(12)緊張感満ち溢れる披露宴

 三月に入り、沙織と友之が準備を進めていた、親族のみでの披露宴当日となった。

 都内某一流ホテルの宴会場フロアの一角に設けられたその会場は、他のそれとは広さに劣り列席者は極少人数ながらも内装や備品の格調高さは変わらず、携わるスタッフも信頼の置ける人物ばかりであり、準備の間、主役二人はそれらに対して全く不安を感じていなかった。しかし当日を迎え、どうしても他の事に関して不安を拭えなかった。


「それではこれより、松原家、関本家の結婚披露宴を開催いたします。まず新郎新婦から、ご列席の皆様へのご挨拶をいただきます」

 司会役の男性が落ち着き払って披露宴の開催を宣言し、促されたタキシード姿の友之と、マーメイドラインのウェディングドレスを身に纏った沙織が、背後に控えていたスタッフに椅子を引いて貰い、静かに立ち上がった。そしてタイミングを合わせて二人で一礼してから、縦二列に別れて向かい合って座っている両家の家族に向かって、神妙に挨拶を述べる。


「本日はご多忙の中、私達二人のためにお越しいただき、ありがとうございます。私達は先日グアムにて、滞りなく挙式いたしました。今現在、夫婦となった喜びと責任の重さを、日々実感しております」

「本日は、日頃お世話になっている皆様をお招きし、挙式の様子をご披露する、この席を設けさせていただきました。限られた時間の中、行き届かない事もあるかとは存じますが、どうぞ皆様楽しい時間をお過ごしいただければ幸いです」

 二人で用意していた台詞を述べ、出席者からの拍手に再度頭を下げて着席すると、如才なく司会者が出席者の紹介を始める。


「それでは次に、ご列席の皆様のご紹介に移ります。まず新郎のご両親の、松原義則様、真由美様」

 そして新郎の両親、祖父母と、司会者が座っている順に名前と略歴を紹介していくのを聞きながら、友之と沙織は密かに肝を冷やしていた。


(事前にスタッフに簡単に事情は説明してあるから、滅多な事にはならないと思うが……。俺の方はともかく沙織の方が、席の並びも空気も微妙過ぎる。お義母さんと隣り合わせにはできないのは理解しているが、お義父さんが一番末席で、本当に良いんだろうか?)

(お母さんは無表情だし、薫は睨んでいるし、豊は顔色が悪いし、柚希さんは対照的に満面の笑みだし、お父さんは早くも涙目だし……。最後まで保つかしら?)


 友之の方は、自分達に近い方から父母、祖父母と席の並びがすんなり決まったものの、沙織の方は結構悩んだ挙げ句、母、弟、兄、兄嫁、父の順になっており、不安要素の一つとなっていた。

 しかしさすがにプロの司会者らしく、佳代子の神経を逆撫でするような不用意な表現は用いず、かといって和洋を必要以上に落とす事も無く、勿論慶事にはご法度の「切れる」「別れる」などのNGワードなどかすりもせず、過不足なく両家の説明を終えた彼に対して、主役二人は尊敬の眼差しを送った。


「それでは続きまして、先程ご挨拶の中にもありましたグアムでの挙式の様子を、そちらの壁面のスクリーンに投影いたします。乾杯の後にお食事をお楽しみつつ、ご歓談しながらご覧ください」

 司会者がそう告げると同時に、沙織達の正面に当たる壁の上部からスルスルとスクリーンが下り始め、音もなく入室したスタッフが、手際よく各自の前に前菜の皿やグラスを揃える。続けて司会者に促されて義則が乾杯の音頭を取り、皆が一口飲んだところで室内の照明が手元が分かる程度に落とされ、沙織達の挙式の一部始終を記録した映像が映し出された。


「うわぁ~、凄く素敵~! 白と木目調で統一された抜群のセンスのチャペル内もそうだけど、壁一面の窓の向こうに広がる空と海の青! ロマンチックねぇ~」

「こういう所を式場に選んだ、友之さんと沙織のセンスが光っているな。それ以上にどちらの魅力も、選んだ衣装が引き立てているし。本当に、見映えがする美男美女で羨ましい」

「お褒めいただき、恐縮です」

「豊と柚希さんも、十分美男美女の部類に入ると思いますよ?」

「あら、沙織さん、ありがとう」

 すかさず式場を誉めた柚希の台詞にかぶせるように、豊がさりげなく二人を持ち上げる。それに友之達は笑顔で応じた。


(何となく柚希さんは、母さんに通じるものを感じる……。天然なのか? お義兄さんの苦労性の一端が、見えた気がするな)

(薫は調整役として当てにならないし、お母さんとお父さんの微妙な空気をものともしない、柚希さんの朗らかさが救いだけど……。どうかこのまま、問題なく終わりますように)

 主役二人がそんな不安を抱えつつも、傍目には問題なく宴は進んでいく。

「それでは皆様、暫くはお食事を召し上がりながら、ご歓談ください」

 上映が済んでからも、主に義則夫婦と豊夫婦の間で話が盛り上がり、時には他の者も会話に混ざって和やかにひと時を過ごした。


「それでは最後に、新郎新婦の仲睦まじい様子を余すことなく表現致しました、メモリアルムービーを作成されておりますので、今からそちらをご披露させていただきます」

 司会者のその声に、事情を知らない面々から声が上がる。


「あら、そんな物があったの?」

「それは是非、見せて貰わないとな」

「楽しみだわ」

(仲睦まじい様子って……、この司会者、事前に観ているのかしら?)

(絶対、母さんからそういう内容だとしか聞いていないよな。実際に観た上であの平常運転なら、プロ中のプロだ)

 周囲からの期待に満ちた声を聞きながら、友之と沙織の緊張が徐々に高まっていく。


「それでは上映を開始いたします。皆様、ご覧ください」

 その台詞と共に、先程と同様に幾らか室内の照明が落とされ、スクリーンへの投影が始まった。しかしそれを目にした直後から殆どの者が呆気に取られ、困惑の声を漏らす。


「え? これは……」

「二人の出会いの、再現VTRとかではないの?」

「ええと……」

「…………」

 真由美だけが満足そうに微笑む中、他の者達は困惑の表情を隠さないまま、周囲の者の顔色を伺う。それは司会者や室内に控えているホテルの従業員達も同様であったが、上映開始から五分も経過しないところで笑い声が響き渡った。

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