第二章 (2) 記憶は選べない
――三善はそこまで思い出し、はっとしてマリアを見た。彼女はずっとこちらを見つめ、様子を伺っていたようだ。
「ごめん。ええと、ホセは僕の後見人なんだ。だけど、それ以上に家族として大切に思っているよ。だから、お父さん」
マリアはその言葉に、何か思うところがあったのだろう。逡巡したのち、ゆっくりと口を開く。
「あなたの言うことは、ええと、司教との間には過去事象に起因する絆がある、ということ?」
「君は難しいことを言うね。ええと、まぁ、そういうことかな。おおよそ合っているよ」
今度は三善が考える番だった。
なるべく考えないようにして今まで過ごしてきたが、自分の生い立ちに触れるとき、どうしても思い知らされることがある。
ふと息をつき、三善は彼女にぽつりと呟いた。
「ねぇ、何で記憶というやつは選べないんだろう。僕が覚えておく必要があること、過去にはいっぱい散りばめられているはずなのに、僕はひとつも覚えていられない。時間の流れの中、ひとり取り残されているような気分になる」
三善の記憶の始まりは、件の地下室から抜け出したときのものだ。それより前のことは覚えていない。自分が何故生まれ、教皇の釈義の恩恵を受けるに至ったのか。何故地下施設に入れられていたのか。なぜ“大罪”の力を持ってしまったのか。
――自分が誰から生まれたのか。その点に全ての答えがあるような気がしてならない。しかし、その答えは決して誰も教えてはくれないのだ。
三善はきゅっと目を細めた。
いつでも自分は、肝心な時に蚊帳の外にいる。改めてそう実感してしまったからだ。
そのとき、一際強い風が吹きつけた。花弁が舞い、視界が一層カラフルになる。まるで、色の付いた雪が降ってくるようだった。
はっとして空を仰ぐと、
「『
その声と共に、宙を舞う花弁が金箔と化した。きらきらと瞬く金の花弁は星屑のようで、そっと触れると緩やかに掌の中で溶けてしまった。
三善はこの釈義を知っていた。こんな能力を使うプロフェットは、三善が知る限り彼しかいない。ベンチから立ち上がり周囲を見渡すと、遠くの方から二人の男がこちらに向かって歩いてくるのが見える。
一人は茶色の長い髪を後ろで一つに束ね、黒い聖職衣を身に纏っている。日本人らしい顔立ちではあるが、その瞳は蒼穹を連想させるきれいな青色だ。この位置からはよく見えないが、近くまで寄って見つめると、その瞳の中にぼんやりと十字のような光彩があることを三善は知っている。そしてもう一人はスーツを身に纏った短髪の男で、茶髪の男に付き添うようにして歩いている。
茶髪の男が三善の姿を捉えると、一度背後の男に向かって何かを言い、さりげなく追い払った。彼がひとりになったところで、ようやく三善に片手を上げて挨拶する。
「みよちゃん」
彼は微笑みながら三善の前までやってくる。「ああ、しばらく見ないうちにまた背が伸びたんじゃないか。元気?」
「うん! 久しぶりだね、ゆき君」
和やかな雰囲気の中、マリアはじっと茶髪の男を見つめている。マリアは初対面だからだろうか。頭の先からつま先までしっかり見つめたのち、不思議そうに首をかしげている。
舐めるような視線に彼は気づき、三善に尋ねた。
「ええと……、お友達?」
「ああ、マリアだよ」
三善はマリアを傍らまで呼ぶ。「マリア、このひとは
静かにマリアは帯刀に手を伸ばしたので、彼は握手を求めているのだと理解した。彼女の小さな手を握ってやると、満足そうにマリアは微笑んだ。
「守護聖人なのね。どなた?」
「聖クリストフォルスの銘を賜っている。あなたはそんなことが分かるのか」
変わった子だ、と帯刀はあっけに取られた様子で言う。彼にはまだA-Pのことを説明できていないが、それよりも三善は聞いておきたいことがあった。帯刀が本部に顔を出すときは、決まって何らかの厄介事に巻き込まれているのだ。
「ところで、ゆき君はどうしてここに?」
「ん」
一度頷き、帯刀は険しい面持ちでその質問に答えた。「ちょっと事実確認をしに、枢機卿に会いに来た」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます