第六章その5 俺が歩いたら草も生えない
後日、俺はアケビ蔓細工の大きな籠を背負い、その中に入るだけ小さな籠や乾燥した蔓を詰め込んで村を発った。
湖春ちゃんも壊れた葛籠を老齢の蔓細工達人に改めて直してもらい、新品以上に丈夫になったものを背負って俺とともに今まで来た道を戻った。
途中、加納宿で漬物を売った食料品屋に立ち寄ると、にこにこ顔の店主が駆け足で出迎えた。
「白石屋さん、おかげでぬか漬けが大繁盛ですよ! ありがとうございます!」
小柄な店主は何度も何度も頭を下げる。
「いえ、喜んでいただけたようで商人冥利に尽きますよ」
「お嬢ちゃんありがとう、うちの店にも作り方を教えてくれって話がわんさか舞い込んで、毎日大忙しだよ」
「いやあそれほどでも」
単純な子だなぁ。
「ところで白石屋さん、その背中の籠は?」
「ええ、信州で見つけて買い込んだのです。普段使いの物ですが、すごく良い品なのですよ」
俺はひとつ、小さな籠を店主に渡した。
それを手に取ってしげしげと眺める店主の顔は籠を眺めれば眺めるほどほころんでいく。
「本当だ、ただの籠なのに、すごく細かくて腕の良い職人が作ったんだと一目でわかりますね」
「よろしければおひとつどうぞ。多くの方に使ってくださるようにと作った方もおっしゃっていましたから」
「本当ですか!? いやあありがとうございます、今はお触れでぜいたく品の使用が禁じられていますが、これならその目をかいくぐって裕福な町人や農民に売れば一儲けできるかもしれませんね」
そうか、そういうターゲットもあるわけだな。帰ったら早速買い取ってくれる店を探してみよう。
「それにしても行きは漬物を売って帰りは新商品を仕入れて戻って来るなんて、白石屋さんは良い商売をしておりますな」
「店に伝わる心得です。無駄なく、行く先々で良いものを探せと。旅先で見つけた物を欲する人々は必ずいます。そんな方々を探して商売を続ければ、必ず成功すると」
「なるほど、近江商人の歩いた後は草木も生えない、とはよく言ったものですな」
「ええ、私信州の森の中を思い切り歩いて回りましたのに!」
店主が噴き出し、俺たちは声をそろえて笑った。
そして数日後、俺たちはようやく八幡の町に戻ってきたのだった。
既に長月(旧暦9月)の末、例の神無月まであとほんの少しだ。
「ただい……ま!?」
だがそんな俺たちを待っていたのは予想だにしない光景だった。
「ちがう、そのツボはこっちだって! え、厠? それはあっち!」
丁稚の吉松が忙しく声を張り上げている。
なんと白石屋店内は10歳くらいの子供から若い男まで、異常な人数で溢れかえっていたのだった。
「お帰り、店の様子変わっただろ?」
げっそりとやつれた店主がふらふらとした足取りで出迎える。
病か疲れか、顔は笑っているものの、かなりしんどそうだ。
「実は古くからの知り合いが店をたたんでね。それで丁稚や手代を人手不足だったうちが引き取ることになったんだ」
だからこんなに。人手不足の中、店主と吉松は幅広い年代の新人にずっと色々と教えていたらしい。
それにしてもつい先日まで人手不足を嘆いていたのに、一度にこんなに増えてしまうとは……。
「はは、俺もうベテランになっちゃったんですね……」
俺も湖春ちゃんも苦笑いした。
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