第120話 熊鍋

 

 目の前に、五本の鋭い爪を持った掌が迫る。まともに食らえば顔の半分も弾け飛ぶのではないかというそれを少し屈んで躱し、すぐ様相手の背後に回り込む。


『拍車』


 雪上に魔力の足場を作り飛び上がる。


「グゥオオオ」


 唸りながら背後を振り向こうとする熊型の魔物の太い首に、疾風迅雷を纏わせた脚を振り抜く。


『拍車』


 右脚を振り抜いて魔物の首を撥ねるともう一度拍車を唱え、その場に足場を作り、それを蹴ってその場から飛び退く。


 頭を無くした身体が真っ白な雪上を朱に染めながら倒れる。


「ふぅ」


「うん、冬熊の分厚い皮膚は下手な刀だと半分も斬れないのにトーマの文言は無手でそれ程の斬れ味を出せるのか。凄いな」


 言いながらケジローが雪を踏み締め近付いてくる。


「それに雪上でも足を取られる事なく動けていたしトーマの文言も便利なんだな。お嬢でもその歳ではまだそこまで使い熟せなかったんじゃないかな」


「やっぱ兄ちゃん凄ぇ、俺もこんな大きな魔物を一発でやっつけたいぜ」


 仲良く歩いてくるケジローとテオに軽く笑顔を向け、冬熊と呼ばれた魔物を三人で解体する。


「テオも大分身体が大きくなったんじゃないか? そのまま成長したら大きな魔物も一発でやっつける事が出来るさ」


 言いながら解体をするテオを見る。毎日見ているので気付かなかったが、よくよく見てみると出会った頃とは違って随分としっかりとした身体つきになっている。


「そうかな? 毎日沢山ご飯を食べてるからかな」


「テオは皆よりも沢山食べるしな」


 自分の身体をペタペタと触るテオの頭を撫でてから残った解体を済ませる。


 解体が終わると肉や素材を持って馬車に戻る、リズ達はまだ戻って来ていないようだ。


「そろそろ昼だしお嬢達が戻って来たら休憩だな」


「もう戻って来るみたいですよ」


 空間把握にリズ達の魔力を感じたのでそれを伝え、テオには先にニィルのご飯をお願いしてから土魔法で簡単な食卓を作る。


「トーマは魔法の使い方が器用なんだな」


 俺が食卓を作るのを後ろで見ていたケジローが感心した声を出す。


「教えてくれた人が良かったんですかね」


「あぁ、トーマ達は森人から習ったんだよな。魔法が得意な森人は色々な魔法が使えるんだろうな」


 ケジローが手で顎を摩りながら頷く。


「ケジローも森人に習えば文言を使える様になるやもしれんな」


 俺達とは別の場所で魔物を狩っていたキキョウ達が戻って来た。俺とケジローの会話が聞こえていたのかキキョウがケジローに声を掛ける。


「俺ももう少しで使えるようになるさ。ミチナガ殿にもそう言われたしな」


「そうじゃな。ミチナガ殿もケジローはもう少し落ち着きを持てば使える様になると言っておったな」


「うぐっ……トッ、トーマ達を勘違いで襲ったお嬢には落ち着きが無いなんて言われたくないな」


「なっ!」


 戻ってくるなり仲良くやり取りをするケジローとキキョウ。キキョウが明るくなってからはこういうやり取りが増えてきた。その仲の良い二人を他所にレイナに声を掛ける。


「初めての薙刀での実戦はどうだった?」


「そうですね。どうしても魔法に頼ってしまいそうになるので最初は戸惑いました。でもキキョウさんが色々とフォローしてくれるので何とかなりそうです」


 レイナがアカネから貸してもらった薙刀を握りながら笑う。今まで魔法主体で魔物を倒していたレイナが身体強化以外の魔法を禁止されて心配だったが大丈夫そうだ。


「リズとセオはどうだった?」


「私は問題無いよ。セオも少し動きが鈍い気がするけど大丈夫かな」


 そう言われセオに目を向ける。


「すいません。昨日寝付きが悪かったので……」


 伏し目がちのセオ、少し顔色が悪い気がする。


「そうか、じゃあ昼ご飯を食べたら少し眠った方が良いかもね」


 言ってレイナに目配せをする、レイナも頷く。


「レイナ殿、セオ殿、そろそろ料理に取り掛かろうか。雪小鬼だけの此方と違ってトーマ殿達の方は冬熊を仕留めた様なので、昼は鍋にしようかと思うのだが良いだろうか?」


 ケジローとのやり取りを終えたキキョウが聞いてきたので頷く。


 ちなみに雪小鬼とは白いゴブリンの事だ。オーガもそうだったが、ヒズールのゴブリンは色が白く、氷の魔法も使ってくるので集団に囲まれると実力者でも苦戦し、犠牲が出る事もあるらしい。そういう厄介な魔物が餌の少なくなった森から出てくるので今は森の近くで狩りをして近くの村に被害が出ないようにしているのだ。


 閑話休題。


 キキョウから鍋と聞いて、やった! と喜ぶリズ。俺はキキョウに頷いてからレイナとセオにも声を掛ける。


「雪は止んだと言ってもまだ寒いので鍋は嬉しいですね。レイナとセオもお願いね」


「熊は食べた事が無いので私も楽しみです。お願いしますキキョウさん。セオも行こうか」


 レイナがセオの手を引いて、キキョウと一緒に少し離れた所に作ってある竈の方に料理をしに行くのを見送ってから、ケジローに声を掛ける。


「キキョウさん、本当に元気になりましたね」


「あぁ、元気になり過ぎたくらいだ。昔、アカネ殿の口調を真似して木刀を振り回していた頃のお嬢を思い出したよ」


「キキョウさんは元気な子供だったんですね」


「そうそう。儂はヒズールで一番の侍になるのじゃ! とか言ってこうやって木刀を持って街中を走り回ってな」


「ケジローは昼飯はいらないのじゃな」


 刀を振り回し、滑稽な動きで話すケジローにアカネの声が飛んで来る。


「冗談だよお嬢」


「キキョウ姉ちゃん、俺のは大盛りな」


 慌てて謝るケジロー。ニィルの世話を終えてリズと竹トンボで遊んでいたテオもキキョウに声を掛ける。


 そうして料理が出来上がるのを待ち、そして出来上がった暖かい熊鍋を食べた後は食休みを挟んだ後で、日が暮れるまで移動を繰り返しながら森から出て来る魔物の狩りをした。







「今日の所はこのくらいで良いんじゃないか?」


「うむ、日も暮れて来たしの」


 ケジローの言葉にキキョウが頷いたので帰り支度をする。


 キキョウやケジローから魔物の特徴を聞きながら、一日かけて結構な数の魔物を倒したので馬車の中は魔物の素材で一杯だ。この素材は屋敷に持ち帰り、アカネに渡す事になっている。これはアカネの屋敷に世話になっている俺達の滞在費になるのだ。

 ヒズールにも冒険者ギルドはあるので、ギルドに素材を売って、アカネには世話になってる間に掛かる費用を金銭で払っても良いのだが、アカネも魔物の素材の方が都合が良いというのでこういう形になった。


「結構な量の魔物を倒したけど、週に一回だけじゃあの大きな屋敷の滞在費には足りない気がするけどね」


 片付けを終えたリズの言葉に頷く。確かに、馬車の中は結構な量の素材が積まれているが、それでもあの大きな屋敷の一週間の滞在費には足りない気がするが、まぁ家主のアカネが良いと言うので良いだろう。それよりも今日一日で結構な数を倒したので久し振りに皆を鑑定してみる。




 トーマ:14歳


 人間:冒険者:異邦人


 魔力強度:105


 スキル:[魔素操作] [真眼] [魔力回復:大] [熱耐性] [痛覚耐性] [直感] [身体操作] [格闘術] [魔素纏依] [炎魔法] [詠唱]




 リズ:14歳


 人間:冒険者


 魔力強度:102


 スキル :[採取] [身体強化:特大] [部位強化] [弓矢] [剣術] [魔力操作] [風魔法] [詠唱]




 レイナ:12歳


 人間:冒険者


 魔力強度:100


 スキル:[治癒魔法] [雷魔法] [風魔法] [身体強化] [詠唱] [複合魔法] [魔力操作:大] [料理]




 テオ:10歳


 獣人:ライカンスロープ


 魔力強度:63


 スキル:[身体強化:大] [嗅覚] [魔力操作] [部位強化]




 セオ:10歳


 獣人:ライカンスロープ


 魔力強度:59


 スキル:[身体強化:大] [嗅覚] [魔力操作] [料理]




 俺とリズ、そしてレイナは魔力強度が遂に三桁に届いた。テオも良い感じだ、セオは少し伸びが悪い気がする。今日は動きが悪く、魔物を倒した数も少なかったようなのでその影響だろうな。


 ちなみにケジローとキキョウは魔物の特徴を教える立場で、フォローはしてくれたが直接は魔物を倒していない。


 アカネの指導を受け、週に一度は魔物の狩りに専念する。これを続けて行けばヒズールを出る頃には大分強くなれるはずだ。目標は、一瞬で倒されたキキョウと一対一で渡り合う事だな。


「どうしたの?」


「何でも無いよ。じゃあ帰ろうか」


 考え込む俺に、不思議そうな顔で聞いてきたリズに笑顔を返してから馬車の御者台に座る。


「行きますよ〜」


「おう。一応帰り道も魔物を見掛けたら頼むぜ」


 荷台から返ってくるケジローの声に返事を返し、手綱を使いニィルを走らせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神隠しからの成長記 トラバーユ @eveningstar

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ