第8話 鍵の行く先

 夜遅くはなったが、その日のうちに家に帰れた美香。

 子どもたちはすでに寝て、夫は喜んで出迎えてくれた。


「ママ、魔王は大丈夫だった?怪我はしてない?」


「ええ、大丈夫。普通に話の出来る人だったわ」


 夫に今日に顛末を説明しながら、スマホの画面を見せる。SNSに上畑郁夫うえはた いくおからのメッセージ。


『今日はありがとう、無事帰れた。近いうちに会って話をしませんか』


「美香ちゃああああん」


 ちょっと泣きそうな夫をなだめながら、返信して、日曜日に会って話すことにした。もちろん夫同伴で。





 日曜日、近くのファミレスで上畑と落ち合った。せっかくなので隆行と鹿野も呼んで、異世界仲間の交流会を開くことに。

 子どもたちは別テーブルで、ミックスジュース作りに嵌っている。


「浩平!飲んでからじゃないと、次のを作っちゃダメよ!」


「はあい。うは、このジュース変な色だ」


「浩平、変態色だな!」


「あはは、良平兄ちゃん、変態色だな!」



 もう何度目かになる魔王騒ぎの顛末を報告して、その後上畑からその後の事情をみんなで聞くことになった。


「俺があの急ごしらえの門をトラックで通り抜けた時、こっち側は砂ぼこりで視界が悪くて、最初どこか分からなかったんだ」


 門を無事通り過ぎたくらいで、トラックのタイヤが柔らかい土に埋もれて動きがとれなくなった。どうしようかと途方に暮れている時、砂ぼこりの向こう側から、数人の人影が現れた。


 その人影は人間で、帰れたことを確信してほっと力が抜け、ハンドルの上に突っ伏した上畑。するとその人影が……


「ガンガン窓を叩きやがって、ドアを開けようと思ったのに開ける前に窓をたたき割ってさ。どうやら俺、土砂の中に生き埋めになってたらしいのよ。で、何かの拍子にエンジンがかかって、土砂を突き抜けて出れたんだろうって。奇跡だって!」


 上畑のいた工事現場で、ちょうど転移の瞬間に、大規模な土砂崩れがあったのだ。幸いほかにけが人もいなかったが、一人離れたところにいた上畑がトラックごと土砂に飲み込まれた。

 しばらく崩落の危機が続き、二次災害を恐れてなかなか救出に向かえない。昼過ぎになって、ようやく埋もれた土砂を掘り返そうとしたところだったのだ。

 窓をたたき割られて呆然とする上畑を、救助隊は歓声を上げて抱きかかえ、トラックから降ろした。さらにそのまま有無を言わせず病院送りだ。

 半日土の中にいたため、様々な検査がされ1日病院に泊まり、ようやく解放されてここにいる。


「あの日の夜もなかなか許可が出なくてよ。看護師の目を盗んで高梨さんにメッセするの、大変だったんだぜ」


 そんな上畑も、退院してすぐに仕事に復帰する事ができた。もちろん、トラックの弁償など請求されず、逆に災害にあったという事で見舞金も出るらしい。

 文句を言いながらもご機嫌だ。


「そういえばそんなニュースを見たわね」


 美香も夫も、隆行も鹿野も、みんな大いに笑った。

 そして、食事も済んだテーブルの上に、今、三つの鍵が並んでいる。

 美香がヒマワリマートで借りている緑色のリボンの鍵。

 冒険者ギルドからもらったスミレ色のリボンの鍵。

 そして今回手に入れた茶色のリボンの鍵。


 アシドからこちらに戻ってくるときに、美香は一度この茶色い鍵を場所を意識せず使ってみた。本来はこの鍵とペアになるドーアの場所に行けるはずなのだが、意識しないままだとどこも開けることができなかった。あの場所には今は、やはりドーアはないのだ。

 けれども、ちゃんと意識して使えば、茶色いリボンの鍵で第4倉庫に移動することができたので、鍵はきちんと機能している。


「だからこれ、上畑さんが持っているといいと思うの。鹿野くんと上畑さんには今度、このスミレ色のドーアの場所に案内するから、一緒に冒険しましょう。それにほら、荒らしちゃった畑があるから、向こうの世界の人達にも少しは何かお詫びもしないとね」


 茶色のリボンの鍵を上畑に手渡した。

 さらに緑色のリボンの鍵を隆行に返す。


「これも、隆行さんにお返ししておきます。私にはこの鍵があるので、多分緑色の鍵は、次の持ち主の元へ行くのがいいんだと思います。ヒマワリマートの仕事は今まで通りに続けますが、もう向こうの世界での冒険者はお役御免ですし」


「そうか、そうか。じゃあこれは、由紀子店長に返しておこうかの」


 鍵は、きっと自分で探しているのだ。ぴったりとハマる持ち主を。

 人の良さそうな上畑の笑い顔を見ながら、美香は自分のスミレ色のリボンのついた鍵を、しっかりと握りしめた。

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