第46話 剝がされた仮面

「た、退避っ!」

アリストスが叫ぶ。

 迅速に反応した親衛隊員達は、各々、馬に乗り込もうとする。


 しかし、その瞬間、漆黒の球体から無数の小さい球が音もなく撃ち出された。


「ぐっ……」

「ああっ……」

「ぬおおっ……」

「がっ……」

「うわあっ……」

次々と高速で親衛隊員達を捕らえる、ピンポン球大の漆黒の球……。

 直撃するとともに個々の隊員に吸収され、その効力を発揮する。


 親衛隊員達は、馬に乗ろうとした姿……、逃げだそうとした姿……、漆黒の球を避けようとした姿のまま動きを止めた。

 俺の目には、親衛隊員達だけが時を止めたようにさえ見えた。


「ば、バカなっ! こ、これが暗黒オーブの力だと言うのかっ!」

「……、……」

アリストスは、固まった一個中隊の隊員達を目にして、呆然としたような表情を見せる。


「へ、ヘレン……。君が暗黒オーブの使い手だと言う噂は知っていたけど、これは一体何の真似だい? 親衛隊に何の咎があると言うんだ?」

「……、……」

「それに、いつの間にそんなに暗黒オーブを使いこなしていたんだ? だって、バロールから奪ったのはつい先日のことじゃないか。僕は良く知らないけど、オーブってすぐに使えるようにはならないんだろう?」

「……、……」

アリストスは、今にも掴みかからんばかりの勢いで、ヘレンに詰め寄る。

 しかし、アリストスの歩を妨げるように、アイラがぬっとヘレンの前に立った。


「あ、アイラ……。そこをどいてくれっ! 私はヘレンと話しているんだ」

「……、……」

「それに、ゴードン閣下っ! この親衛隊に対する所業は、王への反逆と言っても過言でない。警備総長のあなたが、これを見過ごしてもよろしいのですか?」

「……、……」

アリストスが必死になって訴えるが、ヘレンも、アイラも、ゴードンも、何も答えず、じっとアリストスを見つめている。


 ……って言うか、どうしてアリストスが無事なんだ?


 俺、見ていたよ……、暗黒オーブ。

 次々に撃ち出された緊縛呪の球が、アリストスにだけ当っていなかったことを……。

 あいつがすべての元凶なんだろう?

 だったら、まず、あいつから緊縛呪の餌食にしなきゃいけないんじゃないか?

 それとも、裏切りのオーブを扱うから、アリストスだけは緊縛呪が効かないのかい?


「……、……」

俺がいくら心の中で尋ねても、暗黒オーブのいらえはなかった。

 もし、反撃でも喰らって俺達が負けてしまったら……、と、俺の胸が騒ぐ。


 エイミアが、俺に頬ずりをする。

 そうだよなあ……、エイミア。

 やっぱ、不安に思うだろう?

 たとえ、レオンハルトのときみたいに効きが悪かったとしても、緊縛呪を当てておく方が良かったよなあ?

 俺には、どうして暗黒オーブがアリストスを放っておいたのか分からないよ。





「随分、オーブにお詳しいのでございますね……、アリストス様」

しばしの沈黙の後、ヘレンが口を開いた。

 その口調は、いつものように落ち着き払っていて、冷静そのものだ。

 それは、まるでアリストスが緊縛呪を受けなかったことを、予期していたかのようにも思えるほどだった。


「お、オーブに詳しいだって? 私はレオンハルト将軍と懇意にしているからね。だから、オーブを使うには、試行錯誤を繰り返さないといけないのを聞いていただけだよ」

「……、……」

「それに、そもそも、君達三人は、どうして捕縛もされずに王宮にいるんだい? 先日、警備隊に捕まったって聞いていたし、脱走したのをレオンハルト将軍が取り押さえに行ったことも聞いているよ?」

「……、……」

「ご、ゴードン閣下……。国と法を護る警備隊の総長が、この事態を見過ごしにしてよろしいのですか?」

「……、……」

「それとも、まさか、ゴードン閣下が加担しているわけではないでしょうね?」

「……、……」

アリストスは、何のいらえもよこさないゴードンにいらっとしたのか、今まで絶やさなかったかすかな笑みを引っ込め、能面のように感情を出さない表情になった。


「アリストス様……。あなた様は、いつ、何処で、私が暗黒オーブの使い手だと知ったのですか?」

「い、いつって? ほ、ほらっ、それは警備隊の者が言っていた噂を聞いてさ」

「それはおかしいですわ。私は、ゴードン閣下にお願いして、私達の中に暗黒オーブを使う者がいることを伏せていただいていたのですが……。ランド山の頂で、捕縛から逃れるために緊縛呪を使って見せましたけど、そのことは極秘となっていますので、誰の耳にも入ってはいないはずなのですが……」

「んっ? ああ、思い出した。る、ルメール宰相だよ。彼が言っていたんだ。すまん、勘違いしたよ」

「それもおかしいですわ。ルメール宰相にも知られてはいない、国王陛下とゴードン総長様にのみ明かした事実なのでございます」

「そんなの、私は知らないよ。ルメール宰相がどうして知ったかなんてさ」

一瞬、能面のような表情を崩し、アリストスはむっとした表情を見せた。

 しかし、すぐにまた表情を消すと、冷たい目でヘレンを見据える。


「アリストス様……。もう一度記憶を呼び起こして下さいませ。あなた様が暗黒オーブの使い手について情報を得たのは、バロール一家にいた傭兵ブランからではございませんか?」

「ブラン? 知らないよ……、そんな男は。私は親衛隊に所属しているから、傭兵なんかと接点はないしね」

「そうでございますか……。ブランは、アリストス様と暗黒オーブについて話したと申していたのですが……?」

「ふんっ、そんな無頼の輩が言うことなんて、あてにできないだろう? このアリストスの言葉とどちらを信用すると言うんだい?」

「ブランはこうも申しておりました。自分は、王宮に仕える身だ、と……。バロール一家に潜伏していたのは、暗黒オーブが他国に流出するのを防ぐため、命令で行っていたのだと」

「……、……」

「暗黒オーブの使い手については、ブランの口以外から、アリストス様に漏れることはあり得ません」

「……、……」

「もう一度伺います。暗黒オーブの使い手についての情報を、誰からアリストス様は手に入れたのでございましょうか?」

「……、……」

ヘレンは、淡々と語り、アリストスを追い詰めていく。

 一方のアリストスは、相次ぐ指摘に動揺したのか、先ほどまでの能面のような表情ではなく、紅潮した憤怒の形相に変わりつつあった。


「ゴードン閣下っ! 先ほどから何もお答えいただけないが、これはどういうことなのです? 私は親衛隊の隊長……。王の命以外には従う必要がない特別の身。いくら警備総長とは言え、このような行いは許されませんぞっ! ただちに、この三名の娘を捕らえて下さい。そして、私にあらぬ言いがかりをつける者達を黙らせて下さいっ!」

「王の命……? アリストス……、では、王の命なら、従うのだな?」

ついにゴードンが口を開いた。


「当然です、私は親衛隊一番隊の隊長ですよ! 王命に違えるようなことは誓ってございません。それに、私が偽りを述べていると……? ヘレンが言っていることは、何の確証もない戯言に過ぎないのですよ」

「では、申そう……。デニス陛下直々の言葉である、心して聞けいっ!」

「はっ……」

「アリストス……、その方、裏切りのオーブとやらを持っておるな?」

ゴードンは厳かに聞いた。

 アリストスの顔が歪む……。


「裁きのオーブは申しておったそうだぞ。裏切りのオーブを持っている者がルメール宰相を操っていると……」

「……、……」

「ヘレンは、その方が裏切りのオーブを持っていると訴えておる。もし、違うのならただちに身につけているものを脱ぎ、我達に潔白を証明して見せよ」

「お、王命? それが王命なのですか? 王はヘレンの偽りの言葉に謀れてしまわれたのですか?」

「ひかえぃっ! 裁きのオーブを頂くデニス国王が、嘘、偽りを見抜けぬはずがあるまいっ!」

「……、……」

ゴードンはアリストスを叱りつけると、おもむろに懐から丸く筒状にした革を取り出し、拡げた。

 そして、アリストスに向かって、それを突きつけた。


「王命であるっ! アリストス、ただちにその方の身体をあらためる。心して命に従えっ!」


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