昨日の夜はなんだかよく眠れなくて、夜明け時に目が覚めたままもう一度寝付けなかった。手持ち無沙汰になったので始発に乗って学校に来た。


私の最寄りの始発に乗ったところで学校につく時間はというと高が知れている、とはいえ人はまばらで片手でも数えられそう。


まだまだ始業まで時間がある。

こんなに活動的な朝も珍しいのでふと昨日の広場でも覗こうかと思い立つ。きっと春の風が気持ち良い。


どうやって行くんだっけ


しばらく校舎の周りをうろうろしてしまい周りの目も気になり始めたところで、


あ、たしかここの裏を通って


散り始めた梅の花をぐっと踏みしめて角に差し掛かった時、物理的に後ろ髪を引かれたように体が止まる。


「ね、いいじゃんさ、ここなら」


聞き覚えのあるような声と、梅の木の奥に人影、とそれに詰め寄る人影



「 ばかいいなさい。学校よ、誰が通るか 」


「 は?こんな時間に誰も通らないってこんなとこさ」


「 私は学校では先生なの。違う人なの。バレたらどうなる分かるでしょう 」


「 あは、いーじゃん先生と生徒。すごい興奮するんだけど、そういうの。ねー、マコ。そんなこと言ってマコもいつも楽しんでんじゃんこういうの。そのセリフもう聞き飽きてつまんない、もうちょっと別の常套句も用意したら? 」


「 学校でそう呼ぶのはやめてって言ってるじゃない! 」


「ふーん、じゃあこっちの方がいーんだ。"おねーちゃん" 」


「 ばか、やめっ」


急に声が途切れて

ふわりと木陰から校舎の壁へ揺れた顔は


ひ、日向さんが2人...


顔を重ねて、ここまで吐息が聞こえてきそうな、


何がなんだかわからないけどとにかくここにいちゃいけないことだけはわかってでも体が思ったように動かないのもわかってすぐには動けなくて、


それでも走った


勢いで階段も駆け上がった


変な奴だ


喜雨「 き、霧雨さん、どしたん 」


霧雨「 い、遅れそうかなーみたいな、あはは 」


喜雨「 まだ10分くらいあるけど」


そう言って笑う喜雨さんはそれ以上は聞いてこなかった


やっぱり霧雨さんって面白いわ、可愛い。と、そう言い放って


「 あ、蘭ちゃん、おはよ。どしたん 」


走って高鳴ったのとは別に、どっ と心臓がはねて絞り出た


霧雨「 おはよう 」


喜雨「 確か...日向さん、だよね、ふたりとも知り合いだったんだ 」


日向「 昨日、ちょっとね 」


日向さんはそう言って悪戯っぽくウインクしてみせる


喜雨「 えーなにそれ気になるじゃん 」


日向「 あはは、秘密だよ秘密。ね、蘭ちゃん 」


  


  「 秘密だよ 」



ワントーン低いその声は最後にぐっと顔を近付けて私の耳元で囁かれた




私は力なく自席に腰を落とす



私があそこで聞いたのは確かに日向さんの声で、見た顔は確かに日向さんで、でも"どっちも"日向さんじゃなくて、でも最後の


「えへへ、これで今日も頑張れる 」


その声は日向さんで、走り去る時、視界の隅で捉えたその笑顔は日向さんだった


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