第64話 待つ……
「なあ、ヘレン……。もし、炎帝が凄くいっぱい軍勢を連れてきたらどうするんだ?」
「……、……」
アイラは、彼方にそびえる山を眺めながら言う。
ジーンに頼みごとをしてから、四日経つ……。
以来、俺たちは、宿屋にこもっている。
ヘレンが言うには、必ず、俺達の動向を炎帝側が調べに来るのだそうだ。
だから、今、俺達の馬車にはジーンの娘が乗り、王宮に向けてゆっくり進んでいる。
ジーンの娘は、茶色い髪の毛をバッサリと切り、アイラに変装すると言う手の込み方だ。
アイラとは年恰好も近く、馬車が俺達のなのだから、ダミーとしては上等であろう。
「ヘレンが、極力相手の油断を誘うように動いているのは分かるよ。だから、あたし達は宿屋にこもっているんだし……。だけどさあ、炎帝が用心深い奴だったら、やっぱ大勢の軍勢で来ると思うんだ。緊縛呪を発動した、暗黒オーブの使い手が絡んでることなんだからさ。万が一を考えないわけがないと、あたしは思うんだけど……」
「……、……」
「コロの緊縛呪が、最大で何人に撃てるのかと、続けて撃つことも可能なのかが分からなかったら、軍勢と戦う上で難しいと思うんだよ。その辺のところ、ヘレンはどう考えているんだ?」
「……、……」
アイラは、先ほどからずっと、瞑想したままのヘレンに話しかけている。
応えが返って来ないのを承知しているはずなのに……。
アイラは、自身の頭の中で、すでに炎帝と戦っているようであった。
その結果、あまり多くの軍勢を相手に出来ないと結論付けているようで、しきりとヘレンにこの点を問いただしている。
「あ……、あの、わ……、私もヘレンに聞きたいわ」
「……、……」
「こ……、コロが大勢の人に緊縛呪を撃つと、ひ……、被害もいっぱい出ると思うの」
「……、……」
「そ……、そうすると、し……、シュールの薬が足りなくなってしまわない?」
「……、……」
エイミアも、彼女なりに戦いをシュミレートしているようであった。
いつになく緊張しているのか、俺にずっと頬ずりしたまま……。
「エイミア……。今度の相手は、敵なのよ。だから、基本的には手当てをしてあげる必要はないの」
「そ……、それでは、そ……、そのままにしておくの?」
ヘレンはようやく目を開けると、エイミアの疑問に答えた。
エイミアは、緊縛呪を受けて固まった軍勢を思い浮かべたのか、顔を強ばらせている。
「そのままにしておくつもりはないわ……。ただ、対応は、終わった後にいくらでもとれるでしょう? 時間はかかるでしょうけどね」
「……、……」
「それに、予めシュールの薬を大量に買い集めてしまったら、すぐに炎帝に悟られてしまうわ。シュールの薬って、普段はそれほど需要があるわけではない薬ですものね」
「……、……」
エイミアは、放っておくわけではないことを確認し安心したのか、ヘレンの言葉に深くうなずいた。
「……で、軍勢の心配はどうなんだよ?」
「それについては、それほど心配していないわ」
「何故だ? 武闘殿にいる僧侶をあてにしているのなら、ちょっと考えが甘いぞ。あいつらの中に猛者と呼べるような奴はほとんどいないんだからな」
「もちろん、それは承知しているわ」
「だったら……」
「でもね……。コロの緊縛呪と武闘殿の建物が、私達を有利に導いてくれるから大丈夫よ」
ヘレンは自信たっぷりに言った。
おいおい……。
緊縛呪は、今のところ一個中隊くらいまでしか一撃で止められていないよ。
あまり過度な期待をされても困るんだけど……。
「建物……? どういうことだよ」
「あの武闘殿の周りを囲う壁を見なかった? 戦いを前提としている城みたいに、相当堅固に出来ているし、高さもかなり高かったでしょう?」
「ああ……。まあ、それは見たけど……」
「おまけに、門は四方に一か所ずつしかないわ」
「……、……」
「テイカー候は、早く私達が何を言ったか、ジン様がそれにどう対応したか知りたいはずだわ」
「……、……」
「だとすれば、必然的に行軍は騎馬隊のみになるでしょう?」
「ああ……」
「武闘殿の中には、馬房があったかしら? なかったわよね」
「うん……」
「中に騎馬隊の馬を収容できる馬房がないのなら、騎馬隊は何処で待機するかしら?」
「あっ……、そういうことかっ! 側近を含めたある程度偉い奴以外は、武闘殿の外で待機するってことなんだな」
「そういうことよ。中に入った騎馬隊くらいなら、コロの緊縛呪で十分対応出来るわ。せいぜい、五十人ってところでしょうからね、中に入るのは……」
「だけど、外の奴等が門から入って来ちゃったらどうするんだよ?」
「その場合は、門を閉めてしまえばいいわ。もし、それが間に合わないようなら、門の近辺にいる兵に緊縛呪をかけてしまえば、それが邪魔をして、簡単には中に入って来られないわ」
「つまり、いくら外に軍勢がいても、中ではあたしと炎帝が戦えるってことか……。炎帝に緊縛呪が効けば、なお簡単だしな」
「そうね……。ただ、テイカー候はオーブ対オーブの戦いも多々やっているわ。ジン様が仰っておられた通り、炎壁なんて防御方法も持っているみたいだから、緊縛呪が当たるかどうかは分からないと思うの」
「そっか……。じゃあ、あたしが戦わないとダメだな」
「アイラったら……、また、そんな嬉しそうな顔をして」
ヘレンが呆れたような声を出したが、アイラはお構いなく笑みを浮かべる。
……ったく、アイラの奴、とことんバトルマニアなんだから。
さすが、シュレーディンガー家の人間と言うところだな。
それにしても、いつもながらヘレンの読みには感服するよ。
言われてみれば、全部、その通りになりそうなんだよな。
あと、炎帝はロマーリア王国側に、パルス自治領に介入していることを大っぴらにしたくはないはずだよな。
だとしたら、軍勢って言っても、それほど多くは連れて来られないはずだ。
お忍びに毛が生えた程度だろうから、千人もいるかどうか……。
大体、騎馬隊って、全体の兵の割合がそんなに多いわけもないしな。
きっと、ヘレンはその辺の事情も計算に入れているんだろう。
まったく、恐れ入るしかないよ。
「ただね、これは全部、アイラがテイカー候に勝てることが前提なのよ」
「ああ……、分かってる。任せておいてくれよ、ジンのかたきはきっととる」
「オリクさんは、体術ではジン様が優勢だと言っておられたわ。だから、アイラなら……、と、私も思ってはいるけど……」
「炎撃は小手で防げるしな……。あとは、あたしとテイカー候のどちらが強いかと言う勝負だな」
「ええ……。でも、他にも心配な点はあるわ。ただ、それにはそれで、手を打ってあるから……。これについては、ジーンさんの手腕が問われるんだけど……」
「まあ、信じるしかないな。あたし達で出来ないことは、信じて任せるしかない」
「そうね……」
「そっか……。早く、狼煙が上がらないかな? あの山に……」
アイラはそう言うと、また、窓の向こうの山を見た。
炎帝が来襲すると、山の中腹から狼煙が上がることになっている。
アイラだけでなく、ヘレンも、エイミアも、俺も、窓の向こうを見た。
あそこに狼煙が上がったら、戦いが始まる。
ううっ……。
何だか、緊張してくるなあ……。
俺、戦いにはまだ慣れていないみたいだよ。
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