40話 ランチタイム

 お昼休みになり、外へ食べに行くという国枝氏を、祖父母たちと一緒にスタンド席に呼び寄せ、みんなでお弁当を食べることに。



「僕までおよばれしてしまって、申し訳ないね」


「たくさん作ったので、どうぞご遠慮なく」


「それにしても、すごいご馳走だね。とても娘の柚希と同じ年齢としの子が作ったとは思えない出来栄えだよ」


「ありがとうございます」



 いつも高級なご馳走に慣れている国枝氏も、木の実ちゃんの実力に脱帽といった様子。


 そこへ、



「お待たせ~!」「あー、腹減ったーっ!!」



 と言いながら、夏輝くんたちも合流。


 腰を下ろすなり、『頂きます』も言わずに食べ始めた男子たちに、大人たちは思わず苦笑。



「つか、行儀が悪いんだよ、おまえは!」


「うるせー、ブス! おまえこそ、何でここに居んだよ?」


「は? 誰がその弁当運んだと思ってんだよ? 先ずは、『お姉さま、ありがとうございます。頂戴致します』って言ってからだろ? 勝手に食ってんじゃねえよ!」


「知るか、そんなこと! 運び終わったんなら、さっさと帰れよ、ブス!」


「まあ、まあ、まあ!」「ふたりとも喧嘩しないで…!」



 思わず止めに入る祖父母たちに、すかさず私たちがフォロー。



「大丈夫です。この姉弟のいがみ合いは、いつものことだから」


「でも…」「ねえ…」


「そうそう。これが正常な状態なので、心配ご無用です」


「最近の子っていうのは、随分冷静なのねぇ~」


「時代が違うんですよ、おじさん、おばさん」



 そう言った国枝氏に、思わず苦笑い。



「それより、ばあちゃんたちも食べなよ」


「木の実ちゃんのお弁当、本当に美味しいよ」



 夏輝くんと私からも促し、それでもまだ淵井姉弟のほうを気にしつつ、おずおずと食べ始めた祖父母たちでしたが、目論見通り、結構お口に合ったようで、次から次へと手が伸びます。


 それにもまして、中学生男子三人の食欲は凄まじく、



「やっぱり、男の子は食べる量が違うな~」


「本当、見ていて気持ちが良いこと~」



 あれだけたくさん作ったお弁当も、あっという間に完食してしまいました。





 午後のプログラムが始まるまで、スタンド席で歓談していた私たち。


 母校という場所柄もあり、同級生と再会し、童心に帰ってはしゃぐ国枝氏たちに、



「まったく、おまえたちは幾つになっても変わらんな~」


「それよりおじさん、またあの話、してくださいよ!」


「奇跡的に焼け残った桜淵の話か?」


「何ですかそれ!?」「是非、聞かせてください!」


「そう、あれはこの町が大火に襲われた日だった…」



 そう語り始めた半世紀前の大先輩の話を、目を爛々とさせ食い入るように聞き入る、四半世紀前の桜淵生たち。


 祖母たちは、久しぶりに会ったお互いの孫の成長した姿に目を細め、近況に想い出話に、話が尽きない様子。


 そんな様子を見ながら、何気なく言った夏輝くんの一言。



「何か、良いよね。僕たちも、何十年後とかには、あんな感じになってるのかな?」



 それに、満面の笑顔で頷く私たち。



「ホント、こうめのおじいちゃんとおばあちゃん、良いよね」


「夏輝のおばあちゃんとも、すごく仲良いし」


「一緒に、孫の体育祭見に行くんだもん。素敵よ!」


「あんなふうに、長閑な老後を過ごしたいよね」



 今こうして穏やかな時間を過ごしている祖父母たちですが、彼らこそ、あの激動の時代をリアルタイムで駆け抜け、敗戦後の焼野原だったこの国を、見事に復興させた世代です。


 彼らが生き抜いた『戦争』がどれほど過酷なものだったのかを、私たちは知りません。この町が空襲で火の海と化した日、命からがら辿り着いたこの学校で何があったのか、それはまた別のお話。


 ともすれば、何不自由なく生きているこの社会を、当たり前のように感じてしまいがちですが、それを享受する私たちは、決して忘れてはいけないのです。


 今の平和は、大変な犠牲と、生き残った人たちの血の滲むような努力の上にあるのだということを。



「いつか歳を取ったら、僕たちも孫の体育祭の応援に行きたいよね」


「絶対行こうよ!」「うん、みんなで行こう!」


「その頃、僕たち、どんなふうになってるのかな?」


「髪は真っ白になってたりして?」


「白髪ならいいけど、ハゲてたらショックだなー」


「おまえは絶対ハゲる。父方母方、両方とも祖父ちゃんハゲてるから」


「うっせー、ブス! オマエなんか、しわくちゃのババアじゃねえか!」


「そこは、リヒトホーフェン製薬の力で、強力な育毛剤開発すれば良いじゃん?」


「あ、だったら歳を取らない薬も開発してよ!」


「いっそ、不老不死の薬とか?」


「いいね、それ!」「聖、絶対作れよな!」


「ったく、勝手なことばっか~~! だったら、おまえら責任もって、人体実験に協力しろよ?」


「それは…」「ちょっと…」「嫌かも…」



 いつもの如く、話がおかしなほうに脱線し、笑い転げる私たち。


 10年のスパンも実感が持てず、老いも死もまったく現実的ではない年代にとって、50年後の自分たちの姿など想像出来ず、まして、不老不死の薬の価値など分かるはずもなく。



「まあ、とりあえずハゲても、薬が出来れば何とかなるし」


「だね。カツラや増毛だってアリだよね」


「うん。そっちの技術も進化するかも知れないしさ」


「ちょっと待てよ! 何で僕だけハゲる前提なんだよ?」


「だから、遺伝だっつーの」


「黙れ、ブス!」


「大丈夫だよ。聖がハゲても、僕たちずっと友達だから」


「誰もあんたのこと、見捨てたりしないから」


「うん!」「絶対に!」「約束するわ!」


「だから! ハゲねーし!!」



 一方、シュールにその価値を実感する年代の千鶴子・菊子両おばあちゃんが、とどめの言葉。



「ね、聖ちゃん、その若返りのお薬が出来たら、真っ先におばあちゃんに頂戴な」


「どうせ私たち、すぐ死んじゃうんだから、実験でも何でも協力してあげるわよ」


「そのお薬が成功してたら、頭に塗ればいいじゃない?」


「ばあちゃんたちまで…!! あ゛ーっ! もう頭っ来たっ! 午後のプログラム、ボイコットしてやるーっ!」



 すると、それまでOBでかたまり、話に夢中になっていた祖父や国枝氏たちが、急に聖くんのほうへ振り返り、つかつかと歩み寄ったとかと思うと、



「君は、リレーの決勝に出ないつもりかい?」


「え? あの…?」


「桜淵生にとって、リレー、それもアンカーに選ばれるなんて、これ以上ない名誉だってこと、分からないはずないよね?」


「あの、だから、それはこいつらが…」


「嘆かわしい! そんなことも分からないようなら、もう孫とは思わん!」


「君をそんな子に育てた覚えはないよ!」


「…孫じゃねーし、育てられた覚えもねーし…」



 と、意味不明な展開に。


 私の父もそうなのですが、桜淵のOBというのは母校に対しやたらと熱く、久しぶりに会う級友が自宅へ来るなり、いきなり一緒に校歌を歌い始めることも。


 また、初対面でも、桜淵OBだと分かった途端、何年度の卒業やら、校舎のどこがどうとか、部外者には分からないマニアックな会話で盛り上がる癖がありました。


 とりわけ、体育祭には特別な思い入れがあるらしく、中でもクラス選抜リレー、ましてやアンカーともなれば、もうそれ自体が武勇伝であり、ヒーローになるようで。



「いいか! 他の競技はともかく、リレーをボイコットすることだけは、絶対に許さないからね! さもなくば、金輪際、君のことは他人だと思うことにしよう!」


「僕も、今日をもって絶交する!」「同じく!」


「…だから、他人だし、今日会ったばっかだし…」


「桜淵生たるもの、家族も同然! 先輩の言葉は、絶対だ!」


「分かったら、返事!」


「は、はい…」


「声が小さい!」


「はいっ! …って何で僕が?」


「よーし! これで君も立派な桜淵生だ! それっ!」



 その掛け声で、一斉に校歌を歌い出すOBの、おじいちゃんとおじさんたち。


 唖然としながら距離を置いていた夏輝くんと冬翔くんまで、強制的に合唱の輪の中へ。



「何、この世界観?」「さあ…?」



 その様子を寛容に見守る祖母たちと、思わず首を傾げる私たち。


 そうした光景は会場のあちこちで起こり、その度に校歌を斉唱するため、今日初めて聞いた私たちまで歌えてしまうほど。



「私、つくづくこの学校の生徒じゃなくて良かったって思うわ」


「うん」「同感」「だね」



 お腹も満たされ、十分リフレッシュしたところで、間もなく午後のプログラムの開始を知らせるアナウンスがあり、三人はクラスメートたちの元へ、祖父母たちも来賓席へ戻って行きました。


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