第三話

「おい、起きろ!!」

懐かしい声だった。

けどこれは夢だ。

聞こえているのは会えるはずのない声。

広がっているのは絶対に戻ることの出来ない景色。

――――だから、これは夢だ。


と、突然、平和な世界が焼けていった。

音を立てて崩れていく様を傍観して、思う。

これはやっぱり夢だ、こんな終わり方なんてしない、と。




気が付けば冷たい壁にもたれ、そのかたわらに頭痛を覚えていた。

晩秋の、あるいは初冬の寒さは尋常でない。

手足の先はかじかみ、まるでこの壁に点々と埋まっている石のようだ。

何か体の暖まるもの…………と周りを見回すが、ここは牢屋、たとえ無実であろうと、罪人に楽をする権利は与えられない。

無論ここにはお酒もない。

悲しいかな、僕の荷物は今、すべて槐様が持っているのである。


はるはまだ寝ていた。

仕方ないのでお情け程度に床に敷かれたわらをかき集め、格子編みの要領で編んで作った薄いござを背中にかけた。

すきま風が防げるだけでも大分違う。

しばらくして、外が騒がしくなり出した。

恐らく鬼たちが目覚めたのだろう。

と、いきなり看守のもりと松がやって来た。その表情は曇っている。


とくしゃだ、福知永史」


特赦――――国事などの特別な事柄で、罪人が釈放される事。

「……何があったんですか」

「まず王宮に行け。そうしたら解る」




王宮は牢屋を出て、すりばちの様になった崖の上にある。

上へ登っている途中、そこら中に漂う陰鬱なしょう気が気にかかったが、頭から振り払って進んでいく。


「…………っ」


王宮に辿り着いた僕が見たもの。

それは、壊れ、崩れ、潰れた王宮の残骸。

そしてその中心に座り込んだ、楓だった。


「何があったんだ……」

「櫻が……裏切った……!!」


涙を流しながら、楓は怒っていた。


「奴はずっと柊の臣下しんかだったのじゃ!!

オヌシの事も、もう柊に知れておる事じゃろうよ…………。

赦せん……あやつの事が、私は赦せん!」


何度も『赦せん』と叫び、嗚咽を漏らす。

そんな姿を見て、僕はしかし何も言えない。

心が締め付けられる様で、苦しかった……。




その頃――――――――榎は【漁河干物店】の前で、櫻、椿と集合した。

椿は、あの山岳ガイドを連れていた。

「へぇ、椿が人間を……」

「珍しい事もあるものですのね?」

「そんなに変かのぅ?」

「「変」」

「むぅ…………」


「おや、仲が良い事だね…………【鬼共】」

「「「!!」」」


そこには、永史の祖母・山狩チサがいた。

日本刀を携えて、殺気立っている。

「永史を返しな……と言ったところで、どうせ柊の手下なんだろう、無理は言わん。

その命、四半世紀振りに頂戴するよ……!」

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