第七十七話 男子高校生は後輩と彼氏を取り合う2

前話のあらすじ


美鶴ちゃんのお姉さんが宏海の初恋の女性だと知ってがく然とする俺。そのお姉さんが結婚してると聞いて安心したのに、美鶴ちゃんは宏海を賭けて勝負を挑んできた。ベッドに縛り付けた宏海に交代で抱きつき、先に完全ボッキさせた方が勝ちだ。彼女が失敗してついに俺のターンがやってきた。


◇◇◇。


 松崎まつざき 宏海ひろみは中学校以来の俺の親友……いや、大親友だ。

 男らしくなりたくて、幼なじみの樹里亞じゅりあとあまり遊ばなくなった頃、俺をあっちこっちに連れて行ってくれて、時には守ってくれた存在……それが彼なのだ。

 最近では、女として日常を過ごすようになった俺を狙って、あの男……郷島ごうじま しょうが再び現れた時、命を懸けて俺を守ろうとしてくれた宏海。

 そして、もう男同士の付き合いはできないと絶望していた俺を『女として好きだ』と言ってくれた宏海。


 そんな宏海との関係が、今また脅かされようとしている。

 彼の幼なじみで、俺よりも彼のことを想っていると言う美少女の美鶴みつるちゃんだ。彼女は宏海と付き合うためなら手段を選ばないだろう。

 俺も本気になって戦わなければ、彼を奪われてしまう。勝つための条件は5分の制限時間内に『宏海の股間を完全ボッキさせること』!


◇◇◇


「ちょっ! 雪緒ゆきお。なにしてんだ?」


 宏海が慌てて叫ぶけれど、俺はそれに答えない。いや、答えることができない。詳しい事情を説明してしまうと公平な勝負にならないから。だから、美鶴ちゃんが初恋の女性ひとの妹だということも明かしていない。

 宏海は入院中のベッドの上で両手足をパイプに拘束されて、理由もわからないまま二人の女の子からエッチなアプローチを受けるのだ。

 先攻、美鶴ちゃんの攻めは凄かった。宏海の耳や首筋にかぶり付いたり、おそらくエッチな言葉を耳元で囁いたりしてフィジカルとメンタルの両方から宏海を刺激した。その度に彼の下半身はすっごく反応してた。

 でも、まだまだ完全じゃない。


 俺はとりあえず、美鶴ちゃんがやってたようにベッドに乗って彼の腰の辺りにまたがると、胸に体をあずけて彼の首の横に顔を埋める。

 今までなんども抱きついたことはあったけど、自分から……しかも、彼を興奮させるためなんて初めてだから、緊張と恥ずかしさで心臓が今にも爆発して壊れてしまいそうだ。

 落ち着こうとしてゆっくり深呼吸すると、東陵祭で狭いロッカーに一緒に隠れた時に嗅いだのと同じ匂いが鼻腔をくすぐる。それを胸いっぱいに吸い込んだら、まるで魔法にかかったみたいに緊張が解けた。

 美鶴ちゃんもさっきこれを嗅いだのだ。そう考えると一瞬で闘争本能に火が付いた。


 体を起こして彼の股間を振り返る。パジャマの股部分には相変わらず低いピラミッドが構築されたまま。

 時計を見ると1分ちょっと経過していた。

 ふたたび彼の体に抱きつきながら頭の中で作戦の細部を修正する。美鶴ちゃんは『言葉責め』という高度なテクニックを駆使してた。俺はそんな技なんか持ってない。でも、俺には『後攻』という利点があった。


「ねぇ、さっき美鶴ちゃん、宏海になんて言ってたの?」


 耳元に唇を寄せて聞いてみる。しかし答えは返ってこない。

 俺には言えないほどエッチなことを言われたってワケか。


「なにを言ったのか知らないけどさ、彼女が言ったことぜんぶ俺が代わりにやってあげる」


 どうだ! 先攻が使った技を再利用する超必殺技。名付けて……ええと、なんて名付けようかな? 『必殺リサイクル』とかダサいし、『必殺後出し攻撃』とか卑怯っぽいし……。

 いや、今そんなことを考えてる暇はない。この攻撃でピラミッドは完璧になったハズ。

 そう思って宏海の股間を振り返ったけれど、どういうワケかボッキ度はほとんど変わっていない。

 よし、もっともっと攻めてやる。


「どうしたの? 宏海。ああ、そうか。もっとやって欲しいことがあるんだね。美鶴ちゃんでも言えないようなことなんだね。もぉ、エッチなんだからぁ。でも……いいよ」


 これならどうだ?

 自信たっぷりに振り返るけど、宏海の股間に変化はない。

 どうなってるんだ?


 落ち着いて彼を観察すると、全身の筋肉が強張って体がプルプルと小刻みに震えてる!

 まさかこいつ、ガマンしてるのか? 俺が必死になってボッキさせようとしてるのに、抵抗するつもりなのか?


 時計の針はいつの間にか残り2分を切っていた。このままじゃヤバイ。


「宏海! なにガマンしてるんだよ!」


 もしかして、俺よりも美鶴ちゃんの方が好きなのか?


 そう思ってしまったら、目の前が真っ暗になってなにも考えられなくなった。

 美鶴ちゃんは彼の初恋のひとの妹で、当時の彼女にそっくりらしい。男って、初恋の女性を一生忘れられないものだって聞いたことがある。

 もしそうだったら、俺に勝ち目はあるのか?


 相変わらず宏海は黙ったままなにも言わない。

 なんだその男らしくない態度は! 俺のことを『女として好きだ』って言ったくせに、好みの女の子が目の前に現れたら手のひら返すみたいに態度を変えるなんて!


 心の中に瞬時に怒りの感情が湧きあがった。


 よくわかった! お前がそのつもりなら俺は身を引いたっていい。でも、大人しくはしてやらないぞ。


「宏海。俺を見ろ!」


 眼帯で覆われていいない右目の瞳がゆっくりと開いて俺を見る。そのタイミングを逃さないように、キャミソールの裾を掴んで一気に脱ぎ捨てた。


「ちょっ、やめろ。雪緒!」


「雪緒せんぱい、なんてことっ!」


 やめろと言われてやめるヤツなんていない。それに俺の下着姿なんて何度も見てるだろう? さっきだって、洗面台の鏡で俺の胸が見えてたかもしれないのに……。

 美鶴ちゃんの非難の声が聞こえるけど、禁止されているのはキスと股間のアレへの直接攻撃だけだ。


 ……って、あれ? 洗面台?


 さっき洗面台を使ったのは、宏海が吹き出したプリンを浴びたからで、俺はキャミソールとブラをとって染みを落として、それから……ええと、どうしたんだっけ?

 ふと顔を上げて病室の洗面台に視線を向けると……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!

 そこには、染み抜きをして湿ったままの俺のピンクのブラが置き去りにされていた。

 視線を下ろすと、ちょっとだけ突き出したトップレスの胸の先端が……。


「ギャーーーーーっ!」


 またもや女らしくない悲鳴をあげて両手で胸を隠す俺。


 さっきも見られたけどね! いよいよとなったら見せることだって考えなかったワケじゃないけどさっ!

 でも、その前に見せる覚悟っていうかなんていうか……。


 夏の水泳授業でトップレスの俺の胸に猛烈に反応してたのを思い出す。

 見せたくて見せたワケじゃないけれど、見られたからにはちゃんと反応してもらわなきゃ困る。

 確信をもってチラッと宏海の股間を振り返った。


 ……ところが、宏海の股間はそれほど大きくなっていなかった。

 なぜだ? 胸でボッキするんじゃなかったの?

 もしかして、すぐ隠したのがダメだった?

 それとも、まだガマンしてるのか?

 まさか、もう俺の胸を見てもなんとも思わない……なんてことはないよな!

 でも、もしそうだとしたら……。


 自分でもよくわからない感情で胸がいっぱいになってしまって、頭の中はバラバラ。てんで思考がまとまらない。

 でも、大事なことはハッキリしてる。こんな状態のまま、宏海を渡すワケにはいかない。

 そのためにやるべきこと……。


 俺は胸から両手を離し、ゆっくりと頭の後ろで組んだ。宏海の目の前に裸の胸を突き出すようなポーズになる。

 覚悟はできてるつもりだったけど、恥ずかし過ぎて、固く閉じた瞼を開けることができない。

 深呼吸しながら頭の中で数秒数えて振り返った。しかし、宏海の股間に変化はない。中途半端に低いテントができあがっているだけだ。

 やっぱり俺の胸パワーではだめなのか?


 肌に突き刺さるような羞恥心に耐えながら、彼の顔に視線を移すと……なんてことだ。宏海が目をつぶってる!

 俺がこんなに恥ずかしい思いをしてるって言うのに、なにしてるんだよ! お前が見なきゃ意味ないだろ!

 眼帯で覆われていない右目のまぶたを無理やりこじ開ける。しかし、瞳がぐるっと上を向いたままで、たぶん俺の姿は見えていない。


「見ろよ、宏海! 好きなら俺を見て!」


 しかし彼の瞳は動かない。

 ハッと思い出して時計を見ると、制限時間までわずか15秒に迫っていた。

 もはや躊躇してる暇はない。こうなったら実力行使だ。


 俺は宏海の頭の左右に手をついて、彼の顔に裸の胸を押し当てた。

 胸の押し付けは美鶴ちゃんの真似だけど、直接触れればもっと効果はあるハズだ。おまけに俺のサイズはパッド入りとはいえ65のAカップ。AAAカップの美鶴ちゃんよりも間違いなく『大きい』ハズ。

 包帯だらけの宏海のわずかに露出している頬。その素肌の部分に胸を押し付けてゆっくりと擦り付ける。

 今日はまだ剃っていない彼の髭が裸の胸に当たってチクチクする。

 この勝負が終わったら俺が剃ってやろう……そう思いながら彼の頬に体を預けていると、くすぐったいような満足感が体の奥から湧き上がってきた。

 もう、勝負なんてどうでもよくなってきて、今はただ、宏海に抱きついていられる幸せだけを全身で感じていた。


「雪緒! 当たる……肋骨が……」


 俺の気持ちを踏みにじる一言が浴びせられる。

 なんだとぉ! こんなに恥ずかしい思いをしてるというのに、この胸の感触がお前にはわからないのか?


「当ててんだよ!」


 上半身にさらに体重をかけて胸を彼の頬にグリグリと押し付けてやる。

 お前はAよりAAAの方が良いっていうのかよ!

 ぺったんこの胸の方が価値があるっていうのかよ!

 そんなの……そんなの、ロリコンじゃないか!


 ここで俺は気がついてしまった。

 もしかして宏海の股間が美鶴ちゃんに反応してたのは、彼女の胸がぺったんこだったからじゃないだろうか。

 そう言えば去年、夕夜の家で行われたアダルトビデオ鑑賞会で宏海たちが観ていたのは、まるで男みたいに胸がぺったんこのAV女優の動画だった。あんな胸のない女性の裸を観て何が楽しいのかと思ってたけれど、あれがもしも宏海の趣味だったとしたら……。

 そして、プールで俺の胸を見て股間をボッキさせていたのも、俺のことを『女として好きだ』と言ったのも彼が単に『ぺったんこ好き』だからだとしたら……!


「きゃーーーーっ! なにしてんの、雪緒ちゃん?!」


 女の子の叫び声で我に返った。視線を上げると病室のドアのところに宏海の妹……『松崎まつざき 真琴まこと』が立っていた。


 羞恥心に全身が燃え上がりそうになって、慌てて胸を隠す。


「どうして真琴がここに? 今頃は学校のハズだろっ?」


「今日は面談があったから授業が早く終わって……ってそんなことより、一体なにしてるのよ?!」


 俺は片腕で胸を隠しながら苦労してベッドから降りた。

 女同士なのだから見られて困ることはないけど、中学生とは思えない巨乳の真琴にこの小さな胸を見られるのはなんとなく屈辱だった。

 でも、なんて説明したらいいんだろう。馬鹿正直に『宏海を懸けてセクシー勝負をしてました』なんてとても言えない。


「雪緒ちゃん。この人ダレ?」


 なんて説明しようかと考えていたら、真琴の目は部屋の隅に俯いて立っていた美鶴ちゃんに留まった。


「そのは、宏海の幼なじみで『結城 美鶴』ちゃんだよ。この間、宏海が病院を抜け出してうちの学園祭に来ちゃっただろう? あの時、俺たちを助けてくれたんだ」


「ゆうき……みつるぅ?」


 俺の説明を聞いて真琴は訝しげな声を出した。そうか、宏海の幼なじみということは、妹の真琴が知っていてもおかしくない。

 でも……なんだか様子が変だ。

 ツカツカと歩み寄って顔を覗き込もうとする真琴と対照的に、美鶴ちゃんは表情が見えないくらい俯いて、小さく縮こまってしまっている。

 ひょっとしてこの二人。過去になにかあったの?

 真琴から見れば美鶴ちゃんは兄の元カノの妹で、ブラコンの彼女にとっては楽しくない相手なのかもしれない。だとしたら、この二人が顔を合わせるのは良くないハズで……。


「結城道場の『ミツル』じゃないかぁー! おまっ、なんでそんな格好してるんだ?」


 まるで話が見えない俺を置き去りにして、真琴が美鶴ちゃんを指差しながら叫ぶ。

 それを聞いて、ベッドに拘束されていた宏海がギプスで固定されてるハズの首を持ち上げた。


「結城道場の『ミツル』だとぉっ?!」


「結城道場っていったいなんだよ?」


 俺はなんとか話の流れに飛び込んだ。

 放っておいたら取り残されたままになってしまう。


「結城道場っていうのはね、あたしとヒロが小学生の頃に通っていた合気道の道場なの。そこで道場の師範の娘と仲良くなって一緒に練習してたんだけど……」


「そうか! それが美鶴ちゃんなんだ!」


 だから真琴は一目見てわかったのか。そう言えば、公園で男たちに囲まれた時に美鶴ちゃんが見せた強さも、彼女が合気道場の娘だと言われれば納得がいく。


「違うわよ! 先生の娘は『美鈴みすず』さんっていって、あの頃、ヒロが熱を上げてた……ううん、そんなことどうでもいいわ! ここにいるのは美鈴さんじゃなくて、美鶴みつるっていう『弟』の方よっ!」


 は?

 一瞬、俺の思考が停止する。


 ええと……美鈴さんが道場の先生の娘で、美鶴ちゃんは弟の方なのか。ということは、ここにいる女の子は美鈴さんってこと?

 いや、違う。美鈴さんは俺たちが小学生の頃に中学生だったわけで、今はもう高校は卒業してるんだから……ええと、どういうことだ?


 目の前の美鶴ちゃんは実は『男の』だったのか!

 ……ってことは、今まで男を相手に宏海の取り合いをしてたってこと?!


 俺はその場にガックリと崩れ折れた。

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