第25話 戦慄の魔術

「こ……、コロ?」

初めに俺の異変に気がついたのは、エイミアだった。

 俺の身体から漏れた闇は、煙状になって立ち上り、頭上で漆黒の球となっていく。


「えっ? おいっ、コロっ!」

アイラも異変に気がついた。

 俺の頭上の球がみるみる大きくなっていく。

 ダーツ三兄弟のときよりも、何倍も大きく……。


「……、……」

ヘレンも異変に気がついたが、見つめるだけで何も言わない。

 ヘレンは一度緊縛呪を見ている。

 だから、きっと、今、俺に何が起っているのか察していることだろう。


「おおっ! これが緊縛呪かっ! ま、魔力がこんなに貯まっておる……」

そうだよ……、爺さん。

 これが緊縛呪だ。

 まだ、俺もどれくらい凄い力か分からないけど、とにかくやってみるよ。


 皆が見つめる中で、俺の中の闇は、すべて体外に出た。

 漆黒の球は、ゆらゆらと収縮を繰り返しながら、俺の指図を待っている。


 行けっ……。

 俺は、比較的冷静にゴーサインを出した。


 漆黒の球は、収縮を止めた。

 そして、球の下部から、ピンポン球大の小さい球が次々と出てくる。

 その小さい球は、後から出てくる球に押し出されるように、四方八方に飛び散って行く……。


 壁に吸収されるように、飛び散った球は戸外に出て行く。

 幾つかの球はアイラやヘレンに当っていたが、何もなかったかのようにすり抜けて行った。


 何個くらい球が飛び散ったのだろう?

 大元の漆黒の球は、小さい球が発射される度にその大きさが小さくなっていく。

 ものの数秒で、漆黒の球はピンポン球大になり、最後の一つが壁をすり抜けると、何事もなかったように小屋の中に静寂が戻った。


「い、今のが全部、緊縛呪なのか?」

「……、……」

アイラは俺に向かって尋ねてくる。

 だけど、俺だって良く分からないよ。

 それに、猫に聞くなって……、応えようがないし。


 ただ、間違いなく暗黒オーブは緊縛呪を唱えていた。

 きっと、警備隊の人数分、球は放たれたに違いない。


「アイラ、見てっ! 警備隊が……」

ヘレンが叫ぶのを聞いて、アイラも窓の外を見る。


「な、何だ? まさか、あれ、全部止まってるのか?」

エイミアは俺を抱き上げ、窓の外を見せてくれた。

 するとそこには、何かから怯えて逃げようとする警備兵達の姿が見えた。


「あれ……、緊縛呪の球から逃げようとしたんだろうな。あたしもバロールにやられたときに逃げてみたけど、高速で追いかけてくるから逃げようがないんだよ」

「……、……」

「ヘレン……、裏はどうなってる?」

「裏も同じよ。皆、逃げ腰のまま固まってるわ」

「まあ、大丈夫だとは思うけど、一応、用心して、あたしが様子を見てくるよ」

「そうね……。せっかく作ったテーブルの盾も持っていくと良いわ」

アイラはヘレンの言うとおりテーブルを掴むと、扉を開け、周りを見回しながら外に出た。


「コロや……。凄い威力じゃのう」

「ニャア……」

「わしも何度か精霊のオーブが魔術を発しているところを見たことがあるんじゃが、一瞬でこんなに沢山の人間に効果を及ぼすのは初めてじゃわい」

「……、……」

ニックは驚嘆の声を上げながら、俺の頭をなでる。


 俺だって驚いてるよ。

 複数人にも対応はすると思ったけど、まさか、一回の発動でこれだけの人数を止めちゃうんだから……。


「ヘレン、エイミア、大丈夫だからちょっと来てくれ。これ、あまりにも凄すぎて、あとどうしよう?」

アイラは、盾などいらないとばかりに、脚を切ってしまったテーブルを壁に立てかけると、再び、外に出て行く。


 エイミアは、俺をニックにあずけ、薬の瓶が入っているバックを持って出ていった。


「コロや……。これで分かったじゃろう? お主と暗黒オーブの力はとんでもないものなんじゃ」

「……、……」

「古文書によると、光と闇のオーブは、精霊のオーブよりは格上なんじゃ。それに、お主と暗黒オーブの関係も単に扱えるだけの者とは違うようじゃ」

「……、……」

「これは大げさに言うわけではないんじゃが、お主は国の命運すら変えうる力を持っておることになる」

「……、……」

「バロール程度でも、他国や王宮から特別な待遇での招集がかかったと言うんじゃから、これからどんな誘いがあるかも分からん」

「……、……」

「じゃがのう……。これだけは忘れてはいかんぞ。お主を一番心配してくれているのは、あの三人の娘と暗黒オーブなんじゃからな」

「……、……」

「オーブの伝承を調べておるとな、大きな力を持ったが故に、道を踏み外した者も少なくないんじゃ」

「……、……」

「お主はそうなってはいかんぞ。分かったな……、コロ」

「ニャア……」

言っている意味は分かるが、俺にはまだニックが言っていることを実感できていない。

 確かに、オーブの力は凄い。

 俺の想像以上だし、暗黒オーブは緊縛呪だけでなく、もっと他の能力を持っていそうだ。


 だが、俺は、これが俺の力ではないことを分かっている。


 アイラのように、努力と修練、そして武闘の才能に恵まれているわけでもない。

 ヘレンのように、優れた洞察力や霊感を持っているわけでもない。

 エイミアのように、誰にでも優しく接する心根もない。

 俺は、ただいつも卑屈に生きてきただけだ。

 暗黒オーブの力があっても、俺が変わったわけではないのだ。


 なあ……、暗黒オーブ。

 さっき、俺は皆を護ると言ったけど、何だか急に怖くなってきたよ。

 だってさあ、俺が魔術を使えば、それを受けた者達は虐げられるんだからさ。


 それって、俺がいじめられてきたのと、どう違うんだ?

 俺はおまえの力を借りて、いじめているだけなんじゃないか?


 暗黒オーブのいらえはなかった。


 もしかすると、気を損ねたのかも知れない。

 都合の良いときだけ使って、使い終わったら、怖いとか、いじめてるだとかって言う、俺がおかしいのだろうから……。


 だけど、これだけは信じてくれ。

 俺は、怖いけど、大事なものを護りたいんだ。

 何か、矛盾するようだけど、これだけはちゃんと言っておくよ……。





 緊縛呪を受けた警備兵達は、日が暮れるまで固まったままであった。

 エイミアがシュールの薬を持ってはいたが、それは五人分程度で、とてもじゃないが足りなかったからだ。


 アイラは、警備兵達が持っていた弓を回収し、全部弦を切ってしまった。

 これから治療をするにしても、治ったときに万が一があるといけないからだ。

 飛び道具さえなければ、アイラにはいくらでも対処出来る自信もあるのだろう。


 ヘレンとエイミアは、シュールの薬を作るために、薬草を採りに行った。

 エイミアは、普段、店の中にいるだけだからインドア派だと思っていたが、度々、山に薬草を採りに行くそうで、かなりの健脚らしかった。

 だから、ほどなく薬草を採り終えると、あっという間にシュールの薬作りに取りかかり、夕方には人数分の薬を作り終えてしまった。


 ロベルトは、気を失っていたのをアイラに叩き起こされると(アイラは本当に腹部を殴打してロベルトを起こしていた)、薬草を煮る鍋を麓の村まで借りに走った。

 ニックの丸太小屋にある鍋の大きさでは、一度に多くの薬草を煮ることが出来ないからだ。

 そして、鍋を持って戻ってくると、今度は人数分の食糧を調達しに、アイラと狩りに出掛けるのであった。


 ニックは、

「貴重な資料になるから……」

と言って、動けない警備兵達をさかんに調べ回っていた。


「警備兵、156人全員が、ピクリともせん。どの文献にも載っておらんし、わしだけの研究成果じゃのう」

などと、調べては、俺に耳打ちしてくる。

 その様子は、さながら理科の観察でもしている少年のようで、歳を感じさせないほど活き活きとしていた。

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