(25)暴挙

「それでは皆様。新郎新婦がご不在の間、お食事と共にご歓談ください。ここで新婦ご友人代表の方々による、余興のご披露がございます。ただいま準備中ですので、少々お待ちください」

 主役二人が退出してざわめきが生じた会場内に、落ち着き払った司会役の説明が響く。それを聞いた佳代子は、軽く眉根を寄せながら独り言のように口にした。


「あら……。せっかく沙織の友達が余興を披露してくれるのに、主役がいない時間帯に設定されるだなんて。随分、段取りが悪いこと」

 するとそれを聞いた和洋が、嬉々として話しかけてくる。


「本当にそうだよね! せっかく沙織ちゃんのお友達が、準備してくれたのに! それもこれもあの男が!」

「五月蝿い」

「…………」

 問答無用で会話を断ち切られた和洋が、涙目で固まった。佳代子はそんな元夫を完全無視でワイングラスを傾け、柚希が焦りながらその場を取り繕う。


「え、ええっと……、日程的に色々余裕がなくて、当日のスケジュールの割り振りまで、目が行き届かなかったかもしれませんね!」

「まあ、そういう事もあるだろ。家同士の付き合いで、お偉方の祝辞の時に不在にするわけにはいかないだろうし。披露宴の内容は録画してあるし、後から沙織も内容を確認できるから良いんじゃないか?」

「そ、そうよね⁉︎」

 豊も、披露宴の一部始終を録画するために、会場内に設置されてカメラと撮影スタッフを指さしながら弁明した。するといつの間にか、一度上方に収納されたスクリーンが再び下ろされており、司会が会場内に呼びかけてくる。


「皆様。準備が整いましたので、会場内三箇所に設置いたしましたスクリーンにご注目ください。それでは新婦友人代表である新川様、お願いいたします」

 この間に前方に出ていたフォーマルドレス姿の由良が、司会からマイクを受け取った。そして会場内に向かって、徐に語り出す。


「新婦と同期入社以来の友人で、新川由良と申します。今回の祝典にお招きいただき、ありがとうございます」

 そこで一礼した由良は、落ち着き払って言葉を継いだ。


「私は新婦と知り合って以降、彼女の真っ直ぐな気質と粘り強い交渉力、そして何者にも引けを取らない行動力、それらを間近で見てまいりました。彼女は本当に優秀な社員であるという以上に、非常に人間的魅力に溢れた女性だと思っております」

 大真面目に沙織を賛美する言葉を口にした由良だったが、ここで何故か急に悔しそうな表情を見せる。


「しかし残念なことに、幾ら言葉を尽くしても、他人の魅力というものはなかなか伝わりにくいのが世の常。この披露宴での限られた時間内では、彼女の魅力を皆様に存分にお伝えできないと、口惜しく思っておりました」

 いかにも無念そうな語り口だったのはここまでで、由良は一転して明るい笑顔で声を張り上げる。


「ですが僥倖にも彼女の人となりを短時間で十分に理解していただける、更に新郎である松原友之氏が、彼女の最大の理解者であり最高のパートナーであるのが否応にも理解していただけるものを、準備することができました! 新郎新婦の新しい門出に、これ以上相応しい物は無いと断言できます! さあ、皆様! ご覧ください! 新郎新婦主演メモリアルムービー《プリンセス・レジェンド》です! VTRスタート!」

 由良の叫びと共に一斉に会場内の照明が落とされ、アップテンポの音楽と共に三箇所のスクリーンにオープニングが映し出される。大半の招待客は何事かと呆気に取られて見やるだけだったが、会場内の一部では一気に空気が険悪になった。


「…………は?」

「…………なんですって?」

 和洋は固まっただけだったが、佳代子は殺気すら含んだ低い声で呻いた。以前、親族だけの披露宴の席で観て爆笑していた柚希も、今回はさすがに笑う事などできず、涙目になって姑を宥める。


「おおおお義母さんっ、あの、お願いですから、冷静に! 豊!」

「向こうの、天真爛漫なお義母さん辺りだろうな……。やられた……」

「冷静にそんなことを言っている場合⁉︎」

 額を押さえて項垂れる夫を、柚希は容赦なく叱りつけた。そして動揺著しいのは、松原家の親族席でも同様だった。


「例の……、以前見た、あれだわね………」

「………………」

 見覚えがある静江が唖然として呟き、孝男が無表情で娘夫婦に目を向ける。婿である義則が舅の視線から目を逸らす中、真由美は満面の笑みで周囲に同意を求めた。


「うふふ、やっぱり新川さんにお願いして正解だったわ。ほら、皆見入ってくれているわよ? 感激して、言葉がないみたい」

「いや、感激ではなくて、ただ度肝を抜かれて固まっているだけだと思うが……」

 娘夫婦のやり取りを聞いた孝男は、精一杯声を潜めながら娘を叱りつけた。


「真由美! おっ、お前の仕業かこれはっ!」

「そうよ。素敵でしょう?」

「義則! お前がいながら、何をやらせている‼︎」

 孝男は、全く悪びれない笑顔を向けてきた娘から、婿に非難の矛先を向けた。しかし義則は、色々諦めた表情で詫びを入れてくる。


「申し訳ありません、お義父さん。ですが真由美は言い出したら、聞く耳を持たないもので」

「我儘を大目に見るのは、時と場合と内容によるだろうがっ!」

「育て方を間違えたかしら……。もうこうなったら、最後まで観て貰うしかないわよね。途中でやめるわけにはいかないし」

 何やら達観した声音で静江が呟き、孝男はがっくりと肩を落としながら周囲の招待客達の反応を窺う。そんな悲喜こもごもを含みながら、VTRは最後まで問題なく上映を終えた。




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