(16)超VIPの来訪決定

「親父が先代の桜査警公社社長に気に入られて、開業資金を全額出して貰って以降、そこのサイバーアタックに対する防衛システム構築の開発と管理運営をCSCが請け負って、持ちつ持たれつの関係だってことは話したよな?」

「確かにこの前、そんなことを言っていたわね。それで?」

「あそこの信用調査部門の能力は、国内随一と言っても過言ではないんだ。当然、付き合いがある以上は、うちの事も徹底的に調べている。桜査警公社にちょっかいを出す勢力と、万が一にも繋がっていたら拙いからな。それで、親父達の離婚の事情もご存じだ」

 そこで沙織の顔が、盛大に引き攣った。


「ええと……、その……、《あの》一部始終を? 洗いざらい?」

「一切合切な。ところでお前、その事を松原家側に伝えているのか?」

 そこで沙織は、反射的に義則の目を向けた。対する義則は(何のことだ?)と怪訝な顔をする。次いで額を押さえて項垂れている友之を見てから、沙織はスマホに向かって言葉を濁した。


「友之さんには話しているけど、さすがにお義父さんとお義母さんには……」

「だろうな。先方には口外しないように、やんわりとお願いしておく」

「お願い」

 さすがに誰彼構わず口にできる内容ではないと分かっている豊は、それ以上それについて話すのを止めた。


「それで、俺と柚希が結婚する時、どこからかその話を聞きつけた会長が『あんな別れ方をした夫婦が息子の結婚を機に久しぶりの再会を果たすのよね!? 笑顔で和解するのかしら? それと激しく罵り合うのかしら? 凄く興味があるわ!』と興味津々で仰ったそうで、愛妻家の社長から『妻がこう言っているので、披露宴に招待して欲しい』と要請されたんだ」

 そこで沙織は、不審に思いながら確認を入れた。


「ちょっと待って、豊。披露宴の時に、そんな名前と肩書のご夫婦はいなかったわよね? あの時、席次表を見たから、そこに名前があったら記憶にある筈だもの」

「それが、先方にどうしても外せない用事ができてしまったらしく、披露宴のひと月前に丁重に断りの連絡がきたんだ。詫びのしるしにと、ご祝儀を五百万貰った」

「そうだったの……」

「その時、『是非妹さんか弟さんの結婚披露宴の時に、改めて招待して欲しい』と言われていた。今回どんな筋からかは不明だが、若かりし頃に年上女に弄ばれた間抜け男の話も小耳に入れていたらしいな。それでこちらからお誘いする前に『困ったさんと凛々しい妹さんの結婚披露宴に招待して欲しい』と向こうから言ってきたので、断れるはずもなくてな」

 溜め息まじりに語られた内容を聞いて、沙織の眉間にしわが寄る。


「何それ……。その場合、そのご夫婦の興味の対象って、お母さんと和洋さんに加えて友之さんもなの?」

「プラスお前だ。メンヘラ女と大立ち回りをした挙句に病院送りになった当事者が、何を他人事みたいに言っている」

「勘弁して……」

 容赦の無い豊の指摘に、沙織はがっくりと肩を落とした。そんな妹を慰めるように、豊がスマホ越しに言い聞かせてきた。


「でもまあ、怒らせなければ別に問題は無いし、社長はともかく会長は常識的な方だ。あまり心配するな。それじゃあな。そちらのお義父さんとかに聞かれたら、それなりに上手くごまかしておけ」

「上手くごまかしておけって、ちょっと豊! そんな無責任な!! あ、切ったわね!?」

 しかしそこで通話が一方的に終了し、沙織は憤慨した。そして義則と友之が、揃って沈痛な声で呻く。


「どう考えても、断りを入れられる雰囲気ではないな……」

「『困ったさん』って、どう考えても俺の事だよな……」

「その……、色々と申し訳ありません」

 明らかに披露宴における懸念事項が一つ増えたのが判明し、沙織は舅に向かって神妙に頭を下げた。しかしなんとか気を取り直した義則が、苦笑いで宥めてくる。


「あ、ああ、沙織さん。気にしなくて良い。ご両親の事情とかは分からないが、友之自身もご夫妻の興味を引いてしまったようだから、仕方がないだろう。事情は分かったから、一応兄に簡単に報告しておく。当日に驚かせたくはないからね」

「はい。よろしくお願いします」

 そこで義則は電話をかける為、居間を出て行った。その直後、沙織と友之は無言のまま、申し合わせたように自身のスマホを取り上げ、一心不乱に検索を始める。しかし十分程経過してから、沙織は困惑しきった顔を上げた。


「友之さん。桜査警公社って、ネット検索してもほとんど情報が出てこないんだけど。少しはあるけど、全然的外れな組織や会社の情報だけだし。どういう事かしら?」

 それに友之も、顔を上げて応じる。


「わざとネット上から、情報を消しているとしか思えないな。これにCSCが一枚噛んでいるんじゃないか?」

「ああ、なるほど……。そう考えるのが自然よね。埋もれたり隠された情報を掘り起こして探し出すことができるなら、不特定多数の不要な情報を選別して、随時即座に抹消することもできそうよね……。でもそれはある意味、相当物騒な会社と言えない?」

「相当、得体が知れないのは確かだな」

「…………」

 そこで二人揃って何とも言えない顔を見合わせていると、友之のスマホが着信を知らせてきた。反射的にディスプレイに目を落とした友之が、怪訝な顔になる。


「うん? こんな時間に誰……、すまない、沙織。清人さんからだ」

「出て構わないわよ?」

 待たせたりしたら面倒くさそうだと思った沙織が告げると、友之はすかさず応答した。


「はい、友之です。清人さん、一体どう」

「お前の結婚披露宴に、桜査警公社の会長と社長が出席すると言うのは本当か!?」

「うわ……」

「おい! 黙っていないで、なんとか言え! 聞こえないのか!?」

 常にはない大声で怒鳴りつけられ、友之は反射的に耳からスマホを離した。その声が漏れ聞こえた沙織が何事かと驚いた顔を向ける中、友之は先程彼女がしていたようにスマホのスピーカー機能を作動させ、ローテーブルに置いてから会話を続行する。


「ええと……、はい。つい先程それが判明して、父さんが伯父さんに伝えておくと言っていましたが、伯父さんから清人さんに話があったんですか? 随分、早いですね」

「そんな悠長な事を言っている場合か!? いいか!? 当日は万が一にも、あの二人を怒らせたりするなよ!? お二人が会場入りしたら、お前を連れて挨拶に行くからな!!」

「清人さん? 俺は新郎なんですが?」

「それがどうした!! 新婦は身支度で動きが取れないだろうから言い訳もできるが、男が動けないわけないだろうが!!」

 相変わらず動揺著しい義理の従兄の様子に、友之は怪訝に思いながら問いかける。


「あの……、清人さん? 先代社長の加積康二郎氏は清人さんの結婚披露宴の時に招待されていたのを見た記憶がありますが、もしかして現社長会長夫妻とも面識があるんですか?」

 すると清人は不自然に口を閉ざしてから、低い声で呻くように言ってくる。


「……社長が大学の同窓生で、俺が在学中に所属していたサークルのOBだった。それで在学中は勿論、卒業後も少々接点があってな」

「そうでしたか。それなら」

「だからあの人のヤバさと底意地の悪さと、奥方の底知れなさと容赦の無さを嫌というほど知り尽くしているんだ!!」

「…………」

 落ち着いたのかと思いきや、先程以上の剣幕で絶叫した清人に対して、友之は何も言えずに口を噤んだ。


「いいか!? 披露宴で出す料理と引き出物は、今から最高ランクに変えろ!! 一千万だろうが二千万だろうが、追加費用は全額俺が出す!!」

「え? 今から!?」

「そんな無茶な!?」

「椅子も一番良いものにしろよ!? あとお二人の席は、嫁のご両親の様子が良く窺える場所にしろ!! 分かったな!?」

「ちょっと待ってください、清人さん!?」

 急にとんでもないことを言われてしまい、沙織と友之は揃って狼狽した。しかし次の瞬間、清人は何を思ったが、ひんやりとした声音で通告してくる。


「それから……、一々言うまでもないが、万が一離婚とかの事態になったら、実際に別れる前に俺がお前の息の根を止めるから、そのつもりでいろ」

「……どうしてそうなるんですか?」

 何を言い出すんだと顔を引き攣らせた友之が尋ねると、清人は押し殺した口調のまま説明してきた。


「そんな事になったら嫁の実家が激怒して、桜査警公社にろくでもない依頼をするかもしれん。そうなったら確実に松原工業は跡形もなく潰れるし、とばっちりで縁戚の柏木産業まで吹っ飛びかねない。だがお前が急死して嫁が未亡人になる分には、まだ許して貰えるだろう。俺には柏木家と柏木産業を守る義務がある。お前の命は、はっきり言って二の次だ」

 清人からろくでもない事を断言されてしまった友之のこめかみに、くっきりとした青筋が浮かび上がる。


「……沙織と別れるつもりはありませんから、安心してください」

「今のところはだろう?」

「未来永劫ありませんよ!! 失礼します!!」

 そこで完全にキレてしまった友之は、捨て台詞を吐いて通話を終わらせた。


「全く、ろくでもない……」

「今から変更……。二か月切ってるのに、どう考えても無理なんじゃ……」

 予想外の難題が勃発し、沙織と友之はうんざりした顔を見合わせた。更にその直後、清人から指示を受けた披露宴会場のホテルの担当者から立て続けに電話がかかってきたことで、二人は本気で頭を抱える羽目になった。


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