第95話 雑草

翌朝俺達はギルドの一階で依頼を探していた、銀上級や金下級の冒険者は二階にいる事が多いのだが採取や手伝い等の依頼は二階では受ける冒険者が少なくあまり貼り出されていないのだ、それに俺達の標的になる、若い冒険者や採取を主にする冒険者を兎野郎と見下して威張るような冒険者は、見下す対象のいる一階にいる事が多いとセラからも聞いていたしな。


色々な冒険者がボードから依頼書を剥がしていく中、俺達が採取と町の人の手伝いの依頼を剥がすと周りにいた冒険者が少しザワつく、ギルドに入った時も視線は集まっていたので俺達の事は知られているようだ。


そんな視線を無視してカウンターに行き、セラさんに依頼書を渡す、今日は俺とレイナが採取、リズとテオ達が町の手伝いだ。


ギルドの外でリズ達と別れ、レイナと二人で森に向かう、これもある意味デートと言えるのではないか?一瞬そう思ったがそれは無いなと考え直す、この世界では町の外でデートをするという考えは殆ど無い、せいぜい町の外壁の側で食事をするくらいだ、町の外には魔物がいるので当たり前の話だな。


だが考え直した俺の手をレイナが握ってきた。


『そ、その、森に行くまでの間、繋いでてもいいですか?』


レイナから少し照れた口調の魔力が流れ込んできた、町の外までならいいよな、それにラザにいる間はなるべく気楽にしたい、そう思い握り方を変える、指と指を絡める、所謂恋人繋ぎと呼ばれる握り方だ、俺も、やりたいようにやると決意してから好戦的になったかな、帰りは俺からレイナに攻めよう。


握った手が少しくすぐったいような、でも嬉しそうなレイナと一緒に門にたどり着き、タインさんや他の門番の人に冷やかされながら町を後にした。


今日は大規模討伐の時に訪れた森に来ている、ラザを挟んで反対側にも森はあるのだがここは人形の魔物が多く生息するので、薬草を採取した後でオークの肉を取れれば宿に持ち込む為だ。


鑑定を使いサクサクと採取を終わらせ、少し奥に進む、そして三匹のオークを見つけ、倒して素材を取ると町に戻った。


ギルドに報告をして、オークの素材を売った後で宿に行きノーデンに肉を渡し、まだ昼の鐘まで時間があるのでレイナと町を歩く、勿論手を繋ぎながらだ。


町の人に挨拶をしながら歩き、鐘が鳴った所で再び宿に戻る、食堂で五人掛けの席を確保して待っていると暫くしてリズ達が来た、注文をして昼の事を話していると料理が運ばれて来る、皿に乗っているのは唐揚げだ、セオが昨日ノーデンに教えたらしい、無口なノーデンと一日でここまで仲良くなるとはな、セオはノーデンと随分気が合ったみたいだ。


食事を終えると部屋に戻り、腹ごなしに地球の話や呪文の話をする、一連の流れになんだか懐かしさを感じるな、一時間程の会話で知識を深め、それからギルドの訓練所に行き訓練をする、夕方まで訓練をすると宿に行き、夕食を食べて眠る。


次の日は俺がテオとセオを連れて町の手伝い、リズとレイナが採取の依頼に行く、採取のスキルがあるリズや薬草を扱うのが得意なレイナなら鑑定が無くても午前中で依頼を終える事が出来るし、俺も町の人と交流したいので町と森を交互に代わる事にしたのだ、俺とリズが代わった以外は前日と同じ様な流れで一日を終える。


そうやって依頼をこなして六日目、訓練所を出た所でアウルに声をかけられた、少し話があると言うので、宿に俺達が遅くなる事を報告するついでにレイナとテオとセオには先に戻ってもらい、俺とリズで酒場に行く。


酒場に行くとアウルのパーティーメンバーが待っていた、五人掛けのテーブルに空いていた椅子を一つ足して座り、話をする。


「なぁ、なんでお前らは採取や町の手伝いの依頼しか受けないんだ?」


リストルでリズにマジックポーションを譲ってくれたメンバーの一人、イーツがそう切り出した。


「たまたまですよ、それにギルドに来る正式な依頼を受けてるし、採取や町の手伝いも立派な冒険者の仕事だと思ってます。イーツさん達は違うんですか?」


俺の問いにもう一人のメンバー、オジンが口を開く。


「それはわかってるけどよ、お前らの実力ならもっと良い依頼だってこなせるだろ。西の森の奥に行けばオーガも出るし、東の森に行けばラージボアやキラービーの巣だってある」


西の森は人形の魔物が多く出る森だ、奥に行けばオーガも出る、東の森は獣形や虫形の魔物が多く、ラージボアは肉が高値で売れ、キラービーの巣にはこの世界では高級品になる蜂蜜がある。


だがどの魔物もその分強くて厄介なので、銀上級でも油断すると危ない魔物だ、アウル達は実力のある銀上級パーティーなのでそういった依頼を中心に受けているようだ。


「その依頼ならアウルさん達が受けてるし、それに他の銀上級冒険者も多いから依頼が滞っている訳じゃないと思いますよ」


セラから聞いた話では、今のラザではそこそこの難易度の依頼は競争率が激しく、銀上級冒険者の間で奪い合いになっているようだ、そしてその次にオークやゴブリン討伐の依頼の奪い合いになり、その依頼からも溢れた者達は採取や町の手伝いを良しとせず、ギルドで暇を持て余しながらその依頼を受けている冒険者に絡んでいるようだ。


「だがよ、リストルの英雄と呼ばれるお前らが兎野郎と同じ依頼を受けてると俺達も少し拍子抜けするっつうかよ」


最後の一人、カザンが兎野郎と口にする、少しイラっとしたがこれが大抵の冒険者の認識だ、俺は少し皮肉を込めながら口を開く。


「でも採取や町の手伝いってそんなに馬鹿にされる事ですか?カザンさん達もリストルの復興の時に町の手伝いをしたはずです、それならリストルの復興の時に町にいた冒険者は全員兎野郎になっちゃいますよ。それと、俺達のパーティー名は兎の前足です、兎野郎と呼ばれても全然構わないですよ、それが馬鹿にしたものでなければ」


冒険者になった時からある程度の実力を持っている冒険者は最初からゴブリンの討伐等を受けるので採取や町の手伝いをした事がない、だから兎野郎と馬鹿にするのだろう、だがリストルの悪夢の後始末でカザン達も町の手伝いをしていたはずだ、俺の言葉に三人は言葉に詰まる。


その三人を見て俺達の会話をずっと黙って聞いていたアウルがメンバーに向かって口を開く。


「な、だから言っただろ?トーマ達はラザにいた時は兎野郎って呼ばれてたって、だけどコイツらは楽しそうに依頼を受けてたんだ、今も楽しそうに依頼を受けてるからいいじゃないか」


それからアウルは俺達に向き直ると頭を下げる。


「すまんな、だがコイツらはお前らのファンなんだ、だから今のお前らに歯痒い思いをしているみたいだ。それに他の、お前らの噂に尻込みをしていた冒険者がお前らの事を馬鹿にするようになってきててな、やっぱりどんなに噂が派手でも見た目が若いから舐められやすいのかもな、俺はロビンズ達の事を知ってるから気にするなって言ったんだけどな」


苦笑いを浮かべるアウル、どうやら他の冒険者もそろそろ俺達に絡んで来そうだな。


それにしてもファンか、本当にアイドルのようだ、俺も少し言い過ぎたかなと思い、カザン達に俺の考えを話す。


俺の、採取や町の手伝いを受ける理由と考えを聞いた三人は嬉しそうな顔をする。


「そ、そうか。確かにトーマ達の言うようにリストルの復興の時に手伝いをして町の人に感謝された時は悪い気分じゃなかったな。それと、やっぱり魔族殺しのトーマや首狩りリズ、殲滅者レイナは健在だったんだな。俺達がお前らの凄さを広めても最近はあまり信じてくれなくなってたんだ。一丁ガツンとやってくれ」


噂を派手にしたり変な名前を広めたのはお前らか!俺とリズは町の手伝いや採取の依頼も立派な依頼だということ、そして噂はともかく変な二つ名を広めるのは辞めてほしいとお願いしてから宿に戻った。




宿に戻り、夕食を食べてからレイナ達にも話をし、明日からは少し警戒するように伝えてから眠る事にした。


「なぁ、兄ちゃん起きてる?」


明かりも消して寝ようかと言う時にテオが声をかけてきたので返事をする。


「どうした?」


「リックの町やリストルの町も良かったけど、この町も凄くいい所だな、セオも気に入ってるみたいだしな。兄ちゃんの言うように町の手伝いって面白いな」


テオとセオを町の手伝いに固定したのは正解だったようだ、たった六日で随分と気に入られたらしい。


「そうだな、明日も手伝い頑張ろうな」


俺がそう返すと返事がなかった、既に寝てしまったようだ、俺は少し苦笑いをして目を閉じた。




翌朝、いつも通りギルドに行き、採取と手伝いの依頼書を剥がそうとすると周りから野次が飛んで来た。


「リストルの英雄様は草食のようだ、毎日草ばかり食べてらっしゃる、さすが兎の前足、名前通りだな」


振り返ると五人組のパーティーがこちらを見ていた、俺は気にせず依頼書を剥がしカウンターに行く、そして依頼を受けてからギルドを出る。


「おいおい、無視かよ」


横から声をかけてくるが今は無視だ、もう少し俺達が馬鹿にされる流れを作り、そして一気に叩き潰す。




その後三日、俺達は馬鹿にしてくる冒険者を無視して依頼をこなした、そして日に日に大きくなった流れに乗って、最初に馬鹿にした冒険者が実力行使に出た、ギルドを出ようとした俺達の前を塞いだのだ。


「おいおい、英雄様よ、いい加減無視するのは辞めて何か言ってくれよ。それとも英雄様は俺達のような冒険者とは話もしてくれねぇのか?」


その言葉に他のメンバーも続く。


「本当はビビって声もかけられねぇんだろ、どこが英雄だよ、リストルに六千の魔物が攻めてきたってのも嘘くせぇな、本当は六十匹だったんじゃねぇか?」


「何が魔族殺しだ、首狩りじゃなくて草刈りじゃねえか、殲滅者なんて大袈裟過ぎるぜ」


ゲラゲラと下品に笑う冒険者達、そろそろいいか、というか、狙い通りではあるが、流石にリストルの事を馬鹿にするのは許せないな、リストルで死んでしまった冒険者やテオとセオのボロボロの姿が脳裏に浮かぶ。


俺は五人のリーダー格である男に目を向ける。


「おっ、何か文句でもあるのか?」


ニヤニヤと笑う男に俺もニヤニヤとした顔を作りながら口を開く、本当はギルドの視線が集まって少し緊張してるし、それ以上にリストルの事を言われて頭に来ているがあくまでも冷静にだ。


「毎日絡んで来るけど暇なのか?お前ら依頼も受けてないようだけどな、お前らが馬鹿にしてる兎野郎は毎日依頼を受けて薬草を採取し、町の手伝いをして町の為になってるぞ、それに比べて依頼も受けずに町で他の冒険者に絡むお前らは町で嫌われてるって知らないのか?お前らが馬鹿にする兎野郎は町の人に好かれて、兎野郎を馬鹿にするお前らは町の人に嫌われてるんだ」


兎野郎は町の人に好かれ、お前らは嫌われてるんだという事を、他の兎野郎を馬鹿にする冒険者、兎野郎と馬鹿にされる冒険者達にも聞こえるように大きな声で話し、さらに言葉を続ける。


「町の為にもならず、ギルドで増長し管を巻いて他人に迷惑をかけるお前らはまるで雑草だな、草刈り、いい呼び名だな、お前ら雑草も刈ってやろうか?」


「てっ、てめぇ舐めやがって」


目の前の男が俺の胸ぐらを掴もうと手を伸ばす、その手首を左手で掴み、身体操作を使いながら力を込める。


「ぐっ、ぐぅう」


顔を真っ赤にして唸る男を更に馬鹿にするように煽る。


「真っ赤な顔をしてどうした?便秘なのか?便秘には薬草を食べるといいぞ、兎野郎が取ってくる薬草を食べた方がいいな、兎野郎に感謝しろよ」


この世界の薬草が便秘に良いのは本当だ、現にリズとレイナに効果が後ろから圧力がかかったので別の事を考えるのはやめよう。


目の前の男の胸を右手で突き飛ばす


「今から薬草を採取してくるから感謝しろよ、何か文句があるなら帰ってきてから訓練所で聞いてやる。あぁ、他にも俺達に言いたい事がある奴も面倒だからその時に言って欲しいな、全員纏めて訓練所で話を聞くぞ、まさか自分達が兎野郎と馬鹿にする冒険者、しかも女子供のパーティーにビビって言いたい事を言えないような冒険者はいないよな」


言いながら周りに、特に俺達が馬鹿にされていた時に笑っていた冒険者に目を向け、そして俺に掴まれた腕を痛そうに抑えながら踞る男を一瞥してからギルドを出た。



そのまま決闘をしてもよかったが時間を開けたのはなるべくこの話が広まる時間を置く為だ、目立つのは苦手だが今回の事は大事になればなるほどいい。


「ちょっと、トーマ落ち着いて。歩くの早いよ」


…どうやら興奮していたようだ、深く呼吸をして気持ちを落ち着ける。


「兄ちゃん決闘するのか?俺!俺もやりたい」


隣にいたテオが楽しそうに話す、全然気負わないテオは将来大物になりそうだな、自分で作った雰囲気に乗せられて挑発しまくった小心者の自分とは大違いだな。


テオの言葉に楽になったので歩く速度を落として話をしながら歩く。


「トーマは盗賊と戦った時やラシェリと戦った時の方がまだ落ち着きがあったんじゃない?あいつら全然弱いのになんでそんなに興奮してるの?」


リズに聞かれてドキッとする、盗賊に襲われた時は相手を殺すしかないと思えたし、ラシェリの時は怒りやラシェリの強さで余裕が無かったからどこか、スイッチが入るというか、思考が冷えて敵として割り切れたんだけど、今回の件はそれとは違うんだよな。


「多分、今回の事はただの喧嘩だから、俺はあまり喧嘩慣れしてないからね。おかしな話だけど殺し合いには慣れてきたけど喧嘩にまだ慣れてないって事かな」


向こうが殺気を向けて来たら多分落ち着いて対応出来ると思う、容赦もしない、だけど今回は向こうはノリというか、ただふざけてるだけで、命のやり取りをするって思えないからだろうな、父親とは何度も喧嘩をしたけどそれとも違うし、他人と喧嘩をする時に落ち着くのって難しいな。


そう思いながら口を開く。


「今回はあいつらに痛い目にあってもらって、それを見た他の冒険者が少しでも考えてくれたらいいかなって思ってるだけだからね」


そう話すとお人好しだねと言われた、わかってるんだけど難しいよな、あいつらが手加減出来ない程に強かったり、俺の知り合いに危害を加えていたらまた違ったんだろうけどな。


まぁ鑑定したところ、テオやセオでも十分に相手が出来る奴等しかいなかったからな、今回はテオに任せてもいいかもな、そう考えながら、昨日から受ける依頼を採取だけにしていたので五人で森に向かった。

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