第2話 準備

 あまり高くない、すぐに乗り越えられる程度の土手の向こうに、大きい川が見える。大きいと言っても20メートルは無いだろう。流れも緩やかでさほど深くはなさそうだ。

 その川は今は白く濁って泡立っている。そしてその泡の中をうねうねと動き回る黒いウナギ。


「……ちょっと気持ち悪いわね」


「そうだな」


「イールは魔物ですが、食べられるので、この辺りの漁師も毎日のように獲りに来ています。だからこんなに大発生することは普通ないのですが……今は魔物の異常発生の時期ですので」


 沢山発生すればそれだけ豊漁で嬉しいだろう。

 何故この近くの漁師や冒険者が獲りに来ないのか……

 美香が首を傾げる。そんな美香に、ガットが足元の石を拾い、

「ちょっとやってみるぞ」

 と声を掛けてから、おもむろにその石をイールの群れに投げ込んだ。

 川の真ん中で群れの中に石が落ちたとたん、青い閃光が走った。


 バチッ!バババババッ!


 石を落ちたあたりを中心に、激しい音が広がる。


「イールは弱い雷の魔法を使うのです。一匹ならたいしたことはないのですが……」


 普段イールは水底の岩の間に一匹づつバラバラに隠れ、獲物がくれば電撃で動きを止めて鋭い歯で噛みつく。なので捕まえる時には、一匹かせいぜい2匹しか入らない小さな罠を仕掛ける。そうすれば引き上げるときに雷に当たっても少しピリピリする程度で済むのだ。


 だが、ここまで群れると一匹だけを捕まえることがそもそも難しくなる。罠を投げ込もうとしても、水面を探すのが難しいほどの混み具合。それに何かを投げ込むと衝撃に反応して当たったイールが雷を放つ。一匹が雷を放つと連鎖反応で、隣り合ったイールたち全体に広がるので。

 今もまだ、水面の白い泡の中でパチパチと青白い火花のようなものが散っている。


「これは、中に入ってドジョウ掬いみたいに捕まえるのは無理かしら」


 ……美香、どうやらこの中に特攻するつもりだったらしい。


 今日は移動で時間を使ったので、本格的な討伐は次に来た時だ。

 イールのうねる黒い背中を眺めながら、さてどうやって捕まえるべきかと頭を悩ませる美香であった。





 その日家に帰った美香は、晩御飯の後、夫に相談してみた。


「ねえ、ウナギってどうやって捕まえたらいいと思う?」


「え?今度はウナギなの?それは食べたいなあ!よし。待ってて。調べてみる!」


 嬉しそうにパソコンに向かった夫は、いくつかのウナギの捕まえ方を探してくれた。

 その中でも簡単に用意できるものを準備することに。そして次の討伐の時に持っていけるよう、いつもより少し大きなリュックに詰め込んだ。



 翌週の火曜日、登山用のリュックを背負って第4倉庫へと向かう美香。店からは買い物かごを数個借りてきた。獲れたウナギを入れる用だ。もちろんこれに全部のウナギが入るわけではないが、一日で取り尽くさなくても、何回かに分けて捕まえればいいわ、と気楽に構えている。


 みんなと合流して、早速海辺の町へと移動。今日は朝からだから、時間はゆっくりある。

 美香と同様にダダ達も色々と考えて道具を持ってきたようだ。

 土手の上にピクニックのように、いろいろな道具をひとつひとつ広げていく。


「さあ、色々試してみるわよ」


 今回も食材確保のため毒霧は封印だ。

 イールと美香たちの戦いが始まった。


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