第五章 (6) どうか、そのままで

「そういう訳で、私の見解としては、プロフェットはあまりおすすめしません。それは前にもお伝えしたかと思います。特にあなたの場合はとても変わった釈義をお持ちですから、『聖戦』云々の前に、間違いなくあらゆる実験の対象になるでしょう」

 ただ、とホセは言う。「もしもそれでもプロフェットになると決意なさるなら、あなたにいい先生を紹介できます。その方の庇護にあるうちなら、まだ実験対象になる確率も下がるでしょうし、何より他に類を見ない程のいいプロフェットです」


「わたしは、」


 土岐野はホセの声を遮り、唐突に声を上げた。驚き目を瞠るホセに、土岐野は続けて言う。


「それでも私は、選びたいです。プロフェットにしてください」

「そう言うと思っていました」


 ホセは短く言うと、簡単にこれから行う必要があることを説明した。

 まずは正式に洗礼を受ける必要があるため、その準備を行う必要があること。次に、プロフェットとして登録するための手続きが少々。最後に、これからプロフェットになるための勉強をするために、海外へ滞在する手続きが必要だということ。


 それを聞き、土岐野の目が点になる。


「……海外?」

「ええ、海外です。フランスに行ってもらいます」

「日本では?」

「日本ではないですねぇ」

 ええと、とホセは言葉を濁した。「プロフェットの養成校が実はフランスにありまして。日本国内にもないわけではありませんが、そのー、あんまり質がいいとは言えないのです。あとは、その紹介したい先生というのがそこの責任者なので、渡仏してもらうのがベストです」

「フランス語話せません! あとパスポート持ってません!」

「パスポートは作りましょう。フランス語は最低限お勉強しましょうか。大体『Qu'est-ceこれ何 que c'est?』と『C'estこれ combienいくら ça ?』が言えればどうにかなりますけど、私もケファも母国語はそっちなので、分からなければ聞いてください。教えます」


 まるで初めての海外旅行マニュアルかのようなコメントののち、ホセは一つ付け加える。


「ノア……ええと、その先生というのが、『ノア・オッフェンバック』という修道女なのですが、一応彼女は日本語が話せるので、それほど気にしなくても大丈夫です」

「そうなんですか?」

「ええ。彼女はケファの学生時代の先輩にあたりまして、日本への留学経験があります。ですから、初めのうちは彼女に通訳をお願いするのがよいでしょう」


 そっか、と土岐野がほっと肩をなでおろしたのを見て、ホセは小さく微笑んだ。


「よかった」

「え?」

「てっきり海外は嫌だって言われるかと思ったので。でも、安心しました」

「それは……」

 土岐野はしばし考え、それから小さく頷いて見せた。「まだ、不安ですが。それを拒んでいたら、私は変われないんじゃないかと思ったの」

「そうですね。私はまだ土岐野さんに出会って間もないですけれど、今の土岐野さんのことをとても素敵だと思いますよ。ですが、ひとつだけ覚えていてください。今の変わり始めたあなたの前に、変わる前のあなたがいたでしょう。どうか今までのあなた自身も、嫌いにならないでくださいね。あなたはとても心優しく、強い方だと思います。それはこの先どんなにあなたが変わろうとも、決して揺るがない本質だと言ってよいでしょう」


 恥ずかしそうにはにかんだ土岐野に、ホセはもう一言付け加える。


「プロフェットは、物事の本質を理解し、考証することが本当のお仕事です。それは釈義に対する本質だけではなく、自分自身ときちんと向き合い、自分の本質を見極めることも含まれています。だからあなたはどうか、そのままで。あなたはもともと、すばらしい方なのですよ」

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