第33話 物置小屋での密会
「そ、総長さん……。本当にこんなところに国王様が来るのかい?」
「ふふっ……、任せておけ。これでもわしは警備総長だぞ」
アイラが不平を言うように、確かにこの小屋は汚かった。
土が付いたままの鋤や鍬が壁に掛けられており、わらくずや堆肥が小屋の半分ほどを占めていた。
「誰の目にもとまらないようにするには、王宮の中にはこんなところしかないんだろうけど……」
「わしはな、極秘で直接デニス王の裁可を仰ぐときには、いつもここを利用しておる」
「いつも……? ……ってことは、総長さんもこの王宮には隠さないといけないことがあると思ってたってことか?」
「いや……、わしが……、と言うよりは、デニス王が憂慮なさっておいででな」
「……、……」
「この小屋を密会場所にしたのはわしだが、密会場所を作れと命じたのはデニス王だ」
「じゃあ、総長さんは相当信用されてるってことなのか?」
「まあ、そう言うことになるな。特に、今は戦争中で武官連中がおらんからな。わしは武官崩れの文官だから、単純な気質なのがデニス王には良いのかもしれん」
ゴードンはそう言うと、俺達に笑いかけた。
いやいや……。
ゴードン総長……、あんた、謙遜することないよ。
俺達だって、デニス国王同様に信頼してるからさ。
「……って言うか、エイミア、何をやってるんだ?」
「あ……、あの……」
アイラは、わらくずをより分けているエイミアを見て、怪訝そうに言った。
エイミアは、小屋に着いてから、何故かこの作業を続けている。
「その木箱の上にわらくずを敷いてるけど……」
「こ……、ここのわらは乾燥しているから、や……、柔らかいのが少ないの」
「……、……」
「で……、でも、こ……、このくらいあれば足りるかしら?」
そう言うと、エイミアはわらをより分けるのを止め、分けたわらをすべて木箱の上に盛った。
そして、自身が着ているカーディガンを脱ぐと、わら山を覆った。
「国王陛下のためよね? エイミアらしいわ」
「う……、うん」
「そのくらい柔らかければ大丈夫かも……。袖の部分を縛った方が座りやすそうよ……」
「そ……、そうね。こ……、これで良いかしら?」
「ええ……。簡易に作ったにしては上等よ。きっと、国王陛下も喜ぶわ」
「こ……、国王様は、こ……、高齢だから膝が悪いの。だ……、だから……」
完成したものは、簡易なソファーであった。
物置小屋には座るところがないので、デニス国王のために作ったらしい。
「むう……。これはわしでは気がつかんな」
「か……、勝手なことをして、す……、すいません」
「いや……。デニス王は数年前から膝が悪い。わしはいつも立ち話をしておったが、この方が良い」
「……、……」
「エイミア、ありがとう」
「あ……、あの」
エイミアは、ゴードンの率直な感謝の言葉を受け、恥ずかしそうに下を向いた。
うんうん……。
ちっとも恥ずかしがることはないけど、俺はそんなエイミアも好きだよ。
「入るぞ……」
声とともに、物置小屋の扉が開いた。
誰かに見られたときに、ノックをして入ると不自然だからだろう。
デニス王は、少し右足を引きずりながら入ってきた。
「ご多忙のところお呼びだていたしまして、申し訳ありません」
「いや……。暗黒オーブの件は喫緊のことじゃ。わしも気になっておった」
「ご報告申し上げようと思いましたが、他に漏れると障りのあることもございましたので、こうして本人達を連れて参りました」
「うむ……。ご苦労であった」
ゴードンは、外を見回してから小屋の扉を閉め、まずは軽くデニス国王に挨拶をした。
「おおっ……、その方達。この小屋ではそう言うのはなしじゃ。ほれ、立つが良い」
デニス国王は、小屋の地面に跪いている娘達に向かってそう言うと、エイミアの頭をなでた。
「陛下……。エイミアが陛下のためにソファを用意しております。膝の負担が減りますゆえ、こちらにお掛け下さい」
「ほう……、これをエイミアがか? うむ……、これはなかなか心地良いのう」
「エイミアはなかなか気の付く娘でございますな。部下も世話になりましたし……」
「そうか……。では、合わせて礼を言うぞ」
デニス国王は、木箱とわらのソファーに座ると、エイミアに労いの笑いを向けた。
それを見たエイミアは、デニス国王に深く頭を下げると、バスケットから俺を取り出して抱き上げ、何度も頬ずりをするのだった。
「では……、陛下。あまり時間もございませんので、ゴードンより報告をさせていただきます」
「うむ……」
「まず、ルメール宰相から命があり、警備隊より三人の娘の捕縛隊が出動いたしました」
「むっ? ルメールからか……。よい、続けてくれ」
「捕縛隊は一個中隊にて、ランド山山頂で三人の娘を包囲しましたが、失敗し、全滅とのこと……」
「なっ、何……?」
「はっ……、コロの緊縛呪を受け、瞬く間に戦闘不能にされたそうでございます」
「ふむ……、そうか。ニックはコロを何て言っておったのじゃ?」
「類い希なオーブの使い手だそうで……」
「ふむ……、やはりな。続けてくれ」
「三人の娘は、戦闘不能の警備隊を治療の上、付き従い、昨日、警備庁に出頭して参りました。その後、私が聞き取りをしこの場を設定してございます」
「うむ……。概ね分かった。ゴードン、ご苦労であった」
デニス王は、先ほどまでの好々爺然とした表情を引き締め、ゴードンの報告を聞いた。
そして、今度はヘレンに向き直ると、
「ヘレン……。此度の用向きを説明せい」
と、まるで部下にでも言うように命じた。
「国王陛下に申し上げます」
「うむ……」
「先日、国王陛下並びに裁きのオーブよりのご助言をいただきまして、私共はオーブ研究家ニックの下に参りました」
「……、……」
「以下の出来事に関しましては、ゴードン総長閣下よりご説明がありましたので、省かせていただきます」
「うむ……」
「私共が、再び国王陛下のお言葉を賜りに参ったのには、三つの理由がございます」
「……、……」
「一つ……、暗黒オーブが王宮にないと、ルメール宰相閣下が知っていたこと」
「一つ……、ルメール宰相が、私達の中の誰かが暗黒オーブの使い手だと知っていたこと」
「一つ……、暗黒オーブと私達を捕らえ、国王陛下の意に背こうとしていたこと」
「うむ……。つまり、ルメールの処遇を、わしと裁きのオーブに聞こうと言うのだな?」
「仰せの通りにございます」
「そうか……」
デニス国王は、厳しい表情でうなずくと、またゴードンの方に向き直った。
「その方は、ヘレンの言い分をどう思っておる? 忌憚のないところを聞かせい」
「はっ……。私は、ヘレンの言い分は筋が通っていると思われます。実際に、私が命令を受けましたので、ルメール宰相の関与は間違いないかと」
「ふむ……」
「ただ、あの実直無比なルメール宰相が、陛下と国を謀ろうと言うのは、正直、私には得心がいきませぬ」
「うむ……」
「アイラなども、その辺については同じように感じておるようでございます」
ゴードンは、率直に意見を述べると、首をひねり、自身の白い髭をなでた。
「ヘレン……、その方は今、わざと三つ目の理由を名指ししなかったんじゃな?」
「さすが国王陛下……。ご賢察でございます」
デニス国王も、ゴードンがしたように、自身の白い髭をなでる。
ただ、ゴードンが首をひねり困惑気味なのに対して、デニス国王は泰然としている。
「……して、何故、名指しせなんだ? わけを申せ」
「それは……」
ヘレンが言い淀む……。
少し目を伏せ、眉根をよせるヘレン……。
しかし、二、三度目をしばたかせると、何事か決断したのか、すぐに視線をあげた。
「国王陛下に申し上げます……。私は、ルメール宰相閣下が国王陛下の意に背こうとしていたのではないと思うからです」
「ふむ……」
ヘレンは、決然と自身の意見を述べた。
事実関係が明らかで、ゴードンでさえ疑わざるを得ないと言っているのに……。
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