第83話 リストルを楽しむ 後半

庭では既に良い匂いが漂っている、それと所々に熱を出す魔道具が置かれていて寒くないように配慮されていた。


皆の様子を見る、テオはアシュ達と仲良さそうに飲み物を飲んでいた、セオはギルド職員に浴衣を前から後ろから見られていた、そしてリズとレイナがアーバンとデリックと話をしているのを見つける、なんだか楽しそうだな。


『拍車』


その様子を見て何故か呪文を唱え庭を抉らない様に気を付けて一息にリズ達のもとに行く。


「お、遅くなってごめん、なんだか話が弾んでいるね」


「あ、トーマ!ちゃんと町長さんに挨拶出来た?まぁトーマも色々と経験してそこら辺は大丈夫になってきてるし心配してなかったけどね」


リズが笑顔を見せる、レイナもお帰りと言って笑顔を見せた。


「二人から色々と旅の話を聞いていたけどトーマ達は凄い経験をしてるんだな。森人の里に行って話にも聞いた事のある巨大トレントとの戦い、公爵家とも仲良くなってジーヴルの王様にも会い、更に白銀級の冒険者に教えを受けた事のある銀級の冒険者なんて普通は信じられないぞ」


アーバン達は俺達の旅の話を聞いていたようだ。そしてリストルの悪夢で活躍した事もな、そうデリックが付け足した言葉に自分自信で改めて考えてみる。


この世界で特別な種族に位置する森人に依頼を受け、ジーヴルを代表する貴族であるハンプニー公爵家と友好を結びジーヴルの王にも会った、そして現在五人しかいない白銀級の冒険者の一人に教えを受けた、確かに並べてみると凄い事ばかりだな。


ちなみに白金級というのもあるがそれは名誉職というか名前だけになっていて白銀級が冒険者の最高位だ、タイドゥトレントも昔とは違い今は森人の里の奥に行くのも許可を得るのが大変らしく、その場所に行けるというだけで森人の信頼を得ている事になる。


ジーヴルの王と公爵、森人、白銀級と普通なら雲の上の人達と関わっているんだなと改めて思う。


「まぁこうやって町長に招待されるだけでも俺らからしたらオズウェンさんと同じくらい凄いんだけどな」


アーバンが言ってくれた言葉、アーバンはオズウェンを尊敬していてオズウェンと同じ金下級のレイとシェリーの存在に嫉妬して絡んできたくらいだ、そのアーバンからオズウェンと同じと言われるとむず痒いものがあるな。


「そうかな、そうかもしれないね。ありがとう。でもアーバンもデリックもそのうち町長に招待される冒険者になれるはずだよ、オズウェンさんも二人に期待してるみたいだし」


折角アーバンが褒めてくれたので謙遜するのもと思い素直に礼を言う、俺もそろそろ自分の立ち位置に慣れないとな、貴族に名前が売れてこれから近付いてくると注意を受けたばかりだ、リズとレイナが他の男と楽しく話をしているのを見るだけでモヤモヤしてる場合じゃないよな。


そう考えているとレイナが腕を組んできた。


『ふふ、トーマさん、なんだか慌ててたようですけどどうしたんですか?』


反対側からリズも腕を組んでくる。


『血相変えて拍車まで使ってどうしたの?何か心配事でもあるのかな』


リズとレイナの意地悪な笑顔に気付かずアーバンがヒュウと口笛を鳴らす。


「おいおい、羨ましいな。やっぱり実力か、実力なのか」


いや、まぁ俺も逆の立場なら羨ましいと思うけど今は違うからな、とても良い匂いがするし、その、柔らかいんだけどもね。


俺達が来た事でそろそろ始めようかとなり、町長達のところに行く、そして町長の挨拶で夕食が始まった。


用意された料理は大攻勢の時からまだ大量に残っている魔物の肉がメインだがジーヴルとは味付けも違うし、この周辺でしか取れない野菜も沢山あるのでかなり満足出来た、レイナとセオは相変わらず料理人を捕まえて話を聞いている。


ギルドの職員はアシュ達に冒険者としての事を色々と教えているようだ、隣でアーバンが慌てて止めたりしているので何かアーバンの失敗談を聞かせているのかもな。


そして俺はオズウェンとギルド長、町長に捕まってフェリックの話を色々と聞かれている、フェリックはあまり人前に出ないので冒険者として長く活動したギルド長も見た事が無いようだ。


フェリックの人柄等を話した後でそういえば、とフェリックが気にしていた事を話す。


「フェリックさんが外周の様子がおかしいと言っていたんです、それと昔に比べて人間界の魔物も大きくなってるって、ギルド長達は何か感じていますか?」


俺の言葉に考え込むギルド長とオズウェン、町長も何かあったかなと考えを巡らせているようだ。


「そう言えば、魔物から取れる魔石は年々質が良くなってるって職員が言っていたな」


「魔物の被害もよく聞くようになった気がしますよ、俺が冒険者になった時は銀級殺しって言われるオーガは森の魔物だったけど最近はよく外に出てますね」


ギルド長とオズウェンが互いに話をする、昔はオーガは森の奥にいて大攻勢以外では滅多に森から出なかったらしい。


皮膚が堅く魔法で弱らせてから倒すという特性のあるオーガは、銀上級に上がった冒険者が先輩の言うことを聞かず調子に乗って森の奥により素材の高く売れる魔物を求めて行くと返り討ちに合うのが多かったのだが今は森の外にも出るようになり、銀上級になって初めての護衛で町から町を移動する冒険者達が被害に会うようになっているようだ。


他にも細かい所が昔と違ってきているようで、話しているギルド長達も段々と真面目な顔になっていき年配の職員も加わって確認しあっている。


その話は冒険者としての経験が少ない俺達にも貴重な物なのでリズと一緒に話を聞く。


「そう言えば町の近くでフェンリルを見掛けたなんて話もありましたね」


一人の職員の言葉に耳を取られる、俺の中にある知識ではフェンリルっていうのは神獣とか呼ばれる類いの魔物だ、その俺にフェンリルという名前で聞こえるって事はこの世界の人の認識でも神獣という扱いの魔物がこの世界にもいるという事か?不思議に思ったのでリズに確認する。


「フェンリルってのは外周にある森の奥地にいるって言われている魔物で、外周に入る事のある冒険者の話で確認はされているんだけど人間界ではまず見る事の出来ない魔物だよ。フェンリルを見た事がある冒険者が言うには大きな体躯と月の下で真っ白に輝く毛並みが幻想的で美しいからまるで女神様の使いだって、それと他の魔物と違って無闇に人を襲ったりもしないみたい。冒険者の話から絵にもなっててね、竜と一緒に子供達に人気があるんだ」


獣人界の奥地にある山脈には竜がいると言われている、竜も人のいる所には現れずに静かに暮らしているようだ、他にも外周には強大でとても人間が個人では敵わないような魔物がいるが大抵の魔物は人を襲う事もなく魔族に操られる事もないと言われていて、普通の魔物とはどこか違う扱いを受けているようだ。


ちなみにワイバーンも竜の一種とされているが見た目が少し似ているだけで実際は別物だ。


俺が外周の魔物の事をリズから聞いているとギルド長達の話も終わったようだ。


「トーマがフェリックから聞いたように確かに魔物の生態が少し前から徐々に変化しているようだな。言われないと気付かないようにゆっくりと変化しているので今は対応出来ているがリストルの悪夢のような事が再び起こる可能性もあるかもしれん、よそのギルドとも情報をやり取りしてみよう」


魔物の生態が変化する事は昔からたまにあるのでオーガの事だけならそういう事もあると気にしない程度のようだ、だが確認してみると色々な事が少しずつ変化していて少しおかしいと感じるようで、ギルド長や町長は他の町にも確認してみると言ってオズウェンも他の冒険者達にも注意を促す事になった、俺達の真面目な雰囲気に場の空気が静かになってしまったので空気を変える為、今はこの話を切り上げて俺達は再び夕食を楽しんだ。


子供達も大勢の夕食で楽しそうだしギルド職員も日頃のギルド長への不満を愚痴っていた、アーバン達も楽しんでいるな、レミーとデリックがなんだか良い雰囲気なのは気のせいかな。


「どうしたんですか?」


皆の様子を眺めながら酒を飲んで良い気分になっているとレイナが隣に腰掛けてきた。


「少し大事になったけどリストルに寄って良かったと思ってね、皆も喜んでくれているみたいだし」


「そうですね、私もこんなに喜んでもらえるとは思いませんでした。それと、この浴衣も気に入っちゃいました、トーマさんも気に入ってくれたようですし」


確かに浴衣姿のレイナ達は可愛い、普段も勿論可愛いがいつもの格好は冒険者としての格好なので冒険者としての意識が先に立ちそれほど意識をせずにすむ、だけど浴衣姿だと妙に女性だと意識してしまってついつい目で追ってしまうんだよな。


「そうだね、その浴衣とても似合ってるよ。なんだかこのまま二人で外を歩きたい気分になるよ」


「二人で抜け駆けするつもりなの?」


俺が浴衣姿のレイナと手を繋いで歩くという姿を想像しながら呟くとそれを聞いていたのかリズが後ろから俺の首に手を回して抱き着いてきた。


少し驚いたが今の俺は気分が良いので距離が近いリズにもおどおどせずに対応出来る。


「リズはさっきまで職員と一緒にテオを弄ってたからね、リズが良いなら三人で手を繋いで歩きたいな」


俺がそう言うとリズがじゃあ歩こうかと言ってきた、屋敷の近くなら大丈夫かと思い騒ぐ皆に気付かれないようにし、セインに少し町を歩いてきますと伝えて三人で庭から出る。


清んだ冬の空気の中、半月と三日月の二つの月に照らされて手を繋ぎながら人気の無い夜の町を歩く。


『こういうのを両手に花って言うんでしょ?』


繋いだ手からリズの言葉を乗せた魔力が流れ込んでくる。


『花の町で道に咲く花に囲まれながら花柄の浴衣を着た花を両手に歩くって面白いね』


二人に魔力を返すとレイナも微笑む。


『女性を花に例えるのも面白いですよね』


三人で歩きながら魔力で会話をする、旅をするのも、強くなる為に自分を鍛えるのも好きだけどこういう時間もやっぱりいいな。


そう考えていたらリズから恥ずかしそうな感じの魔力が流れ込んできた。


『トーマはさ、そ、その、キスの続きとか気にならないの?』


恥ずかしそうに喋るリズというのはなかなか新鮮だ、そして三人で手を繋いでいるのでレイナにも伝わっているのでレイナもリズの話に乗ってくる。


『トーマさんって私達の事を仲間として大事にしてるのは伝わるんですけど普段はそういう目で見る事があまり無いですよね?アーバンさん達と話してるのを見て慌ててたし浴衣姿に見とれてたりしてたから私達の事は嫌いじゃ無いんですよね?』


『たまに私達の匂いを嗅いでたりするけど他の男達よりはそういう事も少ないよね。必要以上に抑えている気がするんだけど気のせいかな?』


一応興味はあるからついそういう目で見る事もあるがなるべくそうならないように気を付けている部分もあるな、レイナに嫌いじゃ無いんですよねと聞かれて直ぐに返事を返す。


『二人の事は大好きだよ、俺の事なんかを好いてくれてるんだ、二人に見合うようになりたいなと思う程にはね。それにキスの続きも勿論気になるけどさ、今はそれ以上は駄目だって自分で思うんだ』


前は自分には関係ない事だと思っていたけどそういう知識は俺にもあるし女性にも興味はある、いつも隣にいるんだし好意も感じるんだからそういう事を考えない方がおかしいだろう、だけど今は駄目だ。


『今それ以上の事を知ったら歯止めも効かないだろうし毎日それしか考えられない俺なんて二人も嫌だろ?』


顔を真っ赤にして、ま、毎日と呟くレイナを気にせずに話を続ける。


『最近わかったんだけど俺ってかなり心が弱いと思うんだ、リズやレイナに依存したり、自分の心の傷のせいで他人の事を割り切る事も出来ないし。そんな俺が今二人とね、そういう事になったら毎日甘えちゃうと思うからさ』


想像するだけではあるが手を繋ぐだけで幸せな気持ちになるんだ、それが…なんてしたらそれ以外は考えられなくなりそうだ。


『そっか、トーマも色々と考えてるんだね。でも私達だって少しは興味があるんだからね。スゥニィさんを迎えに行くまでは我慢するつもりだけどそういう目で見られないっていうのも少しは不安になるんだよ』


スゥニィを迎えるまで我慢はする、だけどそういう目で見られたいとリズは言う、女心ってやつだろうか?リズの言葉に俺も我慢している事を伝える。


『俺だって色々と我慢してるんだよ、リズもレイナも無防備に着替えたりするしさ。俺が修行で体を動かすのも色々と発散する意味もあるんだ』


初めてラザに行った時、リズに門の外で着替えさせられたがこの世界では男は上半身くらいなら簡単に裸になり女も簡単にとはいかないが必要なら人がいても着替えたりする、リズ達も馬車の中ではあるが俺の側で平気で着替えたりするのでその時は色々ととても困る、元気なテオと体を動かすというのはそういう時にとても助かるのだ。


『そうか、トーマもちゃんと考えてて良かった。でもこれくらいならいいよね』


リズは魔力でそう伝えると繋いだままの手をグイと引いて俺の唇を奪う。


「まっ、またっ、きゅ、急にそんな事を、いや、嬉しいけどさ」


急にキスされ慌ててしまう。


「今日のトーマは酔ってたせいか堂々としてたけどやっぱりおどおどしてる方がトーマらしいね、そのうちシッカリしてほしいけど今はまだそのままでもいいよ」


してやったりという顔のリズにレイナが文句を言う。


「お姉ちゃんだけズルい」


するとリズが俺を指差す。


「トーマも興味があるみたいだしレイナもキスしたら?もう酔いはさめたみたいだけどね」


た、確かにさっきまでの俺なら出来そうではあるが…、物欲しそうに俺を見るレイナ、いいの?これは行っちゃってもいいの?


「なに見つめあってるの、早くしないとそろそろ皆が心配するよ」


面白そうに急かすリズ、いくら重婚が大丈夫とはいえ割り切り過ぎだろう、だけどレイナも待ってるようだし据え膳食わぬは、だよな。


まだ少し残っている酒の力を借りてレイナの右手を取り、顔を近づけ唇を合わせすぐに離れる、今まではされる側だったが自分からするというのはかなり恥ずかしいな。


顔を赤くした俺、トーマさん嬉しいと呟くレイナをリズがからかいながら町長の屋敷に戻った。




屋敷に戻ると皆も満足したようで子供達も眠くなったのか元気が無くなっていた。


「三人で抜け出してどこにいってたんだ?」


オズウェンが俺達を見つけて問い詰めてくるので少し酔い醒ましに冷たい風に当たっていたと話す。


そして夕食会も町長の挨拶で終わりになり、皆と軽く話をして明日町を起つ時間を伝えると宿に戻り眠りについた。





次の日の朝、いつもの服にナイトローソンの革鎧、タイドゥトレントの籠手と具足を着けて宿を出る、新しい服もいいけどやっぱりこの格好は落ち着くな、でもナイトローソンの革鎧はそろそろガタが来てるな。


俺やリズは簡単な肩当てや胸当て、レイナ達は町の人達とあまり変わらない格好だ、動きやすさを重視しているのでこうなってしまうのだがそろそろレイナやテオとセオにも簡単な防具は着けさせるべきだろうかと考えていると準備を終えたリズ達も降りてきた。


合流してギルドに行き、職員に挨拶をして馬車を引き取ると手の空いている職員に見送られながらギルドを後にした。


先導する人もいないので注目される事もなく門につく、門では町長やギルド長、オズウェン達が見送りに来ていた。


子供達と挨拶をし、町長達とも少し話す。


「トーマが教えてくれた件、私達も気を付けてみよう、トーマ達も大丈夫だとは思うが気を付けてな」


町長に言われ握手をする、ギルド長に絶対にまた来いよと言われ苦笑いしながら頷く、皆にもまた必ず来るよと言ってリストルの町を後にした。

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