109.義父の恐怖体験
旧・姉弟喧嘩、現・痴話喧嘩は母さんとノエル姉の怒りの鉄拳制裁により片付けられ、あたしとアインスは昼食抜きの刑に処せられた。久々の母さんの手料理、楽しみにしていたのに!
あたしは悲しみのあまり、客間でニールの眠る木を眺めながらふて寝した。一昨日と同じように。
でも、一昨日とは一つだけ違うことがあった。
それは、隣にアインスがいたこと。
眠っている間も、アインスはずっとしがみついて離れようとしなかった。
浅い微睡みに目覚めて、それに気付くと、ニールと同じことしてるなぁ、とおかしくなった。
大好きだったニール。大好きなアインス。
背後から抱き締める腕の強さと、夢の見せるニールの温かさに包まれて、あたしはこの上なく贅沢な惰眠を貪った。
母さんの怒声で叩き起こされると、もう夕方になっていた。
お腹が減って力が出ないあたしと、寝起きのせいで力を失っているアインスは、鬼神と化したモルガナによって、へにょへにょになりながら、リビングに引っ張り出された。
すると何と! フレイグが来てるじゃありませんか!
まだ夏季休暇による殺人的な忙しさの最中だそうだけど、今日はシフトに余裕があるから夜だけお休みもらったんだって。
今夜はフレイグと母さん、それにノエル姉が腕によりをかけた料理を振る舞ってくれるそうな。アインスの悲願達成のお祝いに。
ねえ、おかしくない?
あたしのレディ進化記念は無視なの?
あんな痛い思いしたのに、させた方がちやほやされるなんて理不尽じゃね?
ダイニングテーブルにはノエル姉とヨッシー、二人の間にサシャ、その向かいにミクルとアインス。リビングのソファには母さんとフレイグとあたしが座り、宴は始まった。
フレイグはあたしとアインスがくっついたと聞くや、ぶったまげてヒゲごと凍り付いていた。従業員からあたしが別の男と店に来たことを知らされていたそうだから、なおさら驚いたようで、ぶったまげの更に上をいく、どったまげ状態となっていた。
それだけなら良かったんだけど……『別の男と良い雰囲気で食事してた』というのを耳聡く聞きつけるや、アインスはダイニングの椅子を蹴倒してあたしに飛びかかり、浮気者! と責め立てながら首を絞めてきた。
「お前って女は、ありえねえ尻軽ぶりだな! 三十路近いからって焦ってんじゃねえよ、ブスのくせして!」
「何だよ! あん時はフリーだったんだから関係ねえだろ! お前だって、あたしの部屋でやり散らかしてた発情猿のくせに!」
フレイグも母さんもノエル姉も笑うばかりで、助けようともしてくれない。あたし、何も悪いことしてないのに!
笑ってない残り三名。
こちらが救助してくれる見込みは、更に絶望的だ。
ヨッシーは、穴だらけのエルフもどきがいまだに怖いらしく、小動物みたいに縮こまっている。
残る二名に至っては、助けるどころか攻撃してくる始末。
「ありえないのはアインスだよ! 何でこんな筋肉塗れの乱暴ババアがいいわけ!? 趣味悪すぎだよ! アインスはあたしの最終兵器だったのに……あんまりだあ!」
と、泣きだすミクル。
おい、言いすぎだろ。趣味悪すぎはねーだろ。ちったぁ姉を擁護しろや。
「エイルなんか嫌い! サシャの王子様、取った! チューした! チューして抱っこした! エイルのバカ!」
と、マジ切れするサシャ。
嫌いだなんて言わないでよ……おばさん、悲しくて泣いちゃうよ……。
カオスと化したテーブルには戻らず、アインスはちゃっかりそのままあたしの隣に居座り、取ろうとした料理を横取りするという嫌がらせを始めた。
当然、あたし、キレる!
するとアインス、キスする!
静かになる……そして、更なる爆笑と号泣の渦が生まれる!
「アインスぅ、今からでも遅くないよ? 本当にこんな三十路筋肉廃墟がいいの? 今からでも考え直して! ご飯全部あげるからぁ!」
「う〜ん、意外な組み合わせだなあ。でも、どっちもチビッコだからバランスは良いね。あ、デートの度に二人で店に来るのは勘弁して。たまにならいいけど、毎日だと赤字で閉店になるから」
「子供は早いほうがいいよ! エイルもいい年だしさ、サシャ産む時ですら、あたし、死にかけたし」
「あら、子供いいわね! アインスの子なら、さぞかし美形だろうし、楽しみだわ! あんた達、今夜も頑張んなさいよ!」
「サシャ、泣かないで、ね? パパが絵本、読んであげるから。子守歌も唄ってあげるから、ね?」
「イヤ! サシャは王子様と寝るの! 王子様はエイルのじゃないの! サシャのなの!」
もう嫌……何なの、このエイルバッシングの嵐。食事まで奪われてさ。
ミクルの言う通り、今からでも遅くないよ、考え直そうかな。
「考えたって無駄だよ! 俺って一途だし? でも、子供はマドケン受かってからね! 国ができるくらいは欲しいかなあ? エイル、頑張れよ? 俺も頑張っちゃうから!」
猿が笑顔で肩を叩く。
この野郎……誰のせいでこんなにいじめられてると思ってんだ?
そうだ、猿だ! 全てこの猿が悪い!!
「誰が頑張るかぁぁあ! 頑張らんでいいから死ね! 死にさらせ! エロバカエテ公!」
「未来の国王に向かって、なんつう口の聞き方。王妃にしてやるっつってんだから、せめてお亡くなりになってあそばせ、セクシーおバカお猿様くらいにしとけよ」
「そう言や、お亡くなりになってあそばせてくれんのか、ええ? セクシーおバカお猿様よ?」
「いや、死なないけど。俺、お猿様じゃないですからね」
ああっ、なんてムカッ腹の立つバカなんだ! あたしを怒らせる才能に溢れすぎて眩しいよ! そのバカなる輝き、略してバ輝きで、目が腐りそうだよ!
こんな奴に殴られるわ泣かされるわ、悲しい、切ない、寂しいとかいって落ちるとこまで落ちて、あわや国外逃亡ってとこまで追い詰められたとかさ…………趣味悪いよ、ほんと。
はあ……これがあたしの初彼氏、か。
理想とは全然かすりもしてないし、王子様とも程遠いし、現実ってこんなもんなのかな。でも好きだし…………って、言わせんなよ、恥ずかしい。
大狂乱の宴がお開きになり、就寝時間になるとエロ猿お待ちかねの子作りレッスンのおさらい――とはならなかった。ミクルとサシャが団結して、奴を強引に拉致し、三人で寝てくれたおかげで。
あたしは客間で、フレイグと母さんに挟まれて眠った。これならば、たとえ深夜抜け出してこようと安全だろう。
あたしが睨んだ通り、猿は二人が寝落ちた頃に客間にやって来た、らしい。
けれどこの状況ではさすがに……と考え、抱きついて乳を揉むだけで我慢した、らしい。
しかし――――猿がハァハァしていた相手は、あたしではなかった、らしい。
「いくら間違えるにしても、ね……程があるわよね。一生懸命頑張ってたから、可哀想で、黙ってなすがままにさせてたよ」
翌朝、そのことを聞かされたあたしは、母さんを前にひたすら平身低頭していた。
「……って言ってたけど…………まさか、男のフレイグと、間違えるとは思わないよね。気付かないものなのかねえ……」
仕事のため、先に出て行ったフレイグの微妙な表情が思い出される。そういえば、胸元に憐れみを込めた眼差しを向けられた気もする。
あたしは申し訳ないやら情けないやらで、もう顔を上げることもできなかった。
そっかぁ、起きて開口一番に『死ね、貧乳!』って猿にパンチされたのはそういうことだったのかぁ……。
って、ふざけんな!
てめえのバカを、あたしの貧乳のせいにするんじゃねえ! フレイグの雄っぱいに謝れ!!
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