第48話 制裁

 アイラは両手をだらりと下げ、ステップを踏み始めた。

 それを見たアリストスは、剣を両手で握ると、アイラから剣を隠すように脇に構える。


「ふふふっ……。このアリストスが、並み居る強者を打ち負かしてきた必殺の脇構え……。おまえに破ることが出来るか? アイラっ!」

「ふんっ……。姑息なあんたのことだ。どうせ剣の長さが普通よりも長いんだろう? だけど、そんなことで間合いを見誤るあたしじゃない。……と言うか、そんなせこい狙いの構え、簡単に破ってみせるよ」

「狙いが分かっていても、容易に撃ち込めないのがこの脇構えの怖いところだ。簡単に破れるだと? それならやって見せてもらおうじゃないか」

「大した自信だね。まあ、そのくらい己を過信しなかったら、宰相を操るなんてことを考えないか」

アリストスは、アイラが言うように自信満々であった。

 よほど脇構えに信頼を置いているのか、再び、陰惨な笑みを浮かべている。


「さあっ、どうした? 踏み込んで来いっ!」

アリストスが挑発するように叫ぶ。


「ふーっ……。じゃあ、お望み通り、あたしから行くよ」

アイラは冷静な口調で言うと、言い終わりざま、アリストスに向かってダッシュした。


「もらった!」

かけ声とともに、アリストスの身体が始動する。

 狙い通り、アイラを迎撃するために、脇構えの剣を振り出そうとした……。


「くっ……」

「ふふっ……」

しかし、アリストスの剣は、振り出されはしなかった。

 それどころか、力んでいるのにピクリとも動かない。


「き、貴様っ!」

「どうだい? あんたのせこい脇構え……、確かに破って見せたよ」

アイラは、左足の裏で、アリストスの振り出そうとしている剣の柄を抑えている。

 なるほど……、これではアリストスは撃ち込めない。


「隙だらけだよっ!」

そう言うと、アイラは力みかえるアリストスを嘲笑うかのように、左足で柄を抑えたまま、顔面に左拳を叩き込んだ。


「がっ……」

アイラの拳は軽く放たれたように見えたが、アリストスは大きくのけぞり、脇構えを解く。

 たった一撃で、完全に無防備になったアリストス……。


 アイラっ!

 そこだっ、裏拳を叩き込め!


「……、……」

 しかし、アイラはバックステップして、距離をとる。


 な、何故だ?

 チャンスだったのに……。


「今のは、欺かれていた親衛隊の分……」

アイラが呟く。


「くっ……、はあっ……、はあっ……」

「鼻骨を折らせてもらった。鼻で息をすることは出来ないよな?」

「はあっ……、はあっ……」

「そうか……、もう、喋ることも億劫か」

苦しそうに口で息をするアリストス……。

 その鼻からはおびただしい量の鼻血が吹き出している。


 アイラは、その様をステップを踏みながら、冷たい目で眺めている。

 アリストスは、吹き出る鼻血に構わず、剣を大上段に振り上げた。


「ふんっ……、自慢の脇構えはもう終わりかい?」

「はあっ……、はあっ……」

「まあ、どんな構えをとっても同じことだけどな」

「はあっ……、はあっ……」

アリストスの顔からは、もう先ほどの笑みは見えなかった。

 とにかく目の前のアイラを倒すことだけを考えているようで、必死の面持ちだ。


「サアっ!」

「むうっ!」

気合い声とともに、アイラが再度、突進する。

 迎え撃つアリストスが、アイラの脳天目がけて剣を振り下ろす……。


「ビシっ!」

乾いた打撃音が響く。


 アリストスの剣は、虚しく宙を斬った。

 アイラの脳天を狙った一撃であったが、アイラは体を開いてそれをかわすと、右脚でアリストスの左膝を横から蹴りつけた。

 一瞬、アリストスの膝が可動域にない方に曲がる。


「がっ……」

体制を崩すアリストス……。

 剣を地面につき、辛うじて倒れることは免れるが、その体制はまたも無防備になった。


「……、……」

 しかし、アイラは再びバックステップし、距離をとった。

 油断なく、ステップを踏んだまま……。


「今のは、操られたルメール宰相と、心を痛めたデニス国王の分……」

無防備なアリストスは、なかなか体制を調えられない。


「膝関節の皿を割らせてもらった」

「はあっ……、はあっ……」

「これで、もう、馬に駆け乗ることも出来ない」

「はあっ……、はあっ……」





「い……、いつものアイラじゃないわ」

エイミアが、言葉を震わせながら呟く。


「そうね……。アイラは戦っている気はないのでしょうね。一方的に、制裁を加えているのだわ」

ヘレンは、凄惨な様になっているアリストスを見ても冷静に応じた。


「きっと、アイラは怒っておったのだろう。自身の手を汚さず、操った者を使う裏切りのオーブに……」

ゴードンもポツリとこぼす。


「私……、心の中で思っていました。暗黒オーブに、アリストスだけは緊縛呪を撃たないで……、って」

「へ、ヘレン……」

「きっと、アイラも自分の手でケリを付けたかったのだと思います。だから、私と同じように思っていたことでしょう」

「……、……」

ヘレンは、そう言って戦況を見つめる。


 そっか……。

 暗黒オーブは、ヘレンやアイラの気持ちに応えたんだな。

 それに、さっきヘレンが言っていたように、俺達にアリストスの後ろにいる奴の存在を知らせたかったんだ。


 ……って言うかさ。

 俺、いつものことだけど、何も分かってないな。

 陰謀とか、黒幕とかってこと……。

 それに、ヘレンやアイラの気持ちを……。


 対峙する二人は、しばし動きを止めている。

 まだ、アリストスが体制を調えていないから……。


 二人の向こうには、固まった親衛隊達と馬が、オブジェのように見える。

 親衛隊の馬達は、固まる自身の主人に寄り添い、隊列を崩していない。





「はあっ……、はあっ……」

「ようやく顔を上げたな」

「はあっ……、はあっ……」

「あたしは構えないあんたを撃ちはしない。ほらっ……、構えろっ!」

アイラは冷たく言い放った。

 アリストスも応えるように、中段に剣を構えた。


「はあっ……、はあっ……」

「……、……」

「はあっ……、はあっ……」

「……、……」

明らかに追い込まれているアリストスだったが、何かを狙っているようだ。

 剣技の素人の俺にも、それは感じられる。


 アイラは、変わらずステップを踏み続け、その何かを待っているようだ。


「はあっ……、はあっ……」

「……、……」

「むうっ!」

「サアっ!」

アリストスが、こもるような気合い声とともに仕掛けた。

 二人の気合い声が交差する。


 つ、突きだっ!

 アリストスは、左手一本で身体ごと踏み込んで行く……。

 は、速いっ!


 しかし、アイラは予測していたのか、それを屈み込んでかわした。

 そして、さらに踏み込み懐に入ると、屈み込んだまま体制を反転させて手首を掴み、アリストスの腕を肩に抱え上げた。


「おらっ!」

アリストスの肘を支点に、腕折りに出る、アイラ……。

肘の可動域と逆の方に折れる、アリストスの腕。


「ぎゃあっ……」

剣を手放し、悶絶するアリストス……。


 しかし、アイラはそこまでやっても、まだアリストスから離れて、距離をとった。


「今のは、想い合っている、ヘレンとレオンハルトの分……」

アリストスの耳には、もはやアイラの声は届いてはいないだろう。

 地面に屈み込み、悶絶を続けている……。


「あんたの突きなんか、ブランの足元にも及ばない」

「ぐぬうっ……、ぬおお……」

「だけど、もう突きも撃てはしない」

「ぬぬう……、ううっ……」

アイラは、戦う体制を取りようのないアリストスを、それでも油断なく見据えた。


 その目は、悶絶するアリストスへの憐憫も、一片の激情も、宿してはいない。

 あくまでも冷たく見下ろすだけであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!