第八十二話 男子高校生は親友と混浴する4

前話のあらすじ


宏海と一緒に風呂に入ったのに何もしなかったと怒るるちあ。就寝時間の後、ガールズトークで宏海がエッチしたがってると教えてくれる樹里亞。そして修学旅行二日目の夜、るちあと夕夜の計画に無理やり付き合わされて宏海が待つ風呂へ向かう。いざ入ろうとした俺の前に早瀬が現れた。


◇◇◇


 悪友は最悪のタイミングで登場する。

 るちあが企てた『修学旅行でカップル風呂大作戦』にどういうわけか強制的に便乗させられた俺がやっと自分の気持ちに折り合いをつけて、さぁ宏海ひろみの待つ風呂へ向かおうとした矢先に早瀬はやせが現れた。

 どうやらヤツは日頃の悪行が祟って女風呂を追い出されたらしい。ざまぁ……と罵って手を叩いて喜びたいところだけど、残念ながらこのタイミングはまったくもって嬉しくない。


 これから男と二人で風呂に入るのだとバレたらなにを言われるかわからない。それに、せっかくの二人きりの時間を邪魔されたくはなかった。

 俺と同じく大浴場を追い出された境遇の早瀬には悪いけど、ココは遠慮してもらおう。


「それがさぁ、一人先に入ってるんだ。三人で入るにはちょっと狭いから、悪いけど俺らが出てからにしてくれよ」


「先に入ってるって、あの美人の樹里亞じゅりあちゃん? それともおっぱいのデカイるちあちゃんか? 彼女たちとなら狭くてもぜんぜん苦にならないぜ……ってゆーか狭い風呂大歓迎だ。肌擦り合うも他生の縁って言うじゃねぇか」


 言ってることはオヤジ臭いが中身はエロオヤジそのものの女子高生『早瀬はやせ もえ』が、ニヤニヤしながらいかがわしい想像を巡らせる。大勢いる恋人のうち何人かは一緒に修学旅行にきてるくせに、俺の婚約者と女友達をネタに嫌らしい妄想をするんじゃない! それに擦り合うのは肌じゃなくて袖だ!

 まぁ、どっちにしろコイツの妄想は現実しないけどな。

 るちあは今頃隣の風呂で彼氏と洗いっこの真っ最中だろうし、樹里亞に至っては俺たちには入れない大浴場で汗を流してるところだ。そう言ってやりたかったけど『じゃぁ、入ってるのは誰だ?』って聞かれたら答えるのが難しい。

 中にいるのが男だと言ったら早瀬はどんな顔をするだろう? 俺には面倒な未来しか想像できない。かと言って女子だと言えば自分も一緒に入ると言って聞かないだろう。


「いいか、誰にも言うなよ?」


 仕方ない。ココは正直に言って、早瀬の出方を伺うことにする。相手が男だとわかれば、少なくとも一緒に入りたいとは言わないだろう。


「中にいるのは俺の親友だ。『松崎まつざき 宏海ひろみ』だよ。知ってるだろ? 両腕が使えないから風呂入るのに介助がいるんだけど、俺のためにケガしたようなものだから俺がやることになったんだ。まぁ、一緒に男湯には入れないから、こうして部屋風呂を借りてるってワケだよ」


「ちょっと待てよ! いくら介助って言ったって男女で一緒の風呂に入るなんて、おかしくねぇか?」


 案の定、早瀬が予想通りの反応をした。

 ここで俺はワザとびっくりして、さも心外だという表情で否定する。


「バっ! お互い水着で入るんだよ! 当たり前だろー? なに考えてんだよ! 介助なのに裸で入るワケないだろー!」


 ホントは全裸だけどな……。


「なーんだ。つまんねぇ」


 思った通り、早瀬は急に興味を失ったようだ。

 ホントにつまらないことで時間を食ってしまったけど、さっさとやることをやってしまおう。


「じゃぁ、ちょっと介助してくるから、悪いけどお前はどこかで時間潰しててくれ。出たら携帯で呼ぶよ」


 そう言いながらドアを開けて部屋に踏み込む。聞いていた通り教員たちは飲み会に出かけていて誰もいなかった。

 そう、ちょっと介助するだけだ。決して宏海のデカいアレに興味があるワケじゃない。

 しかし、閉めようとしたドアが途中で何かに引っかかって止まってしまった。

 視線を落とすとドアに男物のサンダルを履いた細い足が挟まっている。視線を戻すと、隙間から嫌らしい笑顔を貼り付けたような早瀬の目が覗いていた。


東條とうじょう。中にいる親友って、あのデカいヤツか……」


「デッ! お前、どうしてデカいって知ってるんだよ?!」


 宏海のアレがデカいことを知ってる人間は限られる。女なら数えるほどもいないハズだ。それなのに、早瀬が知ってるとしたらこれは由々しき問題だ。


「知ってるさ。何度か会ってるしなぁ。ホテルでも会ったし……」


 なん……だと?


「宏海とホテルに行っただとぉ? それはいつの話だ?」


「何言ってんだ? 東條。お前がメールを送ってきたあのホテルだよ。忘れちまったのか? お前、なんか変だぞ! なにか俺に隠してるだろう?」


 早瀬の目が一瞬輝いたように見えた。

 しまった! 冷静な判断力を失って余計な事を言ってしまった。


「何ワケのワカンねぇこと言ってるんだ? 早瀬。隠すことなんかあるワケないだろう!」


「………………」


 しかし、ヤツはニヤニヤとイヤらしい笑いを顔に貼り付けたままなにも言わない。。


「早瀬! 俺を疑うのか? 俺たち親友じゃなかったのかよ!」


「………………」


「ホントだってば。何も隠してなんかないよ!」


 俺が誤魔化そうとすればするほど、早瀬の瞳が疑惑に輝く。

 必死にドアを閉めようと頑張ってるけど、小さなドアノブを握って耐えてる俺に対して、両手でドアの縁を掴んで引っ張る早瀬の方が圧倒的に有利だ。おまけにコイツ、残った足を壁に突っ張ってドアをこじ開けようとしていやがる。このままじゃ分が悪い。

 俺も片脚を壁に当てて脚力と体重をかけて抵抗した。


 ショートパンツ姿の女子高生が二人、片脚を高く上げたはしたない格好でドアを引っ張り合っている。でも、そんなことを気にしている余裕なんかない。ちょっとでも気を抜いたら負けてしまうからだ。まぁ、非常事態じゃなくたってそんなことを気にする俺たちじゃないけどな。

 しかし、このままじゃいつまで経っても決着がつかない。俺には時間が限られてるのだ。ノンビリしてたらせっかくの二人きりのお風呂タイムが終わってしまう。

 こうなったら仕方ない。奥の手を使わせてもらおう。


「早瀬! 隣は女教諭の部屋なんだけど……そっちの風呂には今、るちあが入ってるんだ。お前の好きな巨乳のるちあだぞ。もともと俺と入る予定だったから、ノックすればドアを開けてくれるハズだ。良かったら入ってきてもいいんだぜ。早く行かないと出ちまうけどな」


 俺は可能な限り下品な笑顔を作って早瀬を謀る。

 るちあを餌にして早瀬を退かす作戦だ。ヤツがまんまと騙されて手を離したら、ドアを閉めて内側から鍵をかけてやる。

 るちあは隣で風呂に入ってるけど、今頃は夕夜と二人でエッチの真っ最中だろうから、呼ばれようがノックされようがドアを開けるハズがない。慎重な二人のことだから鍵をかけ忘れてるなんて心配は無用だ。

 さぁ、早瀬。オヤジのような助平根性で早くドアから手を離すんだ!


「そいつぁイイ事を聞いた。さっき渡された鍵って、そっちの部屋のだったのか。じゃぁ俺は遠慮なく彼女と湯船でイチャイチャするぜ」


 そう言って早瀬はドアから手を離し、挟まったサンダルを引っ込めた。

 ちょっと待て! 鍵を渡されただと? でも、考えてみればヤツだってもともと女性教諭の部屋の風呂に入るように言われてきたんだから、教師から鍵を渡されていても不思議じゃない。


「お前は彼氏と楽しんでこいよ」


 そう言って、ドアの隙間から早瀬は見えなくなってしまった。

 ヤバいっ! 今、隣の風呂のドアを開けたら大変なことになる。


「ちょっと待てっ! 行っちゃダメだ!」


 俺は慌ててドアから飛び出した。

 しかし、一階の廊下は人っ子ひとり見当たらない。隣の部屋の前にも……だ。

 ハッとして後ろを振り返ると、開いていたハズのドアが目の前で閉まり、ガチャリとロックされる音がした。


 一瞬、俺の脳がフリーズする。


 騙された! 早瀬は隣の部屋に行くフリをして油断させ、俺が飛び出した隙に入れ替わって部屋に入ったんだ。隣の鍵なんて最初から持ってなかったに違いない。

 焦った俺はドアを何度も叩く。


「なにすんだよ! 早瀬! 開けろよっ! 開けろって!」


「お前が女友達を俺に差し出すワケないだろう? なんだか知らねぇが必死に俺を追い払おうとしてるのを見たら我慢できなくなったぜ。ちょいと味見してくるから、そこでおとなしく待ってな」


 ドアの向こうからくぐもった声がそう言って、それっきり静かになった。

 顔から音をたて血の気が引いていく。


 なんでこんなことになった?


 宏海を風呂に入れてやるだけ……そのつもりだったのだ。いや、まぁ、ちょっとはロマンチックな展開を考えたりもしたけれど……なにもないなんて変だって、るちあにも言われちゃったし。

 でも今、宏海と風呂に入ってるのは俺じゃない。『早瀬 萌』だ!

 早瀬はレズビアンの原理主義者だし、付き合ってる相手は沢山いるけど全員女だ。それに今までヤツの口から男の話なんか一度も聞いたことがない。


 しかし……だ。

 今までなかったからと言って、この先も変わらないという保証はない。

 樹里亞とのエッチを夢みたり、るちあの巨乳に顔を埋めて喜んでいた俺だって、いつの間にか宏海を好きになってしまってたんだ。早瀬だってそうならないとは言い切れない。

 それに、ヤツの彼女の一人である『堂本どうもと 百合ゆり』も、早瀬が男に魅かれることをとても心配していたじゃないか。


 おまけに今の宏海は怪我で両手両腕をギプス拘束された上に、一人じゃ立ち上がれない状態で湯船に浸かっている。当たり前のことながら『全裸』で……だ!

 もしも早瀬が宏海に興味を持ったとしたら、今の彼は格好のオモチャにされてしまうかもしれない。レズとは言え早瀬は類い稀なるエロテクニックの使い手。正しい知識さえあれば男子高校生の一人や二人、あっという間に陥落させてしまうだろう。


 そんなのダメだぁ!


 宏海は中学で出会ってからずっと俺の親友なんだぞ。

 今までいろいろあったけど俺のことをいつも構ってくれたし、遊んでくれたし、ピンチの時には命懸けで闘ってくれた。そして俺のことを『女として好き』だって言ってくれた。

 人前で裸になったりレズハーレムを作って君臨するビッチで巨乳の俺女オレオンナなんかに宏海を取られてたまるもんか!


「開けろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 悲痛な叫びが喉を枯らし、両手が痺れて痛みがわからなくなるまでドアを叩いた。それでも開く気配はない。

 宏海は俺のことが好きで、俺とエッチしたい――改めて言うと恥ずかしいけど――ハズなんだ。俺以外の女に惹かれるワケない。

 俺は自分のぺったんこな胸に両手を当てて思い出す。

 そうだ。宏海は小さい胸が好きだった……よな? 夕夜の家でぺったんこの女優のAVを観てたし、俺や美鶴がぺったんこの胸――美鶴は男だから当たり前だけど――で抱きついたらアレがすっごく勃起してた。ということは早瀬のデカイおっぱいには反応しない……ハズだよな?

 待てよ。小さい胸が好きだからと言って、必ずしも大きい胸が嫌いだとは限らない。もしかしたら大きさにはこだわらない派なのかも知れない。いや、逆に『小さくてもガマンできる』的なニュアンスだったとしたら……。

 あるいはあのAVがホントは夕夜の趣味で、宏海は単に付き合って観ていただけだったとしたら? ぺったんこの胸が好きなんじゃなくて、病室ではなにか別の要因で勃起してたんだとしたら……。

 イヤな想像が次々と頭の中に湧いてくる。


 ヤツがドアを閉めてからどれだけ時間が経っただろうか。

 もし、風呂場を覗くだけならもうとっくに出てきてるハズだ。あまりに遅すぎる。


 ドアの向こうからかすかに物音が聞こえた気がした。

 耳をあててじっと息を殺していると女の声が聞こえる。小さくて聞き取れないけど明らかに話し声じゃない。なにか、呻くような声……。そしてまた物音。


 なんだ? 中でなにが起こってる?

 俺の脳内で、部屋の内部の光景が鮮やかに映像化されてゆく。ドアの向こうは靴を脱ぐための三和土たたきになっていて、廊下の右手のドアを開けると狭い脱衣所がある。その奥の磨りガラスのドアには裸の男女が抱き合ってうごめいていた。

 おもむろにそのドアを開け放つ。浴室には湯船の縁に腰掛けた宏海がいて、彼の膝の上には女が跨って首に両腕を回していた。顔は見えない、だけどあのショートヘアは早瀬だ。全裸の早瀬の尻に、いつの間にか怪我が治っている宏海の指が食い込んで彼女の身体を激しく揺すり続ける。

 早瀬は、今まで聞いたことがないような嬌声をあげて宏海の首にしがみつく。両脚は彼の腰に巻きついていた。


「ギャァーーーーーーーーーーっ!」


 脳内の映像を叩き壊すために、肺いっぱいに吸い込んだ空気の全てを叫び声に変える。

 ありえない! 宏海があんな女とするハズがない!


 人気のない夜の廊下で、俺は閉まったままのドアを必死に叩き続けた。

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