(15)些細な懸案事項

(単なる気のせいかもしれないけど、やっぱり気になる。一応今日のうちに、確認しておこう)

 ある日、夜も結構遅くなってから、沙織はその日少々気になっていた事を確認するべく、友之の部屋のドアをノックした。


「友之さん、入っても良いですか?」

「ああ、構わないぞ? 感激だな、沙織の方から夜這いに来てくれるなんて」

 机に向かっていた友之が、椅子ごと振り返りながら笑いかけてきた為、沙織は相手を軽く睨み付けた。


「真面目な話をしに来たんですけど」

「悪い、冗談だ。どうかしたのか?」

 手振りで示されたベッドの端に素直に座った沙織は、どう言ったものかと一瞬悩んでから、向かい合っている友之に単刀直入に尋ねた。


「単に、私の気のせいかもしれませんけど……。今日、部長に呼ばれてから一日中、難しい顔をしていたみたいだから。何か面倒な事でも起こったのかと思って」

 それを聞いた友之は、素で驚いた表情になった。


「顔に出ていたか? それとも沙織の愛の力か?」

「……友之さん?」

 驚きながらも軽口を叩く友之を、沙織が若干目を細めながら睨み付けると、彼はすぐにふざけるのを止めて話し出した。


「分かった。真面目に話す。別に俺達の関係が誰かにバレて、困った状況になった訳では無い。正月明けからうちの課に、新人が入る事が決まった」

 素早く沙織の懸念を察し、それを打ち消した友之だったが、それを聞いた沙織は懸念が解消されたのは良かったものの、怪訝な顔で問いを重ねた。


「新人って……。しかも一月なんて中途半端な時期ですから、当然新卒ではなくて既卒者ですよね?」

「ああ。大学卒業後九年近く、鹿取技工の営業職として勤務している」

 それを聞いた沙織は、今度こそ本気で驚いた。


「はぁ!? ちょっと待ってください! 鹿取技工と言ったら、まともに営業二課の競合社じゃないですか? 松原工業自体は工作機械以外にも手広く事業を展開していますから、会社全体の規模はこちらの方が段違いに大きいですが」

「そうなんだ。そういう経歴の人物が、いきなりライバル社に再就職するとか、それなりの事情があるとは思うが」

 難しい顔になりながら説明を続ける友之に、沙織が確認を入れる。


「松原工業がその人を、引き抜いたわけでは無いんですね?」

「そんな話は皆無だ」

「まさか……、うちの内情を探るスパイとか?」

「手続き上は、きちんと退社する事になっている。十二月末付けて退職で、今現在は有給休暇を消化中らしい」

 それを聞いた沙織は、疑念に満ちた表情を和らげ、納得したように頷く。


「ボーナスをしっかり貰いつつ、年末の忙しい時期に残りの有休消化ですか……。確かに同僚の顰蹙を買いそうですし、ほとぼりが冷めたら職場復帰、という雰囲気でも無さそうですね」

「確かに、円満退社というわけでもなさそうだな。それで色々面倒そうだし、どの程度使える人間だろうかと考えて、無意識に難しい顔になっていたらしい。沙織に余計な心配をかけるなんて、俺もまだまだと言う事か」

 そんな事を自嘲気味に告げた友之に、沙織は軽い口調で言ってみた。


「まあ、何とかなるんじゃないですか? 本人が来てから考えても遅くは無いですし、ちょっと友之さんらしく無いですよ?」

「そうだな。確かに、俺らしく無かったかもしれない。最近は沙織に関して色々な心労が重なって、心配性になっていたか」

「誰が、どんな心労をかけたって言うんですか?」

「まあ、それは置いておいて、母さんから『せっかくだからクリスマスとか、二人で外で食事をして来なさい』とか言われたんだが」

 その提案に、沙織は難しい顔になって考え込んだ。


「うぅ~ん、確かに行こうと思えば行けない事もないですが、ちょっとその辺りは何時に上がれるか、確定して無いんですよね」

「俺も同様だ。そういう訳だからクリスマス前後にこだわらず、都合の良い日を選んで飲みに行くぞ」

「食事をしに行くんじゃなくて、飲みに行くと言う辺り」

「沙織の事を、良く分かっているだろう?」

「反論できない」

 軽快な会話を交わして二人が楽しげに笑い合っていると、ノックする音と共にドアが開き、真由美が顔を覗かせた。


「友之、明日の朝は早く出るって言っていたわよね?」

「ああ、悪いけど、七時には出るから」

「ちゃんと朝ご飯は準備しておくから、安心して。それからお邪魔したわね。今度友之の部屋の分も、ドアプレートを準備しておくから。それじゃあ、おやすみなさい」

 沙織にも笑顔を振りまいてから真由美が姿を消すと、友之は苦笑いで沙織に謝った。


「相変わらず、母さんが天然ですまないな」

「もう慣れましたから。それに二世代同居であれば、それなりに色々あるのは当然ですよ」

「本当に……、俺は子供だったから気が付かなかったかもしれないが、両親と祖父母の間にも色々あったのかな?」

「あったんじゃないですか? わざわざ口には出さなかっただけで。それじゃあ私も、明日は朝から外回りなので、もう寝ますね」

「ああ、おやすみ」

 この頃にはすっかり松原家での生活パターンにも慣れていた沙織は、友之と軽くキスしてから気分良く部屋を出て行った。

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