第5話 童話の家

 ガットが、持っていた鍵で目の前の赤い扉を開けた。

 美香がギリギリしゃがまずに通れるくらいの入り口を抜けて中に入ると、玄関スペースと奥の部屋を区切るように、木の衝立が置いてあった。


「この国では、入り口で靴を脱いでから部屋に入るのが一般的です。美香は靴を脱ぐのに抵抗はありませんか?」


「あら、そうなんだ。私たちも家の中では靴を脱ぐわ。お邪魔します。このお家はガットの?」


 そう聞きながら、美香は靴を脱いで衝立の向こうに回った。その後に三人が続く。

 部屋の中央には、シンプルなテーブルセットが置かれている。

 その他は目立った家具もなく、一画に小さなキッチンらしいスペースがあった。

 ほとんど飾り気のない部屋だが、壁に小さい絵が一つ。奥の部屋に繋がっているらしき扉はこの世界の空のように柔らかい黄色で、ガットの家にしては可愛らしい印象だ。


 珍しそうにきょろきょろ周りを見ている美香に、微笑みながら三人がテーブルの上にポンポンと物を乗せていった。

 緑色の動物柄のクッション。小さな木の箱。さっき雑貨屋さんで気になっていた、いろんなサイズのカップ。

 そして、ガットが持っていた鍵。


「美香、私たちの世界へようこそ。ここがあなたの家です」


「魔王討伐の後でもらう予定の家なんだけど、ギルドから先に借りることにしたの。美香も荷物を置いたり、休んだりすることもあるでしょ?」


「これは、俺たちからの引っ越し祝いだ。受け取って欲しい」


 テーブルの上に乗せられたものをガットが指さす。

 クッションは触るとむにゅっと面白い手触りだ。中に何が入っているのだろう?

 小さな木の箱はスイッチがついていて、押すと音楽が流れだした。

 カップは美香にピッタリなもの、ガットやズーラにちょうどいいもの、この中ではきっとダダしか使えないだろうものもあった。


「湯を沸かす用の鍋と、水差しの魔道具はキッチンに置いています。私たち用のカップも買ってきたので、今度一緒にお茶しましょう」


 美香が座るのにちょうど良さそうな椅子がふたつ。サイズ違いの椅子がみっつ。


「生活するにはまだまだ物は足りないけど、これから徐々に増やしていけばいいと思うの」


「あ……ありがとう。なんて素敵……びっくりしたわ。本当にありがとう」


「さあ、奥の部屋も見て!」


 感動して言葉が詰まる美香。笑いながらガットとズーラが手を引いて、奥へと案内した。

 小さな可愛らしい家で、美香がジャンプしたら天井に手が届きそうだった。玄関の赤い扉は、三人が美香にピッタリの色だと、塗ってくれたらしい。


 黄色い扉の奥にはベッドルームとトイレとお風呂があって、ベッドは置いていたが寝具はなく、これも買い物リストに入れた。

 トイレの便座は美香からすると変わった形だが、座ってできるのは洋式便座と同じだ。大きな壺のようなものに、自分に合ったサイズの便座を乗せて使う。

 いろいろな家具が、どの種族でもどうにか使えるように出来ているのは、この街のどの家でもだいたい同じらしい。


 それはとても素晴らしい理念だと、改めて感心する美香だった。




「ここの所有権は、魔王討伐が終わるまでは冒険者ギルドが持っています」


 家賃も今はまだ必要なのだが、1年間分はギルドが負担するようにと、ダダが交渉してくれた。

 あまり大きい家ではないが、室内は広くゆっくりくつろげる1LDKの一戸建て、しかも童話に出てくるような可愛らしい外見。まるでドールハウスに迷い込んだかのような不思議な感覚がある。


 場所も、町の入り口の門に近いので安全面から言えばきっとランクは低いのだろうけれど、ギルドや表通りの商店街にも近く、暮らすには便利な場所だ。


 昼になってもいつまでも家のあちらこちらを覗いてはニヤニヤしている美香。

 残った三人は顔を見合わせる。ガットが、仕方がないなと笑いながら、そっと抜け出し、屋台に4人分の昼食を買いに行った。

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