第7話 黒雲

 いつも通り文芸部部室に入ると、俺はとある違和感に気付いた。


「あれ、髪伸ばしたのか?」


 部室から外を眺める後輩ナズナは、髪がセミロングからロングへと伸びていたのだ。

 たった一日で髪が何十センチも伸びるとは思えないが、まあクトゥルフなら可能なのかもしれない。


 そう一人で納得していると、ナズナはジロリと、敵意を剥き出しにして睨みつけてきた。


「気安く話しかけて来ないで下さい。バケモノ」


 彼女の声を聞き、そして目の前の少女がナズナで無いことに気付く。

 いつもの、底抜けに明るい爽やかな声でなく、泥沼に嵌っていくかのような、脳の奥の奥まで響く声だった。


「お前……ナズナじゃないな」


 顔は瓜二つで、体型も見た感じはほぼ同一だろう。

 彼女は正確に人の姿をコピーできる上に、目の前の『何か』は、俺の正体を薄々勘付いているようだった。


「ふふっ。


 ソレはサディスティックで妖艶な笑みを浮かべ、細く白い指を口元に当てる。

『異種族』か? いや、だとしても人の姿を真似る事のできる種族がいただろうか?


「お前、何者だ?」


 なるべく目の前にいる、ソレから距離を取る。

 いざとなったら逃げ出せる様に。

 俺が神話生物や神格なんかと対峙しようものなら、一瞬で消し炭にされるだろう。


「もうすぐ分かりますよ」


 一瞬で姿を消した。かと思いきや、ソレは背後に回り、耳元で囁いてきた。

 耳元に生暖かい感触がする。

 どういうつもりか、彼女が舐めてきたのだ。


「……なんのつもりだ?」


 彼女はその質問には答えず、ただ黙々と耳を舐め、甘く噛んでくるだけだった。


「へぇ、神経はほとんど切ってあるんですね」


 反射的に、殴ろうとしたその時だった。


「あれ? ワカナ? どうしたの?」


 勢いよく部室の扉が開き、ナズナがメロンパンを片手に入ってきた。


「あ、お姉ちゃん。遅かったね?」


 またもや一瞬で俺から離れ、ソレは窓硝子に近い本棚の、少し古いパイプ椅子に腰掛けていた。


「は? ?」

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