第16話 村の結末
トーリは状況を確認するとまず、盗賊の対応をしているルーヴェンと合流しようと話す。
二人の亡骸や村の人達は盗賊を追い払ってから弔おうと話し、ラシェリにも盗賊の討伐を頼むと言った所でレイナが声を上げる。
「ラシェリ!お姉ちゃんを斬った盗賊が言ってた!ラシェリって人にお姉ちゃんは殺さずに捕まえろって言われてたって!だからお姉ちゃんを間違って斬った盗賊は慌てて逃げようって話をしてた!」
レイナがそう言うと全員の視線がラシェリに向く。
その視線を受けて笑いだすラシェリ。
「ふふ、今回はもう終わりですね」
「どういう事だ!」
トーリが叫ぶとラシェリは肩を竦めて話す。
「あぁ、今回の件は私が王都から連れてきた部下と、ここら辺にいた盗賊を誘って起こした事なんですよ。洞窟に転がってる死体は誘いに乗らなかった盗賊ですよ」
意味のわからない全員にラシェリは笑顔のまま話を続ける。
「私は王都では金上級冒険者として貴族のお抱えをしているんですけどね、貴族と付き合っているとなかなかにストレスが溜まるんですよね。だからたまに王都を離れて適当な村で休暇を兼ねて遊ぶんですよ」
ストレスが溜まると言う部分で大袈裟にため息を吐くラシェリ。
「私は人の絶望する顔を見ると心が安らぐんです。だからこの村を見つけた時にラフさんをタニアさんの前で殺し、絶望した顔を見ながら楽しもうと思ったんですけどね、部下がタニアさんを殺してしまったみたいで残念です」
折角情報を流して討伐の事を教えてやったのに手際がわるいですねと肩を竦め、大きく首を振りながら薄笑いを続けるどこか芝居掛かった動きをするラシェリに、トーリと子供二人は理解が出来ないといった様子だが、ラフだけはずっとラシェリの顔を見ている。
そこにルーヴェンと、レイとシェリーが駆けつけて来た。
「トーリさんこんな所で何をグズグズしてるんだ!盗賊の数は減らしたがまだまだ残ってる、村から出るぞ」
息を切らせたルーヴェンにトーリは待ってくれと言うと、レイとシェリーを見て、そしてもう一度ルーヴェンを見て、子供二人を先に逃がすように頼む。
「ルーヴェン、子供二人を君達三人で村から逃がして欲しい。俺とラフはこのまま村を出る事は出来ん」
トーリの言葉に何故だと叫ぶルーヴェンに、トーリはラシェリに目線を向けながら言葉を返す。
「王都から盗賊を連れてきたのも討伐の情報を流したのもラシェリの仕業だったんだ、コイツはそのままにしておけん」
トーリがそう言うとルーヴェンは目を見開くが、場の様子を見て、何よりラシェリにずっと感じていた得体の知れなさも手伝ってトーリの言葉を直ぐに信じると、レイとシェリーに子供達を連れて村を出るように言い、ラシェリと向かい合うようにしてトーリの隣にたつ。
トーリとルーヴェンにリズとレイナを頼まれたレイとシェリーは、トーリに掴まって硬い表情で立っていたリズを受けとるとラフの所に行く。シェリーがラフの右腕に抱かれているレイナを受け取ろうとするがレイナが嫌がりラフの胸に抱き付く。
「嫌っ、お兄ちゃんもお父さんも早く逃げようよ、一緒に逃げようよ」
そう言われたラフはレイナの頭を右腕で優しく撫でた後でそっと引き剥がし、左腕に抱いているタニアを見ながらレイナに語り掛けるように喋る。
「レイナちゃん、タニアはお姉ちゃんとしてレイナちゃんを守ったんだ。なら僕は婚約者としてタニアの仇を取らなきゃいけない」
そう言うラフの口調はしっかりとしているが、レイナが見たラフの顔はその口調とは違い、タニアの為に仇を取るという決意などは感じず、何もかもを諦めているようにしか見えなかった。
レイナを見ている顔は優しそうなのにその目は何も見ていない、全てを諦めている目だった。
レイナはその目を見て何か、ラフに何かを言わなきゃと思い声を出そうとしたが、その時のレイナはラフに何も言う事は出来ず、泣きながらシェリーに手を引かれてラフから離れた。
二人を受け取り、レイがトーリに頷くとトーリは任せたと言ってラシェリに向き合う。
「もう良いですか?ラフさんはなかなか良い顔をしていますがトーリさんはそうでも無いですね、子供を殺したらもう少し絶望するかな?」
そう言ってラシェリが動こうとするが、ルーヴェンがこの辺ではあまり見ない不思議な形をした剣を向けて牽制する。
「おっと、まぁ待てよ。俺も初めからお前には嫌な感じはあったんだがな、ここまで理解出来ない人間ってのも初めてだな、お前さん魔族か?」
ルーヴェンの言葉を聞いてラシェリは目を丸くした後、笑い出す。
「ふふ、金下級まで来ただけあって魔族と会った事があるのですか?残念ながら私は正真正銘の人間です、ただもしかしたら魔族の先祖帰りかもしれませんけどね」
ずっと笑顔を浮かべているラシェリは、まだ話を続けようとするがそれをラフが遮る。
「もう話はいいじゃないですか、ラシェリさん貴方は取り合えず邪魔です。私とタニアのこれからに邪魔なんです、死んで下さい」
その言葉に全員がラフを見るがラシェリだけは笑っていた。
「ラフさん貴方は良いですね、良い感じに壊れている、タニアさんを残そうとしたのですがラフさんのその目を見れただけで満足です。失敗した部下を殺すのもやめましょう」
その言葉にラフは、うるさいと感情の籠らない声で淡々と返し、剣を振りかぶって駆けていく。
戦闘が始まった時を狙ってレイとシェリーは燃え盛る村を抜け出して行った。
風の安らぎ亭の二階、俺の部屋のベッドの上でリズが大きく息を吐き出す。
「私が見たのはここまでね。その後は近くの町までシェリーさんとレイさんに連れられていって、二人の話を聞いた冒険者ギルドと町まで逃げていた村の人や衛兵の人と一緒に村に戻ってお母さんやお姉ちゃんを埋葬したの。お父さんとラフさんと、ルーヴェンと呼ばれた冒険者の人もね」
村のほかの人の埋葬や、燃えた家の片付けなどもしたが結局村は立て直せないということで私たちはレイさんの知り合いがいるこの町に来たの、その知り合いが門番のタインさんよと話すリズ。
そしてここまで黙っていたレイナが涙目で話しかけてくる。
「その時のラフお兄ちゃんの目がね、さっき訓練所で見たトーマさんと一緒だったんだ。それでトーマさんもそのまま居なくなると思って」
レイナに言われて言葉が出てこなくなる、確かにあの時の俺は全てを諦めていたかもしれない、何も考えず目の前の三人を殺してそのまま逃げ出そうとしていなかったか?また遠いところに逃げ出そうと思っていなかったか?そこまで考えて、俺はこの世界に来たときに感じていた感情に気付く、俺はこの世界に来たときに不安と、そして喜びを感じていたのだ。
父親を殺して歪みに飛び込んで来た世界、二つの月を見た時に、邪魔な父親を殺して嫌な世界から逃げる事が出来たんだと。
その喜びを不安で隠し、見て見ぬふりをして、それからゴブリンと戦いリズを助けて心の奥底に沈んだ感情が、先程のロビンズたちとのやり取りで出てきたのだ。
リズとレイナと過ごした三ヶ月の暮らしを諦め、 これからの人生を諦め、邪魔物を殺してまた別の所に行けばいい、また別の場所に行けば良いと。
俺が自分の感情の事を考えているとリズが話しかけてくる。
「あの時の私達には力が無くて、ラフさんがおかしくなっても助けてあげられなかった。もう少し力があったら何かが違ったかもしれないって気持ちがずっとあって、でも今までは強くなることが出来なかった。でもトーマと会って、トーマが真眼で私達を強くしてくれた、知識も沢山与えてくれたから強くなれた」
リズはそこまで言うと笑顔を見せる。
「だからね、トーマの昔の話を聞いて、トーマが悪意に怯えるのもわかるけど私達がいるから勝手に自棄になったりしないでね」
するとレイナも申し訳無さそうに言ってくる。
「さっきは突然の事で頭が回らなかったけど次は大丈夫です、次また捕まったらスタンガン?でしたっけ?あの話を聞いてイメージした雷魔法を使います」
二人に言われ、悪意に怯えていた自分に気付かされる。
俺は二人の事を見ていなかったのかもしれない、勝手に二人を守ると決めて、邪魔な奴が現れたらすぐに投げ出そうとした。
悪意に正面から立ち向かわず力で強引に排除してそこから逃げ出そうとしたのだ。
この世界は人の悪意が直接的だって思ってたはずなのにな、とそこまで考え苦笑いをすると、二人に向けて頭を下げる。
「二人ともごめん、確かに自棄になってたかもしれない。辛い話をしてまで気付かせてくれてありがとう」
そう言って頭を上げて、なんとか笑顔を作る。
「もう大丈夫、二人の事はちゃんと責任を持って俺が守るし、二人にも頼らせてもらう。だからもう一度言う、これから俺が人生を楽しむ為に協力してほしい。宜しく頼む」
そう言って右手を差し出すとリズがこちらこそ宜しくと言って手を握る。
その隣でレイナが、せ、責任を持つ、じ、人生に協力する、と呟きながら顔を真っ赤にしているが、俺はまたレイナが固まっていると笑い、リズは夕飯の時に呼びに来るねと言って真っ赤なレイナを連れて部屋を出ていった。
二人が出ていくとベッドに寝転がる、そして自分がいかに甘かったかを痛感する。
異世界に来て、与えられた力を鍛えるだけで使いこなせると思っていた。
だけど力を得ても俺の心は日本にいた頃と何も変わっていなかった、この世界は向こうの世界より辛い事が起こり得る世界だ。
さっきも、厄介事に関わらずに無視をすれはいいと目を背けたらレイナを奪われそうになり、そして直ぐに感情に支配され投げ出そうとした。
最初から最大限の警戒をしていれば俺の力なら防げたはずだ。
理不尽は無視をしても降りかかって来る、ちゃんと対処してはね除けないといけない。
「結局心が弱いんだよな、まだ日本の事に引き摺られてる。人生を楽しむには日本の事を克服しないとな」
呟いて、リズ達の話を思い出す。
「リズとレイナは過去を克服している、それこそトラウマになってもおかしくないのに。俺も見習わないとな」
そう言ってうつ伏せになる。
「いい匂いがする」
ベッドに残ったリズとレイナの匂いに顔が赤くなる、しかし何故かリズが呼びに来るまで起き上がる気はしなかった。
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