22.片翼の戦士

 ディアラ隊長……じゃなくてディアラさんは図々しくも射撃場の中に踏み入り、こちらに近付いてきた。


「あのぉ、射撃場の立ち入りは会員限定になってるんですけどぉ」


 出ていけオーラをムンムン放ちつつ、嫌々ながらに注意をして差し上げる。けれどディアラさんはお構いなしに、オジサンからライフルを取り上げた。


「へえ? だったらどうする?」


 するとこのクソアマ、何とライフルを構えて銃口をあたしに向けやがった!


「ほら、不法侵入した不審者が銃を手にしているわよ? 止めなくていいの? 大切なお客様が怪我しちゃうかもしれないわよ?」


 彼女の背後でぼへーっと突っ立っているオジサンは、状況を理解していないらしく、クソアマのお美しいお顔とお見事なお体に見とれている。エロジジイめが!


「えっと……お客様に危害を加えられると大変困ります。せめて、あの人だけでも解放してあげてくれませんかね?」


 あたしは両手を上げて、なるべく穏便に交渉を試みた。だって、こいつなら本当にやりかねない。オジサン一人殺したって、罪に問われることもなければデカい胸が痛むこともないだろう。


 何たってこのクソアマは、マジナマギア両世界のメディカル・ハンターを統率し牽引する総隊長。敏腕冷徹で名高い、ディアラ・ワイアット様であらせられるんだから。



「そうね……ではエイル・クライゼ、貴様に命じる。服を脱げ」



 ウッソー!

 こいつ、そっちの気があったの?


 やだやだ、普通に気にせず着替えとかしてたよ……いつからそんな目であたしのこと見てたの?


 超キモい! 超怖い!!


 …………な〜んてのんびり恥じらい躊躇いしてる暇はない。銃口は既にオジサンへと向いている。

 オジサンもさすがにこの女やべぇんじゃ……と察してくれたようで、あたしに泣きそうな視線を送っていた。


 背に腹は変えられん。

 渋々、あたしは受付専用のカッターシャツを脱ぎ捨てた。それから下に着ていたキャミソールを脱ごうとしたら。



「シャツだけでいい。背中を見せろ」



 二つ目の命令を聞いて、あたしは理解した。こいつはあたしの裸が見たかったわけではないのだ、と。


 キャミソールの肩紐に邪魔されているけれど、彼女が見たいものはしっかり確認できることだろう。


 この背中にあるのは、マギアの生命力を表す真紅とマジナの平和を表す藍色の二色で描かれた、二つの翼。


 メディカル・ハンターになると同時に、マカナの専門技師に彫り込まれる認定印だ。


 けれどあたしの左翼は、マギアレッドが半分以上黒く変色し、まるで毟られたように引き攣れている。大きく残った傷跡と何度も繰り返した手術のせいだ。



「…………今更、引退印、押しにきたんですか?」



 本来なら、メディカル・ハンターの職を辞す時はこの上から焼印を施される。赤と青は黒く塗り潰され、飛翔した証だけを生涯背負っていかなくてはならない。


 だけど、あたしは特例でそれを免れた。


 表向きは最年少で第一部隊隊長に就任した功績を称えて、というものだったけれど、本当のところは敢えて手を加えずとも、焼印を押したも同然といった状態になっていたからだろう。

 引退の儀式を行うためにはメディカル・ハンター全員を収集しなきゃならないし、あの当時はあたしが突如抜けたせいで皆穴埋めに忙しかったはずだもん。省ける手間は省きたいよね。


 こんなだから、おかげで夏も、あんまり透ける服は着られないしキャミやらタンクやらでアハハオホホと涼むこともできやしない。


 焼印押されてるならまだしも、この状態だと『現役』と勘違いされてしまうこともあるから。それが、辛いから。



「いいえ、ただ見たかっただけよ。さあ、本題に入ろう」


 えええええ…………まだ何かやんの?


「部外者を立ち退かせろ。そして貴様も武器を持て。十秒以内だ」


 ディアラ隊長の次なる命令を聞くや、あたしは慌ててオジサンに駆け寄り、扉から押し出した。


 で、武器!? え、やば、射撃場入ったの初めてだから、どこに何あるか知らないんだけど!



「……おい貴様、まさか武器を持ってないなどと抜かすんじゃないだろうな?」


「ったりめーだろ! フィットネスクラブの受付嬢が武器なんか持ち歩くか! 少しは一般社会での常識ってもんを考えろ! 前から言いたかったけど、あんたのそのカッコもかなり常識すっ外れてるからな! てめえじゃイカしてるつもりなんだろうけど、露出狂のパイオツ見て見て女にしか見えねえぞ!」


 仕方なく片隅に立てかけてあったモップを構えたあたしを見て、ディアラ隊長はうんざりしたようなため息を漏らした。


「では、これを使え」


 投げ寄越されたのは、自宅キッチンにあるものと形も色も全く同じものだった。けれどもグリップの感触に、僅かな違いがある。所有者だったあたしには、すぐにそれがわかった。



「…………『プラス』」



 野菜相手に今も活躍している『マイナス』の相棒の名を呼ぶ。返事代わりに、そいつはするりとあたしの左手にフィットした。


 思わずディアラ隊長を見る。


「あら、一つじゃ不満? じゃ、これも使いなさい」


 更にもう一つ、ストリングブラスターが投げ渡された。


「ストブラ二丁とライフルでやり合おうって? こりゃまた、えらいハンデくれましたねえ」


 皮肉に笑ってみせたのは、あまりに圧倒的有利な状況を喜んだから――ではなく、この女が、そんなバカげたことするはずないと理解していたからだ。


「条件を整えてあげただけよ。メディカル・ハンターでも珍しい『二刀流』だった、元部下のためにね」


 静かに微笑み返すと、ディアラ隊長は流れるような手付きで自分の背に手を回した。


 ですよね~。さりげなく背中を見せないようにしてたけど、んなこったろーと思ってたよ。はいはい、知ってた知ってた。



「ハンデは、私がもらう。貴様の七年のブランクだ」



 ライダースーツと一体型となっているらしい背面ガンホルダーから姿を現したのは、彼女の愛機であるサブマシンガンタイプのストリング・ブラスター。


 鈍く蛍光灯の光を跳ね返すそいつを久々に前にして、あたしはため息をついた。



「エイル・クライゼ元第一部隊隊長に告ぐ。任務内容は『有害生物の駆除』だ。とっとと始めろ」



 懐かしい、聞き慣れた開始宣告に、あたしはこみ上げる笑いを堪えて、頷いた。



「了解。女性は乳がデカけりゃ正義という風潮を正すため、露出狂のパイオツ見て見て女を退治します」


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