第110話 ヒズールでの予定を立てる


宿の店員が先に水を出してくれた後で食事の準備をしに行ったので、食事の準備が出来るまでの間に話をする。


少し古ぼけた五人掛けのテーブルに座り、先ずは体を治してくれたレイナにお礼を言う。


「レイナ、怪我を治してくれて有難う。魔力枯渇で倒れたみたいだけど大丈夫?」


「私も、改めて有難うねレイナ」


俺とリズが怪我を治してくれたレイナにお礼を言って頭を下げると、レイナは首を振りながら軽く微笑む。


「気にしないで下さい、一度の詠唱で治る範囲の怪我で良かったです。お姉ちゃんには部屋で聞いたんですけど、トーマさんは体に違和感とかは無いですか?」


「あぁ、おかげさまで何処も痛「グゥ〜」くないよ」


もう一度自分の体をしっかりと確認し、異常が無い事をレイナに伝えていると、隣からお腹の鳴る音が聞こえてきた。


「あはっ、あははっ、元気過ぎてお腹がなっちゃった。私も全然問題無いよ」


リズが少し顔を赤くして、照れながらそう話すとテーブルの雰囲気が明るくなる。


「ふふ、トーマさんもお姉ちゃんも大丈夫そうで良かった。トーマさん達を攻撃した女性、ホナミさんって方なんですけど、そのホナミさんがかなり強目に攻撃を打ち込んだって言ってたから少し心配でした」


俺達を倒した女性はホナミという名前らしい、和風な名前だな。


「そう言えば、そのホナミさんが謝罪しに来るって話をテオから聞いたんだけど今日来るのかな?」


「そうですね、盗賊の後始末が終わり次第すぐに宿に顔を出すと言っていましたけど…、どのくらい時間がかかるかは聞いてないですね」


ホナミという女性の話を始めてから、レイナから笑顔が消える。


「レイナ姉ちゃんさ、兄ちゃん達が倒された事に凄く怒ってたからそのホナミって人の話をちゃんと聞いてなかったんだ」


「それは…」


テオにその時の状況を言われて言葉に詰まるレイナ。


「村の人と一緒にホナミさんって人が謝ってるのにレイナ姉ちゃんは目も合わせなかったんだぜ」


「あの時はトーマさんとお姉ちゃんが死んじゃったと思って。大丈夫だってわかっても直ぐには気持ちの整理が出来なかったんです」


そう言ってテオに話すレイナは苦々しい顔をしている、まだ気持ちの整理が出来てないんだろうな。


俺も、そのホナミって人を目の前にして普通に話せるのだろうか…、向こうも村を守る為の行動だったってのは理解してるんだけどな。


俺とリズを倒したホナミという女性、その人が謝罪に来たらどう対応したらいいのかと考えていると店員が料理を運んで来た。


「はい、待たせたね」


店員が両手にトレイを持っていたので先に俺とリズがトレイを受け取る。


「あんたらは村の恩人だからな、遠慮せずに食ってくれ。それとおかわりも自由だからな、必要なら声を掛けてくれよな」


店員はニッと笑ってまた厨房に引っ込む。


「取り敢えず食べようか、考えるのは食べてからにしよう」


その後、全員分の料理が運ばれてくるのを待ってから皆で食べ始める。


少し硬めのパンを千切って味噌汁に浸してから口に運ぶ、少し味が濃いがそれが食欲を刺激してくるのであっという間に食べきってしまう。


隣を見ると、お腹を鳴らせていたリズも一食では足りなかったようなので、俺とリズの分をおかわりする事にした。


レイナとテオとセオは一食で満足したようだ、いつも沢山食べるテオは先に一度食べてたしな。


それにしても思った以上にお腹が空いていたな、リズもおかわりしてるし、もしかしたら治癒魔法の影響かもしれないな。


リストルの町で大怪我をしたテオとセオも治癒魔法の後に目を覚ました時、すぐにお腹が空いたって言ってたし、体を治癒するには魔力の他にも自分の体の栄養を使っているのかもな。


そんな事を考えながら食べているとおかわりも直ぐに無くなってしまう、もう少し食べられる気もするけど、腹八分目でやめておこう。


食事も済んで皆の顔を見る、お腹も満たされて気持ちが落ち着いて来ると、生きていて良かったという実感が湧いて来る。


この世界は本当に、直ぐ隣に命の危険がある、皆と楽しく暮らして行くには力が必要だ、そう思いながら口を開く。


「あのさ、今回ヒズールに来たのは観光と、レイナの杖を完成させるのが主な目的だったけどさ、それだけじゃなくて俺達全員の実力をもっと上げたいと思うんだけどどうかな?」


ヒズールは外周に近い事もあり、生息する魔物は大分強い、ヒズールに入ってから倒した魔物は殆どが魔力強度50を超えていた、これは森人の里周辺の魔物とあまり変わらない。


ヒズールに生息する魔物は強いと聞いていたので、ある程度は魔物を倒して鍛えるつもりではいたが、どうやら俺が思っていた以上に魔物も強いしジックリとやれば本格的に鍛える事も出来そうだ。


そう考えて提案してみるとリズとテオが乗り気で答えてくる。


「私は今回情けない所を見せちゃったしね、賛成!」


「俺も!俺は兄ちゃん達が倒された時、何も出来なかった、だから俺も賛成!」


リズとテオが元気に返事をして、それからレイナとセオに目を向ける。


「私も、この杖が完成したらそれを扱える様にならないとですし賛成です」


レイナが自分の体の半分以上の長さをもつ杖を胸に抱き頷く。


「今回は自分の未熟さを思い知らされました、何も出来なかったのはテオだけじゃなくて私もです」


セオもしっかりとした口調で頷いてくれた。


「うん、じゃあどのくらいヒズールに滞在するかはまだ分からないけど皆でしっかりと鍛えよう」


今回、俺とリズが呆気なく倒された事で皆も思う所があったようだ、観光よりも自分達を鍛える事を優先しようと言う俺の提案に全員が賛成してくれた。


そうと決まれば予定を立てないとな。


「それじゃあ先ずはヒズールの町に行って、レイナの杖を任せられる鍛冶屋さんを探した後で本格的に鍛えようか。と言っても折角ヒズールに来たんだから週に一日は休みを入れながらね」


ラザの町に居た時は休みは不定期だったが、今回は規則的な休みを挟みながら鍛えようと提案する。


この世界も七日を一区切りとしている、日の光、月の導き、火の力、水の癒し、木の温もり、土の恩恵、風の調べの巡りだ。


そして冒険者の休みは不定期だが、町で働く人は主に日の光の日に休みを取る、なので俺達もヒズールに居る間は日の光の日を休みにし、観光や休息に充てる事にした。


ちなみに一週間が五回で月が変わる、なので一ヶ月は三十五日だ、そして月が十回巡れば一年を終える、今は八の月なので、次の九の月、そしてその次の終の月を過ぎるとまた新しい一年の始まりだ。


それに加えて終の月の後には旧年を送る為の五日間、更に新年を迎える為の五日間の期間があり、それを加えた三百六十日で一年になる。


「新年はヒズールで迎える事になるかもね」


ヒズールでの予定を考え、そう言えばそろそろこの世界に来て初めての年越しだと思い、その事を口に出すとテオが食いついて来た。


「新年祭!人間界ではどんな風にするのかな?俺達の村じゃ魔物を倒してその肉を村の皆で食べてたぞ!でもここ最近はあまり沢山食べる事が出来なかったから今年は凄く楽しみだ。美味しい肉が沢山出るのかな?」


キラキラとした目でテオが聞いてくるが、俺も初めての新年だし答えようが無いのでリズとレイナに視線を送る、するとレイナが答えてくれる。


「私達の村では最初の五日間は一年を無事に終えられた事を神様に感謝して、その後の五日間は新しい一年が良い物になる様に神様にお祈りしてました。食事は古い年の恵みを新年に向けての糧にする、という理由でいつもより豪華で沢山の料理が出ましたよ」


昔を思い出したのか村での事を懐かしむ様に話すレイナ、次にリズが楽しそうに話す。


「村では各家庭でお祝いしてたけどさ、ラザの町では沢山の屋台が出たし、噴水の周りでは色々な出し物をして町中でお祝いをしたんだよ。特に吟遊詩人が色々な物語を聴かせてくれるのが楽しみだったな。今年はリストルの悪夢を聴かせるかも、私達の名前も出ちゃうかもね」


新年祭か、出来れば初めての新年祭はラザの町で迎えたかったけど今回は仕方ないな。


「ねぇトーマ、今年はこのままヒズールで新年を迎えるでしょ?今から凄く楽しみだなぁ」


「どんな肉が出るのかな、俺もかなり楽しみだぞ」


ヒズール好きのリズと肉好きのテオが、ヒズールで迎える事になりそうな新年の祭りに思いを馳せている、まだヒズールの町にも着いてないんだけどな。


「じゃあ新年の祭りをゆっくりと楽しむ為にもそれまでにしっかりと強くならないとな」


「そうだね、魔物を倒して魔力強度を上げて、そして魔力強度が上がったら型で魔力の流れを良くして、そして組手もしないと身体の使い方を覚えないし、やる事がいっぱいだね」


強くならないと、と俺が言うと真剣な顔になって気合いを入れるリズ。


「トーマさん、夜は色々な話を聞かせて欲しいです。私ももっと自然への理解を深めたいし、セオにもそろそろ呪文を教えたいし」


「お願いします」


レイナが自然への理解を深め、イメージする力を増して魔法の威力や操作を上げる為に色々と俺の知識を聞かせて欲しいと言い、セオも頭を下げる。


レイナの様に魔法が使いたいとセオから聞いていたが、まだセオには使える魔法が無いしな。


「俺の知識で良ければいくらでもいいよ、色々と話をしてセオに合いそうな属性も探そうか」


そうやって皆でヒズールでの予定を話していると宿の店員が食堂に入ってきた。


「おっ、全部食べたみたいだな。もうおかわりはいいのかな」


「はい、皆お腹いっぱいです、とても美味しかったです。ご馳走さまでした」


俺が代表して答え、皆で頭を下げる。すると店員も嬉しそうな笑顔で応える。


「そう言ってもらえて何よりだ。さっきも言ったけどあんたらは村の恩人だ、あんたらが来てくれなかったら村人に何人か犠牲者が出ていたと思う。だから少しでも恩返しが出来たならよかったよ」


そう言った後、店員は少し言い難そうな顔で話を続ける。


「それでな、俺が言う事じゃ無いのかもしれないんだけどな、あんたらが村の皆を助けた後にその、ホナミ様にな?盗賊と勘違いされて攻撃された事なんだけど、出来ればホナミ様をあまり恨まないで欲しいんだ」


申し訳無さそうに話す店員に言葉を返せずにいると、店員はそのまま話を続ける。


「ホナミ様は国内の村を何度も訪ねては危険な魔物や盗賊を退治してくれるんだ。俺達も少しは戦えるが冬は魔物や盗賊が増えるからな、だからホナミ様は冬になると休み無く村を廻っている、ヒズールの村々にはとても有り難い存在だ。あんたらも村の恩人だがホナミ様もそうだ、だから…」


言い難そうに、申し訳無さそうに話す店員。


それを聞いて俺はリズ達と顔を見合わせた後、店員に返事をする。


「え〜っと、まだその、ホナミ様と話をしていないので何とも言えませんが向こうに悪気が無かったのはわかっているので強く責めるような事はしないですよ」


俺がそう返事をすると店員は真剣な顔で、頼む、と言って深く頭を下げた。それに対して俺もわかりましたと返す。


と、その時に宿に大きな魔力を持った人物が近付いて来るのを空間把握が捉えた。

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