異世界の春

第1話 海辺

 梅の花が匂う季節。美香が住む町は雪がほぼ積もらない地方なので、町ゆく人たちも徐々に重いコートを脱ぎ始めた。

 美香も軽いコートに変えて、今日も第4倉庫へと向かう。


 アシドに出ると、美しく晴れた黄緑色の空が広がっている。この世界は空中に満ちた魔力の影響で空の色が季節によって変わるのだが、冬は黄色っぽく、これからだんだん緑色に変わり、夏には真っ青な空になるという。


「花、おはよう。ダダもガットもズーラも、おはよう」


 今日はこのまま依頼を受けた討伐に向かう。今は毎回、花も一緒に。最初に見つけた頃は50センチしかなかった身長が、この2か月でぐんぐん伸びて今では60センチ以上。ガットとズーラに近付いた。手足も長くなり、みんなの歩きにしっかりついてこれる。

 うさ耳フードのパーカーを着て跳ねるように歩く花。最近はアシドでの生活にも慣れて、笑顔が多くなった。



 今回の依頼は、海辺の町だ。以前オークと間違えられた鹿野のいたドーアに出て、そこから南に向かってずっと歩き、今日中に町にたどり着くのが目標だ。途中1か所新しいドーアの位置を覚える。

 土曜日なので、小さな村には大きな鹿野の姿があった。


「あ、おばちゃん、こんにちは!」


 鹿野は前と変わらぬ巨体だったが、少しだけ動きが素早くなったように見える。

 美香がドーアから出てくると、畑から大きく手を振った。


「こんにちは。鹿野くんも来てたのね」


「ここの復興を手伝ったときに作った畑を、少しだけ貸してもらうことになったんです。見て!」


 綺麗に畝を作ってある畑には、何かの芽がたくさん出ていた。

 それを嬉しそうに指さしながら、汗をふきふき、また鍬を振りかぶって土を耕す鹿野。周りには他に何人も、妖精族や鳥族の可愛い人たちが、同じように働いている。鹿野もすっかりこの村に受け入れられたようだ。

 ほっとして、美香もまた歩き出した。



 風はまだひんやりと肌寒いが、歩いていれば身体も温まり汗ばむ。

 長閑な田舎道には時折魔物が出てくるが、たいていは美香の殺虫剤かレーキで片がつく。花もまた、日々の生活の中で冷凍の魔法だけでなく、小さな魔物であれば対抗できるように、長い棒を槍代わりに持って、時にはガットと一緒に戦っている。

 最近花はガットに棒術を習っているため、とても仲が良く、ガットもすっかりお兄さんのようになって、花を率先して連れ歩く。とても微笑ましい。


 そんな訳で全く危なげない楽な旅路だ。美香とズーラと、お喋り好きのダダは三人で賑やかに、最近のアシドの町の話題や料理について話しながら歩いた。

 アシドの美香の家で共同生活するようになってから、ダダは料理に興味を持ったらしい。それまではダダもガットもズーラも、気楽な独身貴族で冒険者でもあるので、簡単な野営料理は出来るが、町にいる時には各々外食で済ませていた。


 だが、花をあまり連れ歩けないことから、今は家で料理する事が多い。三人で色々と工夫しながら料理するうちに、凝り性のダダがすっかり夢中になってしまった。


「今度美香のパパさんが来た時に、一緒に料理するのが目標です」


「それは!すごく楽しみね」


 料理を作るようになって、アシドの市場で買い物をしていると、あの竜魚の切り身の噂も耳に入った。最初に流通した時は普通の買いやすい値段だった竜魚だが、その味の良さが評判になり、幻の竜魚として料理人に血眼で探されているらしい。

 山はまだ雪があるが、そろそろ氷も溶け出す頃と言う訳で、氷に閉じ込められた竜魚の討伐依頼も近く出るだろう。




 潮風の匂いがする。アシドから美香の勤務時間2日分の位置にある、海辺の町のドーアだ。

 ここのドーアは普通の家の玄関だが、家は今は空き家になっていて使われていない。

 位置だけ確認してから、今日は町の屋台で昼食を食べることに。

 美香もすっかりこの世界の食事になれた。元々大丈夫なものなのか、それとも美香の胃が丈夫なのか、特にお腹を壊すこともなく異世界料理を楽しんでいる。美香より小さめの人が多いので、食事も一口サイズのものが多く。いろいろ買ってみんなでつまんで食べるのも楽しい。


 楽しい昼食を終えて、いざ依頼が出ている場所へ。

「今回の魔物はイールです」

 海にそそぐ大きな川の河口付近の岸から、川を見る。説明を聞かなくても分かる。それは河口を埋め尽くすほどの、ウナギの大群だった。



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