第36話 ゴードンの気遣い
「本当に、もう行くのか?」
「総長さん、何度も同じことを言わせるなよ」
「いや……、分かっておるが、もう、かなり夜も更けておるしな」
「だけど、一刻も早くブランを確保しないと、何が起るか分からないんだよ」
アイラは素っ気なく答える。
ゴードンは、先ほどから何度も俺達を引き留めようとしている。
だが、ゴードンも分かってはいるのだ。
ことが急を要することは……。
ただ、アイラはともかく、エイミアとヘレンは、見るからに疲れていた。
ここ二十日ばかり、旅を繰り返しているからだ。
特に、ヘレンは何か心配事があるようで憔悴しきっているし……。
ゴードンは、せめてもう一泊してからホロン村を目指すべきだと言っているのだ。
昨夜はゴードンの邸宅に泊まったが、翌日のデニス国王との密会に備えて夜通し話をしていたので、三人はほとんど寝ていない。
ゴードンは、そんな事情も半ば分かっているようで、だからこそ引き留めるのだった。
「ゴードン総長様……。馬車の幌は変えておいていただけたでしょうか?」
「うむ……。あの幌では目立つのでな。農家風の無地のにしておいた」
「ありがとうございます。これで裏切りのオーブを使う者も私達の動きを把握出来なくなると思います」
「そうだな……。だが、ヘレンが幌の秘密に気がついていたのには驚いた。これは警備隊内の秘密事項ゆえな」
先ほど、出発を決めたヘレンが、幌を変えるようにゴードンに頼んでおいたのだ。
言われたゴードンの方もピンときたようで、すぐに取りはからってくれたらしい。
王宮や警備隊、軍が使う馬車の幌には、必ずロマーリア王家の紋章が入っている。
幌に描かれた紋章の大きさが大きいほど位の高い者が使っている馬車で、これについては、一般にも知られているようだ。
しかし、紋章の描かれている位置によって所属が分かれていることは、警備隊が扱う機密となっていた。
例えば、王宮の馬車であるなら、側面の中央部に紋章が描かれるし、ランド地区では側面の左側上部……、と言った感じで、見る人が見ると、何処の所属か一目で分かるようになっているのだ。
これは、他国の間者が入り込むのを防ぐための処置であった。
所属が適当でない馬車が走っていると警備隊がチェックし、上に報告することになっている。
ヘレンはこれに気づいていながら、わざと、ルメール宰相が用意した馬車でランド山に向かったのだった。
警備隊にチェックさせ、暗黒オーブを欲する者の動きを誘うために……。
ランド地区と言うかなりの田舎に、王宮所属の馬車が走っているのだから、俺達の動きは逐一報告されていたらしい。
だから、捕縛の命令が下ると、迅速にスミスと一個中隊が派遣されて来たのだった。
ヘレンは、ランド地区の警備隊に馬車のチェックだけをさせ、上がって来た俺達の馬車の報告を誰が取得するかで見極めようとしていたようだ。
誰も報告を取得しに来なければ警備総長が怪しいことになるし、とにかく、暗黒オーブを欲する者を特定するための策だったのだ。
一度、ホロン村に向かうように見せかけたのも、警備隊がどれくらい俺達に注目しているかを確かめるためだったようだ。
デニス国王とゴードンは、このヘレンの策に瞠目した。
王宮内では、暗黒オーブを欲する者の手がかりすら掴めなかったからだ。
ゴードンも色々と情報を集め、バロールに接触しようと試みている者を特定しようとしたらしい。
しかし、そのもくろみは、ことごとく失敗に終わった。
まあ、ルメールから裏切りのオーブを使う者に機密が漏れていたのだから、ゴードンの手落ちとは言えないが……。
一平民であるヘレンが、サラッと策とその意図を述べるのだから、デニス国王とゴードンの驚きようは普通ではなかった。
ヘレンは暗黒オーブの秘密の一端を知っていると言う有利な立場ではあるが、王宮内に何のつてがあるわけでもないのだから……。
俺は分かっていたけどな……、ヘレンが凄いことは。
それでも、そんなに深く考えていたなんて、思いもしなかったけどさ。
「ヘレン……。お主が優秀なのは分かっておる」
「……、……」
「だが、無理をし過ぎるな……。奥も心配しておったぞ」
「……、……」
ゴードンは心配そうにヘレンに語りかけた。
そう言えば、ゴードンの奥さんは、三人に対して凄く手厚くもてなしてくれたっけ。
俺にも、かなり分厚いハムをくれたしなあ……。
あれ、王宮のより美味かったよ。
「アイラも言っておったが、何を憂いているのだ?」
「……、……」
「わしで力になれることがあるなら、何でも相談に乗るぞ」
「……、……」
ヘレンは、ゴードンが何を言っても、押し黙っていて何も答えようとしなかった。
その態度からは、ゴードンや俺達、デニス国王でさえもどうにもならない……、と物語っているように見える。
まあ、裁きのオーブでさえ、ヘレンの悩みは分からなかったみたいだからなあ……。
「ゴードン総長閣下……。お気遣いいただいてありがとうございます」
「……、……」
「ですが、これはどうにもならないのです。それに、占い師として申し上げますが、私の憂慮していることは、もうすぐ何らかの結末を得ます。それがどんなに悲しくとも、私は受け入れなくてはならないのです」
「……、……」
「私は、先を見通す占い師……。人はそれを褒めて下さいますが、見通すことは必ずしも良いことばかりではありません」
「……、……」
そこまで言うと、ヘレンはゴードンに深々と頭を下げ、馬車に乗り込んでしまった。
「ご……、ゴードン総長様」
「何だ? エイミア」
「へ……、ヘレンはきっと、……」
「お主は何か知っておるのか?」
「わ……、分からないですけど、た……、多分、……」
「それは、わしにはどうにもならんことか? 何もしてやれんのか?」
「は……、はい」
「そうか……。お主には分かっているのだな。仕方がないことも……」
「わ……、私も、な……、何もしてあげられないのです」
「……、……」
「で……、でも、こ……、コロなら……」
「コロ? 暗黒オーブの力なら何とかなるのか?」
「わ……、分からないですけど、た……、多分……」
「……、……」
え、エイミアっ!
俺?
俺と暗黒オーブなら何とかなるってどういうことだ?
「わしと奥には、子供がおらんでな……。お主達がとても愛おしく感じるのだ」
「……、……」
「エイミア……、そしてコロ。ヘレンを助けてやってくれ。聡明なヘレンがあれだけ思い悩むのだ。尋常一様のことではあるまい」
「は……、はい。こ……、コロもきっと力を貸してくれます」
ゴードンは、エイミアと俺の頭をなでる。
ごっついけど、暖かくて分厚い手だな……。
「あたしだって、力になるよ……」
ゴードンの後ろから、アイラが声をかけた。
「もちろんだ……。ヘレンはお主の力を頼りにしているのだろうからな」
「まあ、あたしには相手をぶちのめすことしかできないけどさ」
アイラは、分かってるよとばかりに、ゴードンの肩を叩く。
「じゃあ……、そろそろ行くよ。総長さん、世話になったな」
「うむ……。ブランを捕らえたら、すぐに報告するのだぞ」
「うん……」
「……、……」
アイラは軽く一礼すると、御者台に走って行った。
後に残されたエイミアも、ゴードンに深々と頭を下げる。
ゴードンさん。
俺は何も分からないよ。
だけど、やれることは目一杯やる。
それだけは約束するよ。
それにさあ……。
ようやく、核心に迫れるんだからさ。
ここで頑張らないわけにはいかないよ。
猫の俺でもさ……。
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