうだ、きっとこの小さなオッサンは晏嬰タイプに違いない。

 戦闘向きではなさそうだし。

 俺はちょっぴり不安なのを、URなんだと言い聞かせ、

『名伯楽』……人物鑑定を使うのだった。




 名前 未定

 年齢 14  

 職業 忠臣

 武力 45前後 知力 58前後

 魔力 42前後 政治 45前後

 交渉 33前後 運  66以下 


 スキル 狙撃 (Passive)

     速射 (Passive)

     農耕牧畜    Lv5

     寡黙      LvMax

     ケワタガモ猟師 LvMax

     努力の人    LvMax

     雪を食べる   LvMax



 な、な、な、なんじゃそりゃ!

 ステータスは俺と同じ……いや、俺よか低くね?

 戦闘系スキルも「狙撃」と「速射」って普通にありそうだし。

 「農耕牧畜」も普通だよな。

 


 まさか……ハズレ?

 いや、いや、いや、いや。

 URだぞ、UR。

 他のレベルマックスのスキルが超強力に違いない。



「もしもしサーニアさん」

「はいはい何アル?」

「寡黙というのは?」

「無口ってことアル」

 まんまやんけ!



「ケワタガモ猟師っていうのは?」

「ケワタガモを狩るのが上手アル」

 ケワタガモってなんぞ?



「努力の人とは?」

「とても努力家アル」

・・・・・・・・・・・・


「雪を食べるというのは?」

「雪を食べても平気アル」

・・・・・・・・・・・・

なんじゃそりゃ!スキルなんかい!金返せ!



 俺は茫然としてしまった。

 さっきまでのドキドキを返して欲しい。


「さすがはタナカさん。人類最強を最初に引くアルなんて」

 なんかふざけたことをサーニアが言っているが、もう、どうでもいいや。


「名前はどうするアルか」

 ぼんやりとした頭で、最初に浮かんだ言葉を英語にしてみた。

「アンダー、いや、アンダで」


「はいアル。姓は何ある」

 ぼんやりした頭に、ゴル……と思い浮かんでゾワッと嫌な感じがした。

 だから次に思い浮かんだ言葉を適当に濁して、

「ホイホイ」

「了解アル。女体化するアルか?」

 中身見ちゃったし、どうでもいいや。

「そのままで」

「じゃ年相応にするアルね」

 小っちゃなオッサンは、小っちゃな僕ちゃんになった。


「見た目とかどうするアル」

 少し男前にしてやるか。

「男前にしてあげて」

 僕ちゃんは美少年になった。


「髪の毛の色は?」

 そんなとこまで決めるんかい!どうでもいいやと少しイラついていると、

「白」

 それまで黙っていたアンダくんが、はっきりと強い意思を示した。

「了解アル」


 そういえばアンダくんは真っ白だ。

 フード付きのギリースーツっていうんだっけか?

 コートも真っ白だし、手にもつ弓も弦まで白く塗られていた。

 もう一方の手には白いフェイスマスク。

 

 アンダくんの髪の色がプラチナブロンドに変わる。

 本当に真っ白になった。


 こうして俺は絶対に俺を見捨てない臣下を1人もらったんだ。

 頼りないけど、悲しくなんかないやい。




 俺はテーブルを差しはさんでアンダくんを見た。

 これから暫らくたった二人でこの乱世を生き抜いていかなければならない。

「アンダくんは何ができる?」

「狩と農業」

 うん、知ってた。


 でもねアンダくん、狩をするのも農業するのもコストがかかっちゃうんだ。

 生産ダンジョンの森林エリアか農地エリアを開放しなきゃだし、維持するにも魔素を消費する。たった二人で作業なんてしたら、維持コストで大赤字さ。

 

 かといって、俺もアンダくんも戦闘向きじゃないしな~

 通常ダンジョンなんて二人じゃ怖くて行けやしない。


 まあ、いいか。どうせいずれ人が増えれば木材は要るし、今のうちから森林エリアを開放するとしようか。


 異世界初日、森で狩から始めてみよう。


 ウサギとか鳥とか、食料の足しになればいい。

 鹿なんかとれたら、しばらく肉に困らないよな。

 オオカミは、アンダくんは「問題ない」というけど、俺が怖い。

 逃げよう。無理はいかんよ。


 とにかく森での狩からはじめよう。



 俺みたいに心の中ではお喋りでも、言葉にするのは苦手なコミュ障にとって、絶対に裏切らないっていうこと、それだけでアンダくんは貴重な存在だ。

 戦闘が苦手なら、俺が助けに入ればいい。


 さて、森へ向かうか。

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