第四十五話 男子高校生は素敵な男の子と出会う5

前話のあらすじ


どうして俺が早瀬に好かれるの? ああ、わかった。これが世に言う『男の友情』ってヤツなんだな。え? 違う? なにがどう違うって? 逃げる途中に偶然見つけたるちあの手を借りて、俺たちはなんとか街から脱出することに成功した。イヤがる早瀬にむりやり女装をさせて。


 ◇◇◇


 本人に言うとイヤがるだろうけど、早瀬はやせの顔は女装向きだ。あんなに髪が短いのに、女物の服を着てバッチリメイクしてやると、もうどこから見ても男には見えない。

 我が校の女装ミスコン『新ミス東陵コンテスト』に出れば入賞間違いなしだろう。ちなみに昨年秋に優勝した現在の新ミス東陵はこの俺である。


「早瀬くんの話なのに、なんであなたがドヤ顔なのよ?」


 ヤベぇ! 顔に出てたか?


 俺の顔に容赦ないツッコミを入れるのは幼なじみであり、俺の婚約者でもある樹里亞じゅりあだ。

 一学期にほとんど水泳の授業に出なかった俺は、夏休みの前半を使って水泳の補習授業を受けることになっていた。補習の生徒は俺の他に一人だけ。それが早瀬だった。

 日焼けに弱いのか、俺と同じラッシュガードを着ていた。


 俺は早瀬との出会いを樹里亞に話して聞かせる。どちらが女っぽいかなんてくだらない話から口論になって、プールで殴り合いの喧嘩をしたことを話すと、樹里亞は目を丸くして驚いた。


「それでさ、仕方なくダメになったラッシュガードの代わりを買いに行ったんだ。保健の先生に二人の責任だから二人で買ってきなさいって言われてね。そしたら、そこでも声をかけられて大変だったんだよ!」


 俺は、話しながら樹里亞の表情を伺う。

 ナチュラルメイクを施された美しい顔をわずかに傾けて、樹里亞は俺の話を聞いている。夏らしいワンピースはまるで幼い少女が着るようなデザインなのに、長身でモデル体型の彼女が着ると途端に妖艶なイメージのドレスに変貌する。

 今日も彼女は変わらずで、俺のイタズラ心にちょっとだけ火がつく。

 早瀬に『好きかも』って言われたことを話したら、彼女はどんな顔をするだろう?

 不快に思うだろうか? それとも嫉妬するだろうか?


「そいつらから逃げ回ってる時にね。狭い路地に入っちゃったんだ。二人で隠れるとギュウギュウでさ。抱き合うみたいになって隠れてたら俺の背中になにかが当たってて『痛い』って言ったら、腰をぎゅっと抱き寄せられて……」


 話を聞く樹里亞の表情は変わらない。


「そしたら、早瀬が『お前のこと好きかも』って言うんだよ。男同士だっていうのに、変なヤツだろう?」


「好きって言われたの? 良かったわねぇ」


 そう言って樹里亞は優しく微笑んだ。

 あれ? 嫌がらないの? 怒らないの? ひょっとしてもう俺のことなんかどうでもいいのか?


「早瀬くんって、今日も補習なの?」


「うん、俺より一時限多いんだよ」


 俺がエアコンの効いたカフェで愛しの樹里亞とデートしてる時、早瀬のヤツは体育教官の菅野かんのと二人、炎天下のプールで楽しく補習授業だ。ヤツの悔しそうな顔が目に浮かぶ。


「ちょっと見に行ってみようか」


 樹里亞が唐突にそんなことを言い出した。

 せっかくの夏休みに毎日のように通わされた学校。そこに今日も行くのはダルいことこの上ない。おまけに今は樹里亞との大事なデートの真っ最中なのだ。なにが悲しくて炎天下の中を男の水着姿を眺めに行かなくちゃならないのか。

 正直言って行きたくない。


「早瀬くんがどんな子なのか気になるの」


 俺の表情を読んだのか、樹里亞がそんな言葉をつけたした。

 それって、彼氏に『好きかも』なんて言った相手がどんなヤツなのか気になるってことだよな。これはつまり『嫉妬』だよな。

 さっきまでの暗黒の気分が一気に晴れて、俺の頭上にいく筋もの光が射し始めた。


 そうだろう? 誰だって自分の彼氏が他の男に『可愛い』だとか『好きかも』だとか言われたら心中穏やかではいられないハズ。

 ちょっと不謹慎な気もするけど樹里亞が関心を持ってくれたことで、俺はなんだかいい気分になっていた。

 樹里亞には、俺がどれだけカッコいいヤツに好意を持たれたのか見せてやる。

 そう言えば早瀬のヤツも、俺に婚約者がいるって言ったら嘘つき呼ばわりしやがったな。俺の自慢の幼なじみを見せつけてヤツを黙らせてやる。


「仕方ないなぁ。樹里亞がそこまで言うなら……行くか」


 氷が溶けかけたコーラを飲み干して、俺は勢いよく席を立った。


 ◇◇◇


「誰もいないじゃない」


 セミの鳴き声とトラックを周回する運動部の掛け声だけが聞こえる閑散とした学校。

 わざわざ電車に乗ってきてみたけれど、プールサイドにも水中にも早瀬はいない。それどころか体育教官の菅野の姿もなかった。


「もう終わっちゃったんじゃないの?」


 プールサイドの柵から身を乗り出して樹里亞がポツリと言う。時計を見るとまだ授業開始からそれほど経っていない。

 熱射病の危険があって補習が延期になったとか、あるいは菅野が体調を崩して休みになったとか……ひょっとして早瀬になにかあったのだろうか? まさか、街で俺たちを追いかけたあの連中に襲われたりしてないよな?

 そう思い始めると、なんだかイヤな予感がしてきた。


「ちょっと見てくる」


 樹里亞にそう言って、俺は校舎の中に飛び込んだ。

 教師に聞けばなにかわかるかもしれない。そう考えて職員室に向かう。夏休みのせいかエアコンが止まったままの廊下は蒸し暑く、途中ですれ違う者もいない。

 職員室を覗いたが当然のように誰もいなかった。


 念のため屋内からプールに向かう廊下を辿ってみる。

 どうしてだか、理由もなくイヤな予感だけが膨らんでいく。


 プールへと続く階段の手前のドアを開ける。俺が補習の時に使っていた水泳授業専用の更衣室だ。男子用の更衣室を覗き込むと、手前のロッカーに一箇所だけ制服が置かれているのが見えた。

 この時間に更衣室を使うのは水泳の補習を受けている早瀬だけのハズだ。

 早瀬はいつも俺より遅れてやってくる。ヤツが先にプールにきたのは補習の初日だけだ。そして授業が終わると一目散に帰っていってしまう。そう言えば俺は早瀬が着替えているところを見たことがなかった。

 ここに着替えがあると言うことは、ヤツはやっぱり水泳の補習にきたんだ。でも、いったいどこにいるんだろう?

 もし、この更衣室で着替えた後になにかの理由で水泳が中止になったのなら、体育着に着替えて別の場所で運動してるのかもしれない。


 何気なくロッカーに近づくと違和感に気づいた。

 残された制服がおかしいのだ。

 キレイに畳まれた制服は白い半袖シャツとプリーツの入ったスカートだった。東陵高校の女子の制服である。

 最初に思ったことは『間違えた』だった。早瀬を探していたのに、こんなところで着替えたままの女子の制服に遭遇してしまった。もし今、制服の持ち主が戻ってきたら変質者扱いされかねない。

 でも……と俺は考え直す。ここは『男子更衣室』なのだ。しかもプールのすぐ近くに設けられていて、水泳以外の授業や部活動でここを使う生徒はいない。今の時間は水泳の補習授業に割り当てられていて、水泳部がプールを使うこともない。


 濡れた髪の早瀬の顔が思い浮かぶ。

 補習が面倒くさいと苦笑する早瀬。

 女っぽいと言われて激昂する早瀬。

 ハンバーガーを頬張って笑う早瀬。

 俺の腰を抱き寄せて、ささやく早瀬。


 俺の手はゆっくりと、でも躊躇することなく畳まれた制服に伸びる。

 ワイシャツを退けてスカートを手に取る。広げて裏地を見るとそこにはアルファベットの刺繍がしてあった。


 『M. HAYASE』


 先日の殴り合いのシーンが頭の中でプレイバック。そして、燐子りんこ先生の『早瀬くんは男の子でしょう』のセリフが再生される。

 俺は混乱していた。

 これはホントに早瀬の制服なのか? 同じ名字の女生徒のものじゃないのか?

 しかし、夏休みのこの時間にこんな場所で着替える女生徒がいるとは思えない。


 でも……俺は記憶を辿って考える。

 早瀬は一学期の水泳の授業をすべて休んだと言っていた。そして補習を受けるために男子用の水着の上にラッシュガードを着ていた。

 そう言えば、俺は早瀬の着替えどころか制服姿も見たことがない。それどころか、ヤツの下の名前さえ知らないのだ。

 俺は燐子先生に性同一性障害だと思われていて、それで学校の備品のラッシュガードを借りて使っていた。

 燐子先生は水泳の補習を受けることになった俺に『仲間がいる』と言った。それは単に一緒に補習を受ける生徒がいるというだけの意味じゃなくて……早瀬が性同G一性I障害Dだということなんじゃないだろうか。そして、俺のことを『女の子』と言った燐子先生がヤツを『男の子』だと言ったのは、早瀬が『FtM(体が女性で心が男性)』だということなんじゃないのか?

 そう考えるとすべてに辻褄が合う。どうして今まで気づかなかったのだろう?


 早瀬は女の子だったのだ。


 どうりで街で逃げ回っている時に、抱きつかれても嫌悪感を抱かなかったわけだ。

 俺の男の部分が、ヤツの性別を無意識に嗅ぎ分けていたのだろう。


 そこで俺は、ここにきた本来の用事を思い出した。

 早瀬はどこに行ってしまったんだ?


 早瀬の着替えをひっくり返すと、スカートとタオルの間に畳まれた巾着袋の中にブラとパンツが入っていた。早瀬は着替えたか、あるいは最初から制服の下に水着を着てきたのだろう。

 ヤツは今、水着姿のハズだ。

 それなのにプールには誰もいない。

 補習の教官は女子に性的嫌がらせをすることで有名な体育の『菅野』だ。アイツは男子生徒にはまるで興味がない。でも、教師なら早瀬の性別を知っていて当然だろう。

 昨日までの補習は俺が一緒だった。でも今日は違う。あの菅野の補習授業を女生徒が一人で受けるのだ。

 さっきまで感じていたイヤな予感が最高潮に達した。時計を見る。授業が始まってすでに二十分以上が経過していた。

 俺はすぐさま更衣室を飛び出すと廊下を駆け戻った。


 あの喧嘩っ早い早瀬が大人しく菅野の言いなりになるとは思えない。でも、小柄で細身の早瀬に対して、菅野はガタイの良いマッチョマンだ。本気で襲われたら抵抗するのは難しい。

 水着姿の生徒を校外に連れ出すのは難しいだろうから、どこかの空き教室に連れ込まれている可能性が高い。

 一番手近な教室から順番にドアを開けて回る。もしも菅野が良からぬことをしていればドアにはカギが掛かってるハズ。俺は手当たり次第に教室を覗いて回った。


「どうしたの、雪緒ゆきお!」


 血相を変えて走ってくる俺を見て、生徒用の玄関で待っていた樹里亞が驚いた顔をする。


「早瀬が水着のまま行方不明なんだ! もし菅野と一緒だったら危険だ! 樹里亞も探すの手伝って!」


 叫びながら彼女の横を駆け抜ける。

 一階には怪しいところは無かった。人目につきやすい渡り廊下は避けるだろうと判断して、別棟の校舎を除外して二階への階段を駆け上がった。


 腹に生えた剛毛がそのままビキニパンツの中へとつながっていて、どこからが陰毛だかまるでわからない。あんな教員免許を持った毛ガニに早瀬が押し倒されているんじゃないかと思うと、胸が締め付けられるような痛みを感じる。

 しかも早瀬はGIDなのだ。男の心で男に襲われるというのは、どれほどの恐怖と嫌悪を味わうことになるのか。


 二階の教室を端から確認していく。夏休みだからといって、まったく人に合わないというのはおかしい。まるで人の気配を感じない。

 廊下を端まできたところで、ドアが開かない部屋を見つけた。普段なににつかわれているのかわからないが、一般の教室ではない。

 ドアに耳を当ててみると、中からわずかに物音が聞こえた気がする。

 迷っている暇はない。もしもこの中で早瀬が襲われているなら今すぐ助けなければ!

 引き戸の片方に狙いを定める。

 腰を落としてクラウチングスタートの姿勢でPタイルの床を蹴る。

 体当たりしようとして肩がドアにぶつかる瞬間、逆にドアが飛んできた。いや、飛んできたように見えた。

 俺の勢いはドアにぶつかって逸らされ、そのまま廊下に飛ばされて尻餅をつく。

 物凄い轟音とともにドアは廊下の反対側の壁にぶつかってパタリと倒れた。一緒に吹っ飛んできた男の上に……。

 菅野だった。


「あれ、東條とうじょう? 補習は昨日までだったろう? なにしてんだ?」


 声を聞いて振り返ると、そこには水着姿の早瀬が……早瀬が……ええと。


「早瀬……なのか?」


 ソイツは確かに早瀬の顔をして、昨日までと同じ水着を着ている。

 でも、着ていたラッシュガードははだけて、とても立派な……母性の象徴が覗いている。るちあほどではないけれど十分巨乳と呼べるレベルの大きさの乳房に、ピンク色の突起が突き出ていた。


「お前、それ、いったいなんなんだ?」


 いや、胸だってわかってるんだけど、目の前で堂々とさらけ出されると……コレが昨日まで一緒に補習を受けてた早瀬と同一人物だとは思えない。


「コレかぁ? ナベシャツで潰してるんだけどぜんぜん小さくならねぇんだ。ホント、面倒クセェよなぁ。ああ? なんだ? 俺の胸見て恥ずかしがってるのかぁ? それじゃあ立派な女になれねぇぞ」


 前言撤回。コイツはやっぱり早瀬に間違いない。

 それにしても、俺の周りの女たちはどいつもこいつも胸を丸出しにして恥ずかしくないんだろうか? 生まれた時から女の子なんだから、もっと慎みを持って欲しいものだ。

 それに比べると樹里亞の慎み深さは素晴らしい。淑女の見本だ。


「あら、雪緒。早瀬くんは無事……」


 ちょうどそこに樹里亞がきて、早瀬の姿を見て絶句した。

 そりゃそうだろう。駆けずり回ってる彼氏にやっと追いついたと思ったら、目の前にトップレスの女の子が立ってるんだから……。


「うわぁ!」


 樹里亞を見るや早瀬が慌てた声を上げて両腕で胸を隠す。

 ちょっと待て! 俺の前では平気で見せていたものを、どうして樹里亞には隠すんだ?

 まるで俺を異性として認識してないみたいじゃないか。

 俺に対しては『同性』って認識だったのか? じゃぁ、樹里亞に対しては異性として恥ずかしがったということ?


 ああ、もう! わけがわからない!


 ◇◇◇


 後日、俺はふたたび早瀬と一緒にデパートにきていた。早瀬が使っていたラッシュガードもファスナーが壊れてしまったから、買い直さなければならなかったからだ。

 とりあえず用事を済ませた俺たちは、繁華街をぶらついていた。


 早瀬の話によるとヤツはあの日、更衣室で着替えてプールに向かうところを体育教官の菅野に呼び止められたらしい。

 そのまま二階の空き教室まで着いて行ったところ、ドアに鍵を掛けられた。

 でも、どうして菅野なんかにホイホイ着いて行ったのか。


「あー。それはなんていうか、その……女生徒が水着に着替える動画があるけど、見るか? って誘われたんだよ」


 は?


 今コイツ、なんて言った?

 いや、俺だって早瀬がそうカンタンに菅野にかどわかされるなんて思わなかったけれど、それにしてもそんな罠にまんまとハマるなんて、コイツの中身はスケベオヤジそのものなのか?

 目の前の女の子……うん、見た目は女の子だ。ちょっとだけ眉毛が太くて凛々しい印象だけど、ベリーショートの髪にノーメイクでもやっぱり女の子にしか見えない早瀬。でもその中身を考えると、自然と腰が引けてくる。


「でも、そんな動画なんか無くて、菅野の狙いはお前自身だった……そういうことだろう?」


 あの現場を見れば誰にだってわかる。

 男に性的な目で見られて迫られる。そんな状況がどれだけ嫌でどれだけ腹立たしいものなのか、俺にはよくわかる。


 早瀬の心情を思っていると、どう言うわけかヤツはゲラゲラと笑いだした。

 なんだ? 俺がどれだけ心配したと思ってるんだ? 樹里亞の前であんなにお前を持ち上げた俺がバカみたいじゃないか。

 ホントに心配して損したよ。


「うーん、ちょっと違う……かなぁ? 動画は見たんだ。ちゃんと水着に着替えるシーンがバッチリのヤツだ。盗撮されてるのに気づかないで、いちいち全裸になって水着に着替えるような迂闊うかつな女だった。そこに写ってたのは……お前だよ。東條」


 俺?

 え? なに? 俺の着替えを菅野が盗撮したの?

 それを早瀬に? なんでだ?

 俺の頭上に大量のはてなマークが乱立する。


「菅野はその動画を見せて、お前が女なのに男子生徒として通学してるのはおかしいと言い出したんだ。たしかに動画を見ると女にしか見えない。わかってるよ……性別適合手術のせいだろう? でも、ヤツはそれを知らないようだった。事もあろうに、お前を脅して自分のモノにするから協力しろって言いやがった。前に殴り合いの喧嘩をしたから、仲が悪いと思ったんだろうな」


  菅野は俺のことをナヨナヨしたヤツだ……程度にしか思ってなかったハズだ。そうか! もともと早瀬の着替えを盗撮する目的で設置されたカメラに、時間差で俺の着替えシーンが写ってしまったというわけか。


「東條を狙おうだなんて、あんまり腹が立ったから思い知らせてやったんだよ」


 早瀬はそう言うと爽やかに笑って見せた。


 俺が狙われてると知って、菅野をぶちのめしたのか……俺のために。

 日差しが強く照りつける雑踏の中だというのに、なぜか俺の心が温かくなる。

 それってなんだか……。


 なんだか頬っぺたの辺りが引きつられる感触。


「なにニヤニヤしてるんだ?」


 え? ニヤニヤ?

 知らぬ間に口角が上がってしまっていた。

 でも自分の意思で表情を戻すことができない。

 ヤバい。変な奴だと思われる!

 俺は焦ってソッポを向いてごまかす。可愛いワンピースを着たマネキンのいるショーウインドウに女の子の姿が映っていた。

 彼女の顔はすごく嬉しそうで……。


「君たち、ドコからきたの? 今一番流行ってるの見に行こうよ」


 どこかで聞いたような声でどこかで聞いたような言葉を掛けられる。頭は真っ白に色が抜けていて、逆に顔は日に焼けて真っ黒。気持ち悪い柄のアロハシャツに、今時ジーンズを腰履きしていた。ていうか、先週俺たちを追いかけ回した男たちのリーダーだった。


「あーっ! てめぇらぁ!」


 ニコニコしていたアロハの目が突然三角にとんがった。


「だから女のカッコしてこいって言っただろ!」


「誰が女装なんかするかよ! 冗談じゃねぇ」


 俺たちは怒鳴り合いながらも手をつないで一目散に駆け出した。


 ◇◇◇


 翌週、体育教官の菅野が入院しているらしいという噂を聞いた。自宅で転んで怪我をしたのだそうだ。

 天罰というものはあるものだ。

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